SS 蝦夷地への入植

■蝦夷地 十勝川河口付近 十勝館


「まだ9月も中ごろというに、東国の冬のような寒さだ。 このような地を開発したとして、どれだけの石高が見込めるのか…」


2階建ての十勝館から、江戸に向かい出航していく船を眺めながら、間宮秀信がそうぼやくと、共に海を眺めていた肥田氏本が、その言葉に同意し「全く、その通りだな」と相槌を打つ。


豊嶋家譜代重臣である肥田氏本と、宗泰に取り立てられた家臣である間宮秀信は、豊嶋家の蝦夷地進出の為、蠣崎家にではなく、まだ蝦夷地の国人衆が手を出せていない十勝川周辺とその奥地を開発するように命じられて兵100とその家族、そして移住者500人を連れて今年の4月にこの地へとやって来た。


昨年の内にこの地に住む人々と交渉がうまくゆき、家、屋敷を立てる為の事前に大量の木材を切り出しておいてもらったおかげで、この地にやって来てすぐ、移住者や兵が住む家を建て、その後、館の建設を行い、周辺の地理などを調べ、冬への備えをしただけであっという間に9月となってしまっていたのだ。


「殿よりは、農地の開拓に加え、砂金集めに、蝦夷地の鹿と馬、そして連れてきた牛を育てる牧を作るようにと命を受けておったが、何もない土地に家や館を立て、周辺の地理を調べるだけでこれほど時を要するとは…」


「全く、よもやよもやだな…」


2人の視線は次第に小さくなっていく船を追っているが、その心の中では、この地に来てからの5か月という月日の間に起きた事を思い起こしていた。


殿の命を受けたのは年が明ける直前だった。


呼び出しを受け、蝦夷地領有化の為に、移住者を連れて蝦夷地に渡り、元から住む住民と深い誼を結びつつ、湊の建設、農地、鉱山の開発に加え、牧を作り、鹿や馬、牛を育てるよう命じられたのだった。


だが実際に蝦夷地へやってくると、そこは住居を建てる場所を中心に木々が伐採されてはいたものの、その他は草木が生い茂る原生林であり、まずは伐根をし家を建てる為の更地を作り、井戸を掘り、近くの小川から水を引くなど、やる事が多く、目まぐるしい日常であった。


そして何よりも厄介だったのが、凶暴な熊が多い事で、移住者や兵が熊によって殺される事は無かったものの、何度も襲われかけ、鉄砲や爆竹の音で驚かせて追い払っていたのだ。


先住の民から手傷を負わせた熊は必ず仕留めるよう言われており、下手に手傷を負わせ、先住の民に被害が出て関係が悪化するのを避ける為、様子見もかねて音で驚かせて追い払うように命じていた。


「殿の命で、家の壁を土壁とし、燃える石…、石炭であったか、それを使い家を暖かくし暖をとる道具の設置、薪の用意。 衣食住を揃えるだけがこれほど難儀するとは思わなんだ」


「だが、布団を1人に一組づつ用意してくれた殿には感謝せねばならぬな。 これから雪が人の背丈を超えるほど積もるという。 蓆を掛けて寝ておれば、そのまま凍え死ぬであろう。 それに雪掻き道具に加え、雪掻きの際に気を付ける事が書かれた本まで用意してくださるとは」


「うむ、関東の山間部の寒い土地に暮らす者より移住を希望する者を集ったが、殿は関東の冬などと比較にならぬと仰せであった。 来年の春まで民と共に生き抜く事がお役目とは…」


「なに、まだまだお役目があるぞ! 湊を造るだけでなく、干し柿と干し芋作りだ。 次の船で大量の柿とサツマ芋が届くであろう。 それに鮭が川を上って来ておる。 塩漬けにしたり、干物、燻製にしたりと、やる事は多いのだ。 館に引き籠って冬を越すのは難しそうだな」


蝦夷地の冬は早く、雪が降り出せば大地は雪に覆われて開墾などは出来なくなる。

そうなれば出来る事は、寒さを活かした保存食作りと、未だ着手出来ていない湊造りだ。


もっとも台地が雪で覆われるから、家屋を建てる際に伐根をし平坦な土地を造った際に出た石や土を海岸近くに運び纏めておるので、それを使い湊を造る予定なのだが、絶対的な量が足りない為、湊の完成には時間がかかる。


そう考えると、海が荒れて船が来なくなる真冬までにどこまで何が出来るか。

2人は頭を抱え、どのように報告するのか悩むのであった。


もっとも、この10日後に輸送を担う海賊衆から状況を聞いた俺が、上々であるとの書状で褒め、来年の春から秋にかけて、湊建設と開拓をする人足を送る事を知らせた。


書状を受け取った、2人は安堵のため息を漏らしていたのだが…。

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