30 桧と、僕と。

 誰かに好きでいてもらえる事は、素晴らしい事だ。

 

 誰かから愛されているという事も、いい事だ。

 

 だから、こそ、愛を返せない時、罪悪感を感じる。

 

 結ばれなかったとき、消失間を覚え、苦しむ。

  

 

 

 2023年 9月4日 月曜日

 

 土日が明けて、今日は、学校だ。 



 

 土日は、遊ばず、ずっと、師匠の神谷さんの元で、絵を描いていた。

 

 

 

 いつもの通り、通学路を自転車で、走る。

 

 

 

 僕は、言わなくてはならない。 


 

 

 今日は、桧と話そう。

 

 

 

 大事な、別れの話をしよう。

 

 

 

 桧にとっても、僕にとっても、大事で、切なく、悲しい話をしよう。

 

 

 

 校庭の庭に咲く、桜の木の葉っぱは、緑葉しているが、徐々に色を、秋の紅葉へ変えようとしていた。

 

 

 

 天気は、イヤなくらいの晴天で、九月だというのに暑く、蝉の鳴く声がまだきこえていた。

 

 

 

 日差しが、自転車を漕ぐ、僕の身体を照り付ける。

 

 


 校門には、挨拶をする生徒や教師の姿があった。

 

 

 

 自転車置き場に自転車を停め、下駄箱に外履きを入れて、教室へ向かう。

 

 


 「おはよう、真七瀬。」

 昇降口のところで、奥村桧は、僕を待ち伏せるようにして、立っていた。

 

 

 

 「おはよう。桧。」

 僕は、返した。

 

 

  

 桧はふふん、と笑って、腕組をして、鼻を鳴らした。

 

 

 

 「僕を待っていたのか。」 

 僕は、きいた。

 

 

  

 「うん。君が登校してくる時間はリサーチ済みだからね。もっと、君の事が知りたいな。真七瀬。ちょっと、いい。」

 桧は僕の腕に自分の腕を絡ませて、誘ってきた。

 

 

 

 うれしい。

 

 

 

 すごく、嬉しい、桧の事も好きだ。

 

 


 大事だ、だけれど、もう、終わりにしなくちゃいけない。

 

 

 

 「ダメだ。今日の放課後大事な話があるんだ。いつもの屋上で、待ってる。」

 僕は、桧の手を払っていった。

 

 

 

 桧の手は柔らかくて、綺麗で、振り払うと、イたイたしく、泣いているように見えた。

  

 

 

 悲しい、青色にみえた。

  


 

 やがて、赤紫に変色し、桧は言った。

 「ちょっと、何するのよ、変態。」

 桧は、怒った。

 

 

 

 

 「ごめん。兎に角、放課後、来てくれ。」

 僕は言った。




 「いやよ。なんだか、イヤな予感がするのよ。」

 桧は、僕から逃げるように、走ってどこかへ行ってしまった。

 

 

 

 「待ってるから。」

 僕は、桧にきこえる声で、言った。

 

 


 授業が始まっても、今日はそわそわして、授業に集中できなかった。

 

 

 

 桧の、悲しそうな顔が頭に浮かぶ。 


 

  

 だから、イヤなんだ、悲しいのも苦しいのも、大嫌いだ。

 

 

 

 どう説明すればいいものか、いろいろ考えた。

 

 

 

 桧、僕にとって、大事な人の一人である事には変わりはない、どうする事が最も最善だろうか。

 

 

 

 僕と桧の最も、いい、着地点はどこにあるだろうか。

 

 


 すべての授業が終わり、放課後になると、僕は、屋上へ向かった。

 

 

 

 今日は、部活を休むと、部長の吉川さんに言ってある。

 

 

 

 いい忘れていたが、吉川優、吉川さんは、三年になって美術部の部長になっていた。

 

 


 2022年、3月24日の卒業式の日。

 

 

 

 吉川さんが、部長の明星先輩の事が好きだとしった。

 

 

 

 百合、同性愛、吉川さんは、部長に恋をしていたのだ。

 

 

 

 あれ以来、吉川さんは、部活の中でもリーダー的な存在になっていった。

 

 

 

 先輩の面影を追っていたのかも知れない。

 

 

 

 三年になると、部長にまでなって、部活をまとめているのだ。

 

 

 

 屋上の扉をピッキングして、外に出る。

 

 

 

 空は朝の晴天とは打って変わって、曇り空になっていた。

 

 

 

 少し、肌寒い。

 

 


 ガチャ。 

 

 


 扉を開ける音がきこえた。

 

 

 

 桧だ。

 


 

 やっぱり、来てくれた。

 

 

 

 

 「で、用って何なの。」

 桧は、ぶっきらぼうに言った。

 

 

 

 風が、桧の背中まで伸びた長い、紺色の髪の毛を、なびかせ、そっと、右手で、髪を抑える。




 桧の表情には戸惑いが伺えた。

 

 

 

 きっと、今日、急に僕に屋上に呼び出されて、ただならぬ雰囲気を察知しているのであろう。

 

 

 

 桧があどけない少女に見えるくらいに、桧は、怯えていた。

 

 

 

 「桧、もう、愛人はやめよう。」

 僕は、桧をしっかりと、みて、臆せず、真っ直ぐと、言葉をいい放った。

 

 

 

 「は。何なのよ急に。わけわかんないんだけれど。」

 桧から、青く悲しい色がみえた、声が震えている。

 

 

 

 「もう、不純な行為をするのはやめよう。愛人もやめよう。僕等ももう、高校三年生だし、僕には、本当に好きな唯一の人もいる。」

 僕は、言った。

 

 

 

 「うわああああああ。」

 桧は、悲しい、泣き声で、声にも鳴らない音で、叫び僕に飛び掛かった。

 

 

 

 「この野郎。このやろお、ごのやろおおああああ。」

 桧は、僕の上に乗りかかって、僕をグーパンチでボコボコに殴った。

 

 

  

 バシ、バシ、バシ、バシ。

 

 

 

 痛い。

 


 

 痛いじゃないか。

 

 

 

 全然、気持よくない。

 

 

 

 悲しい。

 

  

 

 悲しくて、苦しい。

 

 

 

 10組の不良共に殴られるよりも、テロポン星人の兵器で撃たれるよりも、ずっと、痛くて、悲しくて、切なかった。

 

 

 

 「御前、なんか、御前なんかああ。」

 桧は僕の頬を平手打ちで、ビンタした。

 

 

 

 ブッた。 

 


 

 ペチーン。

 

 

 

 「もう、御前なんか、知らない。」

 桧は、後ろを向いて、足音を鳴らして、帰って行った。

 

 

 

 すごく、怒っていた、悲しんでいた。

 

 

 

 僕は、大切な人を一人失った。

 

 

 

 いいのか。

 

 

 

 こんな別れ方で、いいのか。

 

 


 この儘、一生口もきいてもらえなくなりそうだった。

 

 

 

 いいはずが、ない、僕は桧の事が好きなのだから、恋愛ではないけれど、僕は桧とずっと、仲良しでいたい、友人でありたい。

 

 

 

 男と女の間に友情はないのだろうか、仲良しではいられないのだろうか。

 

 

 

 僕は、走った、桧と最後の別れになりたくない。

 

 

 

 「桧。」

 僕は、帰ろうとする桧をどうにか、廊下で、捕まえた。

 

 

 

 「なによ。」

 すごく、怒ってる。殺されそうな目だ。

 

 

 

 殺気だっていた。

 

 

 

 くそ。どうすればいいんだ。

 

 何を言っても、逆効果になるだけだ。

 

 

 

 「困った時とか、僕に連絡くれよな。力になれるときは力になるよ。大事な友達だから。」

 僕は言った。

 

 

 

 「友達かあ。」

 桧はしょんぼりと、して、呟いた。

 

 

 

 「ごめん。」

 

 


 「いいよ。お前がサイテーな男だって事はわかっていたから。」

 桧は、吐き捨てるようにして言った。

 

 

 

 「ありがとう。」

 僕は、頭を下げた。

 

 

 

 「御前って、ほんと、ムカつくね。」

 桧は、呆れていた。

 

 

 

 2021年 10月11日と12日、桧が幽体離脱に失敗したレイスになっている事を知った。

 

 

 

 あれから、一年と11か月ほど、殆ど二年経とうとしていた。

 

 

 

 桧は、随分とあの頃に比べて、人間に近くなってきた、霊魂が肉体と一体化しはじめているのだ。

 

 

 

 「レイスはどうだ。いい感じか。」 

 僕は、きいた。

 

 

 

 「まあねえ。あんたの、サポートもあって、だいぶ、レイスは抑え込まれていて、かなり人間よりよ。」

 桧は答えた。

 

 

 

 「そりゃ、よかったよ。また、何かあったら言ってくれよ。」

 僕は言った。

 

 

 

 「ずるいわよ。人たらしね。」

 桧は、憎ましそうに言った。

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