32 観覧車で、星川さんと。

 出会いは最悪だった。

 

 けれど、知っていくうちに、好きになった。

 

 いい人だとわかった。

 

 だから、こそ、別れを切り出すのは、苦しかった。 




 2023年 9月 2日 火曜日 、吉川さんを、専属メイドから解雇して、別れた後、家に帰って、飯を食い、風呂に入った。

 

 

 

 部屋に帰り、椅子に座った。

 

 

 

 星川さんに電話をしよう。

 

 

 

 星川茜、芸能人にして高校生の、紫色の髪の、美少女だ。

 

 

 

 学校では、話すことさえ、出来ない。

 

 

 

 事前に、話をしておかないと、星川さんとは、話せないのだ。

 

 


 プルルルル、プルルルル。


 

 「もしもし。星川さん。」

 僕は電話を掛ける。

 

 

 

 「どうしたの、こんな時間に。」

 星川さんは答えた。

 

 

  

 「明日、放課後、一緒に帰りたい。」

 僕は言った。

 

 

 

 「珍しいわね。いいわよ。変わりにちょっと、買い物に付き合いなさいよ。」

 星川さんは、言った。

 

 

 

 いつもの事だ。

 

 

 

 星川さんは、僕と下校するときは、デートをしたがる。

 

 

 

 「わかった。」

 僕は答えた。

 

 

 

 「いつもの変装でいくから。放課後に、瞳ヶ原駅集合ね。」

 吉川さんは、弾んだ声で言った。

 

 

 

 2023年 9月3日 水曜日、午後四時半ごろ。

 

 

 

 今日は、星川さんと話すために、部活を休み、予備校も休んだ。


 


 学校が終わり、放課後になると、自転車で家に帰り、着替えて、瞳ヶ原駅へ向かった。 




 白のスウェットカットソーに濃いく暗い青のテーラードジャケットと、濃く暗い赤色のテーパードパンツに着替えた。

 

 

 

 駅につくと、入口あたりで、立って僕を待っている星川さんを見つけた。

 

 


 「星川さーん。」

 僕は星川さんの元に向かいつつ、手を振った。

 

 

 

 星川さんは、僕に気が付くと、ニッコリ笑って、手を振り返した。

 

 

  

 綺麗な金髪ロングの髪を、ウィッグで黒髪のボブにして変装している。

 

 

 

 服装は水玉模様の入った焦げ茶のティアードワンピースに、更に濃い茶色のニットベストを合わせた、秋のファッションといった感じだった。

 

 

 

 いつもの、星川さんの雰囲気とは違って、大人な感じがした。 


 

 

 「今日は、来てくれてありがとう。」

 僕は、言った。

 

 

 

 「気にしないで、行きましょ。」

 星川さんは、駅の中に入っていった。

 

 

 

 「うん。」 

 僕は返事した。

 

 

 

 電車で、隣町まで出かける。

  

 

 

 カップルにしか見えないだろう。

 

 

 

 僕は、気が重くなった。

 

 

 

 これから、星川さんと、別れるっていうのに。

 

 


 よく考えてみれば、僕と星川さんってどういう間柄なのだろうか。

 

 ま、不純な事をしているのには変わりはない。

 

 

 

 電車に揺られながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

 隣町に着いた。

 

 

 

 「着いたわよ、降りましょ。」

 星川さんは、声を掛けた。 


 

 

 電車から、降りると、歩き始めた。

 

 

 

 「行きたかった、カフェがあるのよ。行きましょ。」

 星川さんは、僕の手を握った。

 

 

 

 いいのだろうか。 


  

 

 手を繋いで、歩いていいはずがない。

 

 

 

 心が咎めた。

 

 


 店の中に入る。




 クラシックな雰囲気のお洒落なカフェだ。 

 

 

 

 お洒落じゃないカフェはむしろお洒落と言えるのかわからないが、お洒落なカフェだ。

 

 

 

 外観は白を基調した四角い二階建てで、窓が四つついている。

 

 

 

 入口は、真ん中にあり、ガラスドアが茶色の格子で区切られているドアだ。

 



 カウンターは入ってすぐ右手にある。

 

 

  

 コーヒーや、甘いスイーツの匂いが鼻孔を刺激した。

 

 

 

 席に着いた。

 

 

 

 星川さんは、苺のパンケーキと、カフェラテを注文した。

 

 

 

 僕は、クッキーと、ミルクココアを注文した。




 「いい店ね。まえから、来てみたかったんだ。」

 星川さんは言った。

 

 


 いい雰囲気の店だ。

 

 

 

 「いいね。」

 僕は返した。

 


  

 パンケーキを美味しそうに頬張る、星川さんは、とうとく、美しいものだった。

 

 

 

 流石は、国民的アイドル、芸能人、女優とでもいうべきだろうか。

 

 

 

 僕の目には、一人のかわいい女の子にしかみえないが。

 

 

 

 「店を出たら、大事な話がある。」

 僕は、そっと、言った。

 

 

 

 そっと、言ったつもりだったが、星川さんには深刻にきこえた。

 

 

 

 「え。何。コワいんだけれど。」

 星川さんは警戒していた。

 

 

 

 僕から、イヤな予感を感知してしまったのだろう。

 

 


 「大した事じゃあ、ないさ。兎に角、今は、カフェを食事を楽しもう。」

 僕は、チョコクッキーを齧って、ココアを啜りつつ、言った。

 

 

 

 「―。わかったわ。美味しいわね。」

 星川さんは、カフェラテを飲んで言った。 

 


 

 「あなたも食べなさいよ。私のパンケーキ上げるわ。はい、あーん。」

 星川さんは、フォークで取ったパンケーキを僕の口に押し付けた。

  

 

 

 女の子に、アーンされたのはじめただ。

 

 

 

 僕は、思わず口を開けた。

 

 

 

 「うふふ。美味しいねえ。」

 星川さんは、ニコりと笑った。

 

 

 

 食事を終え、店から出る。

 

 

 

 「で、話って何なのよ。」

 星川さんは、きいた。

 

 

 

 「え、っと。恋人ごっこはもう、終わりにしよう。」

 僕は、覚悟を決めて、言い放った。 

 


 

 「え。恋人ごっこってなに。そもそも、私たち付き合ってすらないじゃん。」

 星川さんは、呆れた様子で僕をみた。

 

 

 

 「いちゃいちゃしたり、エッチな事をするのはもう、やめよう。」

 僕は、言った。

 

 

 

 「なんで。真面目過ぎよ。」

 星川さんは、意味が分からないといった様子で、僕を睨みつけた。

 

 

 

 「前にも言っただろう、好きで、恋い焦がれている人がいるんだ。なのに、別の女と、いちゃらぶしてることが耐えられないんだ。」

 僕は、胸の内を、告白した。

 

 

 

「前まで、は大丈夫だったじゃない。急にどうしてよ。」

 星川さんの声は、震えていた、苛立ちと焦り、不安、恐怖、葛藤、悲しみの色を感じ取る事ができた。

 

 


 「夏休みの花火大会で、デートしたんだ。あの時、本当に、好きだなあ、再確認して、もう、耐えられないんだ。」

 僕は、残酷に言った。

 


  

 「いいじゃない。女の10人や20人くらい。彼女にしたって、どうして、あなたは、こう、一途なのよ。」

 星川さんは、声を荒げて叫んだ。

 

 

 

 「ごめん。」

 僕は謝った。

 

 

 

 「もおおおお。死んじゃえええ。」

 星川さんは、僕の頬を思いっきり、グーで殴った。

 

 

  

 痛い。

 

 

 

 悲しい、グーパンチだった。

 

 

 

 「おまえみたいなやつ。おまえみたいなやつう。おまえみたいなやつうううぅ。ええええん。」

 星川さんは、泣きながら、鼻水をたらし、涙を流しながら、僕の腹を殴り、脛を蹴り、顔面をビンタした。

 

 


 痛い。

 

 

 

 痛いのは好きなはずなのに、ドマゾなはずなのに、全然気持ちよくない。

 

 

 

 ただただ、痛くて苦しかった。

 

 

 

 胸が痛くなった。

 

 

 

 「ごめん。」

 僕は、ずっと、謝り続けた。

 

 

 

 殴られている間も蹴られている間も、ずっと、謝り続けた。

 

 

 

 僕には、それくらいしか、できる事がなかった。 


 

 

 星川さんは、泣き崩れて、倒れこんでいた。

 

 

 

 僕は、星川さんをオンブして、駅に歩いた。

 

 

 

 

 疲れ果てた、星川さんは言った。

 「最後に、一緒に観覧車乗りたい。」

 

 

 

 僕にオンブされながら、星川さんは言った。

 

 


 「わかった。」

 僕は、歩く進路を遊園地に変えて、進んだ。

 

  

 

 「もう歩けるか。」

 僕は、星川さんにきいた。

 

 

 

 「歩けない。オンブしてて。」

 星川さんは僕にしがみついていった。

 

 

 

 何とか、オンブで、徒歩10分程の遊園地までたどり着いた。

 

 

  

 「ごめん。重かったでしょ。」

 星川さんは言った。

 

 

 

 「いや、軽かったよ。」

 僕は、笑ってみせた。

 

 

 

 星川さんは、顔を赤らめて下を向いた。

 

 

 

 観覧車に乗ったのは、2021年 8月15日、星川さんと初めて、話したときだ。 

 

 


 あの時、星川さんは親から虐待を受けていて、僕が、力になろうと、お節介を焼いたんだっけ。

 

 


 あれからもう、二年か。

 

 


 観覧車に乗る。 


  

 

 「ねえ。覚えてる。私たちが、出会った日の事。」

 星川さんは、話出した。

 

 

 

 「覚えてるよ、最悪だったね。僕は君のおかげで、学校中の嫌われものさ。」

 僕は返した。

 

 

 

 「だって、君が変態な目で、私のおっぱいとか尻をじろじろみて、スカートの中をみようと、うろちょろしてたんだもん。正直キモかったわ。」

 星川さんは、容赦なく言った。

 

 

 

 そんな時代もあったなあ。

 

 

 

 むやみやたらに、女の子の尻を追って、おっぱいと尻を観察していた時が。

 

 

 

 いまとなっては懐かしい思い出だ。

 

 


 観覧車は回っていく。

 

 

 

 だいぶ高くなってきた。 


 

 

 「綺麗ね。」

 星川さんは、ガラス窓から、外を見て言った。

 

 


 夕焼けだ。

 

 

 

 時計は午後五時半過ぎを指している。

 

 

 

 夕日に染まる、街の景色を観覧車の高いところから望むと、絶景だった。

 

 

 

 「ずっと、この時間が続けばいいのに。」

 星川さんは、切なく息を漏らし言った。

 

 

 

 「2年前、私に力を貸してくれてありがとう。」

 星川さんは言った。

 

 

 

 二年前。

 

 

 虐待されている、星川さんと家族の仲を戻そうと、手伝った。

 

 

 

 「大した事はしてないよ。君が、自分で助かっただけだ。」

 僕は言った。

 

 


 「でも、私はあなたに感謝してるわ。ありがとう。」

 星川さんはニッコり笑った。

 

 

 

 「ねえ。キスするわよ。」

 星川さんは、そっと僕の頬に口づけをした。

 

 


 「これで、最後だから。」

 星川さんは涙を流した。

 

 


 僕まで、悲しくなってきて、泣いた。

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