説得?

足利政知の元を辞した俺は、その足で、政知の嫡男である足利茶々丸の所へ向かう。


うん、居なかった!

どうやら茶々丸を慕う悪ガキ共と、鎌倉の町に繰り出しているらしい。


暫く待つこと…。

…。

……。


って帰ってこないし!!

もうすぐ夜になるじゃんか!! あのクソガキ!!!!

っと思いつつも、顔には出さぬよう、控えの間で寝転びながら茶々丸の帰りを待つ。


そう言えば茶々丸は俺が転生した? 1469年に産まれたんだよな…。 俺と五つ違いで今は16歳か…。

現代なら高校生、遊びたい盛りだよな…。

もっともこの時代はもう元服していても良い年齢なのに、まだ元服をさせない、というか、政知は史実でも元服をさせなかったのだから、このまま放置していても元服するかどうか…。


そう思いながら控えの間で寝そべり、小姓としてついて来た太田資康と雑談をしていると、大きな足音が近づくと、いきなり戸が勢いよく開かれた。


「俺が足利茶々丸だ!! 俺に会いに来た者がいると聞いた故、わざと夜まで帰らなんだが、まさか寝転んでおるとは」


「某は豊嶋武蔵守宗泰にございまする」


「と、殿、寝転んだまま名乗るなど、茶々丸様に失礼ではございませぬか!」


「そうか? 資康、ここは控えの間ぞ。 正式に部屋へ案内された訳ではないのだ。 廃嫡間際の嫡男相手にわざわざ控えの間でなぜ平伏せねばならぬのだ?」


「おのれ!! 鎌倉公方足利政知の嫡男である茶々丸と知って愚弄するか!!」


「愚弄はしておらぬ。 先ほども言ったがここは控えの間であろう? なれば呼ばれるまで寛いでいて何が悪い。 茶々丸殿も寛がれては如何か? そう怖い顔をしていると女子も寄り付かぬぞ」


「ふん! 女子など俺が頼まなくても、どこぞの家から嫁いでくる! 多くの女子に言い寄られる方が面倒であろう。 違うか?」


「確かに…。 なれど、気心の通じた女子と共に生きたいとは思わぬか? まあ嫁いで来た女子と直ぐに気心が知れた仲になれる事もあるがな」


「そうか、嫁いで来て直ぐに気心の知れた仲になる事もあるか…。 親が決めた縁談で女子は、実家の繫栄と子を産む為に嫁いで来ると思っておったが…。 それは面白い話を聞いた」


そう言いながら、相好を崩した茶々丸がドカリと控えの間に座り込んだので、俺も寝転ぶのを止めて居住まいを正す。


「改めて、豊嶋家当主、豊嶋武蔵守宗泰にございまする」


「足利茶々丸だ。 其の方は媚びを売らぬばかりか、俺に本当の事を臆面もなく言う。 それは所領を多く持ち、動かせる兵も多いから俺など怖くないと言う事か? それとも…」


「それ以上聞くのは野暮でございまする。 ただ某は思った事を申し上げただけの事」


茶々丸は俺の言葉に「であるか!」と言い、俺が面会を求めた理由をストレートに聞いて来た。

普通はもっと雑談とかしてから本題を聞いてこない?

まあ無駄に腹の探り合いしなくていいのは楽で良いんだけど…。


「古河の足利成氏の養子になって頂きたい!」


「ふっ、ふははははっ!!! 古河で公方と名乗る足利成氏の養子! この俺を敵の養子になれとは、父上は…、いや豊嶋は余程追い詰められているのか? 勝っておるのだろう? なれば何故、人質同然の養子に行かねばならぬのだ! 答えよ!!」


流石にストレートに聞いて来たから、ストレートに言ったら、呆れたように笑われた後、怒りに満ちた顔で訳を聞かれた。

ただ、茶々丸は怒った風を装っているけど、刀には手をかけていない。


「ハッキリと申し上げますが、このまま鎌倉におり、公方様の御嫡男と名乗っていても、世継ぎとはなれず、そればかりか、亀王丸様に家督を継がせる為に廃嫡されるのは目に見えておりましょう。 廃嫡されたなら茶々丸様はその後、如何なされまする?」


「俺を廃嫡か…。 亀王丸に才気が見られたなら受け入れよう。 だが才気が無ければ、可愛い弟なれど…」


茶々丸は最後まで言わなかったが、亀王丸に才気が無ければ力づくで家督を継ぐであろう事を仄めかしている。


「そう思いました故、成氏殿に掛け合って、茶々丸殿を養子に迎えるよう説得を致しました。 力づくで家督を継いで、再度関東を戦乱に巻き込まれまするか? もっとも、その時は、この豊嶋宗泰が、力づくで家督を継いだものの家臣の付いてこない茶々丸殿を討伐する事になりましょう」


「であろうな…。 父上の家臣は俺が力づくで家督を継いでもついてくるまい。 それどころか、其の方らの元へ俺を討ち取るようにと駆け込むであろうな。 そして俺は其の方達に討ち取られるか…」


「左様。 茶々丸様を鎌倉公方として仰ぐ者はおりますまい。 寧ろ力づくで鎌倉公方の座に就いたなら、それを口実に豊嶋が勢力を広げる好機になり申す。 なれど某は関東を豊嶋の物とするだけで終わるつもりはございませぬ。 そしてそれは成氏殿も承知しており、茶々丸様を人質のように扱わず、一人の武将と迎え入れる事になり申そう」


「一人の武将だと? 其の方、成氏と共に何を企んでおる? よもや父上を討ち、俺を傀儡として成氏を関東公方にするつもりか!!」


茶々丸は父親の座を成氏と共に奪おうとしていると思ったのか、先程まで冷静に話を聞いていたが、突如声を荒げ太刀に手をかける。


「成氏殿は最早、鎌倉公方などには興味を持たれておりませぬ。 某と共に、もっと面白い事をしようとしております故」


そう言うと、茶々丸は太刀から手を放し、俺に先を促す。


「聞けば引き返す事は出来ず、成氏殿の養子となって頂く事になりまするが、よろしいので?」


「ふん、それは脅しか? いや、俺が父上に何を言おうと信じぬと思っておるのであろうな…。 どうせこのまま鎌倉におってもいずれ廃嫡され、邪魔になれば理由を付けて殺されるであろう身だ。 ならばその引き返せなくなる話を聞こうではないか!」


茶々丸は何処か吹っ切れたような清々しい顔になり、話の先を促して来た。


「されば…」


茶々丸の表情から恐らく断られることは無いと思ったので、成氏に話した事と同じことを話すと、茶々丸は成氏より若く思考が柔軟な為か、話が進めば進むほど目が輝き出してきた。


「面白い! 俺ではなく成氏殿が足利幕府最後の将軍というのが不満だが、俺と成氏殿では重みが違う故致し方ない。 だがこの乱世を終わらせ日ノ本を一つにし、海の外にある国々と交易をして国を富まし、民をも豊かに暮らせる世を作るか! 面白いぞ!! その話、乗った!!!!」


足利茶々丸…、後世では、粗暴だの素行不良だの言われて、父親が死んだあと、弟とその母を殺し、堀越公方となったものの、伊勢盛時に伊豆を追われた人物。


だが、恐らく公方と名乗っていても実質何の権力も持たない父を見て育ち、それを打開しようとし、弟とその母を殺し実権を握ったものの、伊勢盛時に伊豆を追われ、伊勢の伊豆統治を正当化する為に、意図的に後世へ粗暴だの素行不良だのと伝えられたのだろう。


実際に話すと、確かに粗暴な言動はあるが、柔軟な思考を持ち、現状も把握し、その事に憂慮もしている。


足利茶々丸、意外とまともな人物だ。

成氏も驚くだろうな…。


「では、御父君である公方様の元へ、成氏殿の元へ養子に行くと申し上げて来てくだされ。 公方様より本人から聞かねば養子の件は認めぬと言われております故。 出来れば悲しそうな顔をしてお話して頂きたく…」


「お、俺が直接言いに行くのか? 其の方が伝えればよかろうに! 父上は余程俺が自ら身を引く事を望んでおるのだな…」


そう言うと、夜だと言うのに、茶々丸は、父である足利政知の元へ向かって行った。


さて、これで話はまとまった。


まさか政知も、古河の成氏を下したと思って喜んでいたら、いつの間にか倒幕の旗頭にされるとは思ってもいないだろうな…。


気付いた時には引き返せない。

その時、政知がどんな顔をするか。

茶々丸も言っていたが、うん、どんな顔をするか今から楽しみだ。

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