滅びゆく今川家と伊勢の台頭 2

石脇城を出た伊勢盛時は僅かな手勢と共に安倍川まで一気に兵を進めると、一旦休止を取り、物見を出し周囲の様子を探らせつつ、後続の到着を待っていた。


暫くすると供回りと僅かな兵を引き連れた国人衆達が次々と合流し、その数は200程となった事で、これ以上時間が経てば駿河館に攻めかかった時には日が昇り出す時間になってしまうと、出発の支度を兵達に命じる。


「盛時殿、この数で今川館を攻めるとなれば、何か策がお有りであろうな?」


今川家の本拠地とも言える今川館を攻め小鹿範満を討つに当たり、たった200の兵ではと心配する国人衆がそう問いかけると、盛時はニヤリと笑い、集まった国人衆や兵達に策を説明する。


盛時の策を聞いた者達は一様に驚き、そしてこれなら味方の損害は最小限に抑えられるうえ、小鹿に味方した国人衆の多くを討ち取れると感嘆していた。

そんな中、真っ先に名乗りを上げた持舟城城主、一宮貞是が大役を得る事になる。


そして、安部川を渡り、空が白み出す前に今川館へと兵を進めた。

今川館までの間には、関が複数あったものの、盛時率いる200の兵達は特に足止めされることも無く、素通り出来た事で、多くの者がまだ寝静まっている時間に今川館にたどり着く。


「某は、持舟城城主、一宮貞是である!! 畏れ多くも今川家当主、今川範満様を愚弄し、甥に家督を継がせ今川家を我が物にしようとしておった、伊勢新九郎盛時の首を持参した。 範満様へのお目通りをお取次ぎ願いたい!!」


今川館を攻めるに当たり、安部川の畔で盛時が事前に話した策、それは、小鹿範満が一番厄介だと思っている自分の首を獲ったと言い、目通りを願い出れば、難なく今川館へ入れるであろうとの内容だった。


「一宮様!! 申し訳ございませぬ、このような夜更けに兵を率いて参じてくださっても殿はお休みになられており申す。 夜明けまでお待ち頂きた!!」


「もう一度申す! 逆賊である伊勢新九郎盛時の首を持参した。 お休みをなされている範満様へのお取次ぎは夜が明けてからで結構! なれど伊勢の首を持参した我らに門の前で待てとは余りにも無体でござろう。 せめて館の中にて休ませて頂きたい!!」


一宮貞是が門を守る兵にそう言うと、なにやら物頭らしき者が現れ、兵達に指示を出すと、しばらくして門が開き、出迎えた物頭が貞是に対し頭を下げる。


「一宮様への非礼、誠に申し訳ございませぬ。 ただ今控えの間までご案内いたしまする。 兵の方々はこちらにてお休みくだされ」


「なんの、夜分に押し掛けた某にも非があり申す。 それよりも主殿にまでの門は既に開いておるか? 門の前で同じ問答をするのは面倒であるからな」


「既に門を開き、控えの間までご案内致す支度は整っておりまする」


「左様か。 それは重畳。 なれば最早後顧の憂いは無い! 者共!! 懸かれ~~!! 抵抗する者は皆殺しにせよ!! 目指すは小鹿範満の首ぞ~!!!」


そう叫ぶと、一宮貞是は目の前で驚きの表情を浮かべる物頭を一刀の下に切り捨て、兵達と共に館の中へと駆け出していく。


大声で号令をかけた一宮貞是だったが、兵達は声を上げず無言で走り出し、目に付いた兵達を討ち取り、館の奥へ奥へと進んでいく。


「も、申し上げまする! 伊勢盛時を討ち取ったと申す、一宮貞是殿の兵が攻めてまいりました!!」


酔い潰れ寝ていた小鹿範満の元に、慌てた近習の者が駆け込んでくる。


「何を申しておる! 伊勢を討ち取って何故この今川館を攻める必要があるのじゃ!! 今一度見てまいれ!!」


大酒を飲み、気持ちよく寝ていたところを起こされた小鹿範満は、駆け込んできた者を一喝すると、宿直に命じ水を持ってこさせる。


この時はまだ主殿にまで兵が押し寄せてはいなかったが、小鹿範満とそれに従う国人衆、そしてその家臣にとって不幸だったのは、再度状況を見に行った近習の者が、敵襲に慌て逃げ出したことに加え、つい数時間前まで、士分にまで酒を振舞った事で、酒に酔い眠り込んでおり、騒ぎに気付くのが遅れ、主殿に兵が踏み込んで来た時には既に数で負けている状態であった。


「謀反人、小鹿範満、出てまいれ!! この伊勢新九郎盛時が成敗してくれる!!」

伊勢盛時が吠えると、先ほどまで静かだった兵達が喚声を上げながら主殿に攻め込んでいく。


誰かが火を放ったのか、主殿から煙が上がり出すと、次々に館の中から着の身着のままで太刀だけを握りしめた男たちが飛び出してくる。


「皆の者、男は撫で斬りにせよ!!! 小鹿範満の首を挙げれば褒美は望みのままぞ!!」


盛時がそう叫ぶと、兵達は一段と大きな喚声を上げ、容赦なく敵を討ち取っていく。


「小鹿範満、三浦義同みうらよしあつが討ち取ったり~~~!!!!」


次々と勝ち名乗りが上がる中、兵と共に先頭を走り主殿に乗り込んでいた三浦高救が範満の首を掲げながら勝ち名乗りを上げると、抵抗していた者達が武器を捨て降伏の意を示す。


「撫で斬りにせよ!!!」


それを見ていた伊勢盛時の言葉で、命乞いをする者達へ容赦なく刃が振り下ろされる。


空が白みだした頃に、燃え盛る今川館の主殿を背に、伊勢盛時の号令の元で勝鬨が上がった。


そして、その後も盛時の動きは凄まじく、すぐさま小鹿範満に加え、小鹿を支持する国人衆の多くを討ち取った事を石脇城へ知らせ、陣触れを発すると、討ち取った国人衆達の所領を攻め、降伏する者を先頭にし、抵抗する者は容赦なく撫で斬りにし、駿河を龍王丸派で統一するとともに、今川家の家督について裁可を仰ぐ書状を持たせた使者を京の将軍足利義尚の元に送ると、暫定的に幕府の代理として今川家の統治を始める。


盛時が幕府の代理として今川家の統治を始める事に関して反発する者もいたが、その多くは駿河館攻めに参加せず石脇城に残った者達が多く、弔い合戦を主導し、小鹿範満を討ち取った盛時の発言力が増した事で、不本意ながらも従わざる得ない状況となる。


そんな中、伊勢盛時は幕府の権力を使い、反抗的な国人衆を抑え込む主導権を奪う。


これには謀反人として討ち取った小鹿範満の娘、弥生を形式的とはいえ正妻として迎えた事も大きく関係をしていた。


謀反人の娘とはいえ、今川の血を色濃く引くからだ。


異を唱える者は力で、従う者は厚く遇して…。

以降、駿河の今川領は伊勢盛時の勢力に取り込まれていくことになる。


一方、小鹿範満を討ち取った三浦義同は、石脇城を与えられ、伊勢盛時の重臣として迎え入れられたのだった。

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