滅びゆく今川家と伊勢の台頭 1

1485年 5月22日 駿河国 安部川


「今じゃ!! 弓衆前へでろ!!! 放て~~!!!!」


「敵は怯んでおるぞ!! 者ども懸かれ〜〜〜!!!」


小鹿範満の命を受け、正装で川岸に並び出迎えを装っていた者達が、号令を聞くと後ろに下がり、反対に後方から弓を持った者や徒武者、足軽が前に出て、一斉に川を渡る輿に向けて矢を放ち、喊声を上げながら渡河途中の一向に襲い掛かる。


「一人も生かして帰すな〜〜!!」


兵を指揮する武者がそう怒号を挙げ、兵達を叱咤しながら、突然の事に動揺する敵を切り伏せていく。


対して川を渡っていた兵達は攻めかかってきた敵から輿に乗る人物を守ろうと身を盾に防ごうとするも、無数の矢の前に倒れ、輿と担ぎ手にも矢が降り注ぐ。


担ぎ手が矢を受け絶命し、遂には輿が川の中に横倒しになり流されはじめ、輿を守っていた兵達の注意が輿の向けられると、攻めかかる小鹿の兵は勢いを増し容赦なく川を渡る兵達を討ち取っていく。


「た…、龍王丸…様…、ご生害!!!」


輿にのる主を守る為に、敵の矢を受けつつも、輿に近づいた武者が中の様子を確認し、助け出そうとするも、そこには、既に無数の矢を受け絶命している龍王丸の姿があった。


「今川龍王丸、討ち取ったぞ!!! 皆の者! 龍王丸に従う者共を討ち取れ!!! 褒美は望むがままぞ〜〜!!」


龍王丸が死んだと知った小鹿範満は、率いる兵達へ総攻撃を命じ、主君を討たれ腰の引けた敵への攻撃を命じた。



遡る事、半月程前、今川龍王丸を擁する伊勢盛時と、今川家の家督を狙う小鹿範満の間で和議が結ばれた事で、この日、龍王丸は自身を擁する伊勢盛時と、国人衆達と共に石脇城を出発し今川館へ向かっていた。


和議の内容は、吉日を選んで龍王丸を元服させて名を氏親とし、伊勢盛時が小鹿範満の息女である弥生を正室に迎え、今川家一門となり、氏親を後見し、小鹿範満は一門衆筆頭とし、家中の取り纏めをする事に加え、今後は今川範満を名乗る事で両者が合意していた。


そして即日、小鹿範満が息女である弥生を石脇城に居る伊勢盛時の元に送った事で、盛時を始めとした龍王丸派の家臣や国人衆も小鹿範満を信用してしまった。


そして、今、龍王丸が今川館へと向かう途中、安部川まで迎えに来ていた小鹿範満の兵が龍王丸と護衛の兵に攻めかかり、今川龍王丸を討ち取ったのだった。


「兄上! これで邪魔者は居なくなった! このまま兵を進め石脇城を落としましょうぞ!!」


龍王丸を討ち取った事で最早敵に戦意は無いと判断した弟の範慶のりよしが、兄である小鹿範満に追い打ちをするように進言をする。


「いや、追い打ちをかければ石脇城を落とし伊勢を討つ事が出来るやもしれぬが、無駄に兵を損じる。 最早あ奴らの担ぐ神輿は無いのだ。 黙っていても頭を下げにワシの元に来るであろう。 さすれば石脇城の伊勢は京に逃げ帰ろうぞ」


「流石は兄上! それにしても龍王丸も不憫にございまするな…。 伊勢が出しゃばらねばこのような死に方はしなかったものを…」


「ふんっ!! 不憫なのは弥生じゃ、恐らく、逃げ帰った後で伊勢と共に国人衆共より罵声をあびせられ、見せしめに殺されるであろう。 だが、これも武士の家に産まれた女の定めだ、不憫ではあるが致し方あるまい。 範慶、兵を纏めよ!! 今川館に戻るぞ!! 今日はワシが今川家の当主となった良き日だ! 祝宴を開こうぞ!」


一瞬、伊勢盛時に嫁がせた娘の弥生を不憫に思い、心の中ですまぬと謝った小鹿範満は、すぐさま気持ちを切り替え今川館へ向かった。


一方、伊勢盛時を始めとした龍王丸派の今川家の家臣や国人衆は、龍王丸の亡骸と共に、石脇城へもどると、龍王丸の亡骸を清め、主殿にある広間の上座に安置すると、主を騙し討ちをした小鹿範満を口々に罵っていた。


「御一同、一旦落ち着き下され!!!!」


喧噪に包まれる広間で盛時がそう声を上げ一旦場を静めようとするが、それに対し一部の国人衆が盛時に喰ってかかる。


「其の方、小鹿の娘を娶ったであろう。 よもや此度の事は小鹿範満と其の方が仕組んだことでは無いのか!!」


「控えられよ! 龍王丸様の御前であるぞ。 それに盛時殿に娘を娶るように言いだしたのは小鹿範満だ。 あ奴は自分の娘が殺されるのを分かっていて、我らを欺くために差し出したのだ。 それに盛時の妹君は龍王丸様の御母堂でございまするぞ。 甥を騙し討ちするような者と手を組む訳が無かろう!」


「なれば、小鹿範満の娘を血祭りにあげ、龍王丸様の弔い合戦を行おうぞ!」


面と向かって盛時が小鹿範満に通じて龍王丸を騙し討ちにしたのではないかと言う者と、盛時を始めこの場に居る全員が小鹿範満に欺かれていたのだと言う者、今すぐ弔い合戦をすべきと言う者の怒号で一瞬静まり返った広間が再度喧噪に包まれる。


「御一同の疑念はごもっとも。 なれど某は今川家の当主を龍王丸様にお継ぎ頂く為に、京の公方様より遣わされた身。 ましてや龍王丸様を産んだのは我が妹だ。 某が小鹿範満と共に龍王丸様のお命を奪うなど、例え天地が引っ繰り返ろうともそのような事はありえぬ!!!」


「なれば、今すぐ小鹿範満の娘をこの場に連れて参り、その首を刎ねられよ! 其の方の甥の仇の娘ぞ!」


一部の者が、小鹿範満の娘を盛時自身が手を下し殺す事で潔白を示せと言い出したが、盛時は顔色一つ変えずに、小鹿範満は娘を道具としてしか見ておらず、殺したとしても何とも思わないであろうことを説き、今後どうするかについて話し合うべきだと主張する。


「なればお聞きするが、盛時殿は如何される。 最早今川家の家督は小鹿が継ぐとして京に戻られるおつもりか?」


「某は小鹿範満を討ち取り、その首を龍王丸様の墓前に供えるまで京に帰るつもりはござらん。 なれど小鹿を討ち取れば今川家を継ぐ方を探さねばならぬ。 故に今川家の家督については京の公方様にお伺いを立て裁可を仰ぐとして、今は如何にして小鹿範満を誅するかを考えておりまする」


「して、如何にして小鹿を誅するのだ? 時が経てば多くの者が小鹿に靡こうぞ」


「左様。 時が経てば…、時が経てば多くの者が小鹿に靡くが、まだ時は立っておらぬ。 御一同!! 今すぐ出陣の支度をされよ! これより我らは今川館に向かい小鹿範満を討つ!!」


「ば、馬鹿な事を申すな! 今から兵を集めたとて…」


「いや、兵は集めぬ! この石脇城におる兵と御一同のご家来衆を合わせれば300にはなろう。 恐らく小鹿範満は龍王丸様を討った事で、我らは何も出来ぬと今頃は油断しておりましょう。 今から石脇城を出れば夜明け前に今川館に攻め込めようぞ!!」


「300の兵で今川館を攻めるだと! 無謀にも程がある!」


「いや、盛時殿の申されることは理に適っておる。 300程度の兵なれば、敵に気付かれにくい。 それによもや龍王丸様を害し、御命を奪った直後に攻められるとは思わぬであろう」


「左様、小鹿範満は我らが兵を集結させて弔い合戦を挑むと思っておろう。 時が経てば龍王丸様が亡くなられた事が知れ渡り我らが不利になり申す。 故に今宵をおいて小鹿を誅する機会は無い! 御一同が動かずとも某が石脇城の兵を率い今川館を攻めまする!!」


盛時はそう言うと立ち上がり、石脇城に居る兵達に出陣の命を伝えると、すぐに集まった100程の兵を叱咤し、今川館へ向けて出陣する。


残された者達は、盛時の行動を「逃げ出したのではないかと」非難する者と、「主を殺され、このまま黙っていては武士の恥」と言い、供回りの者達を纏め盛時の後を追う者とに分かれた。

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