成氏との会談 1

1485年5月19日    山王山東昌寺(茨城県五霞町付近)


関宿城近くにある足利成氏の重臣である梁田氏の菩提寺、東昌寺にて足利成氏と会談の場が持たれた。


当初、会談場所に関しては成氏の重臣である、野田成朝と梁田持助が、豊嶋に奪われた関宿城に近く、会談の内容如何によっては豊嶋の兵に寺を襲撃されるとし、古河に近い場所にすべきと反対し、難色を示していたらしい。


だが成氏の「豊嶋に余を害する気があるのなら、既に川越の合戦で討ち取られておる。 余を生かし、会談を申し入れて来たと言う事は何か話があるのであろうぞ。 それに余を東昌寺にて討てば豊嶋は汚名をかぶる事になるのだ。 会談を申し込んでおいて、わざわざ汚名をかぶるような事はすまい」との一言で、会談場所は俺の指定した東昌寺に決まった。


川越の夜戦から丁度1ヵ月、当初はもう少し早く成氏との会談を実現させたかったのだが、戦後処理…、というか降伏し従属を申し出た国人衆が毎日のように訪れた為、1ヵ月後になったと言う経緯がある。


足利成氏と上杉顕定に味方した国人衆達は、所領安堵を求めて必死になって従属を申し出て来たが、今後、常陸などに転封がある事を伝え、納得させるのに時間がかかった。

中には納得せずに兵を挙げた国人衆も居たが、これ幸いと、従属を申し出ていた国人衆に即座に鎮圧させた。


成氏や顕定に従い豊嶋と戦った国人衆からしたら忠誠を示す機会が出来てこれ幸いと、降伏を認めず兵を挙げた国人衆の城や館を容赦無く攻め立てて一族郎党を討ち取り首を江戸城に送って来た。

忠誠を示す為とはいえ、そこまで苛烈な事しなくても良かったのに…。


おかげで、三浦時高、成田正等、里見成義と事前に会談の内容を伝えそびれた。

実際の所、成田正等は長尾景春と共に、まだ上野の攻略をしているので、事前に話すとしたら三浦時高と里見成義にだったのだが。

書状だと内容が正しく伝わるか分からないし、直接会って話し、その場で懸念を払拭しないと、後で面倒な事になるし。


この1ヵ月の出来事を思い返しながら、会談場所である東昌寺の本堂で成氏一行を待っていると、予定されていた時刻より少し早く成氏達がやって来た。


今回の会談に関しては、寺に連れて来て良い護衛の兵は双方ともに50人、会談に参加できるのは豊嶋、足利両家とも自身を含め3人となっている。


豊嶋家は俺と、叔父の豊嶋泰明、義祖父である太田道真の3人。


足利家は、足利成氏と重臣の野田成朝と梁田持助の3人だ。


本当は叔父である泰明ではなく、京に向かわせた父、泰経を同席させたかったのだが、父が京から帰ってこないので、一門衆の筆頭格である叔父を同席させた。

一番、この場に似合わない人間なんだけど…。


「お初にお目にかかります。 某、豊嶋家当主、豊嶋武蔵守宗泰にございまする」


「余が足利成氏である。 して宗泰は会談の場を設けなんとするつもりぞ?」


成氏は挨拶もそこそこに、要件は何だとばかりに切り込んで来る。


「では、余計な挨拶は抜きにさせて頂き、此度、成氏殿に会談を申し入れた訳をお話しいたします」


成氏殿と言われ一瞬、成氏の表情が変わったが、現状、ここで無礼を咎め席を立ち兵を挙げたとしても従う者は少なく、戦えば負けるのが分かっているのか、成氏は大きく深呼吸をすると、先を促した。


「それでは、端的に申し上げますが、成氏殿には足利幕府最後の将軍になって頂きたいと思っておりまする」


「馬鹿な事を…。 余が将軍? それも最後の将軍とは、其の方は足利に変わり幕府を開くつもりか? だとしたら思い上がりも甚だしい!」


「某は幕府を開くつもりはございませぬ。 しかしながら、今の幕府、いや足利尊氏公が幕府を開いた事でこの日ノ本は如何なり申したか、知らぬとは言わせませぬ。 朝廷が南北に分かれ、国人衆も南朝、北朝に分かれ、日ノ本中に戦乱が火の手が上がり申した。 合戦で武士だけが争うだけならば某もこのような事は申しませぬが、戦乱に苦しむのはいつも民百姓である事をお忘れか? 民は畑で実るものではなく、武士と同じ人ですぞ。 某が目指すのは争いの無い、民百姓が安心して暮らせる世でございまする」


「確かに足利家が幕府を開いてより今迄、戦乱が絶えぬのは認める。 だが其の方が言う世を作ろうとすれば、更に各地へ戦乱が広がり、多くの血が流れ、民百姓が苦しむ事になるであろう。 それに余を最後の将軍にし、足利幕府を終わらせた後、幕府を開かずどうやって日ノ本を纏める?」


成氏自身、享徳の乱と呼ばれる上杉家との争いを30年に渡り戦い続け、酸いも甘いも、知り尽くしているとあって、俺の言葉はわらべの夢物語にしか聞こえていないようだ。


「成氏殿には夢物語に聞こえるかもしれませぬが、これをご覧あれ。 この小さな島が日ノ本にございまする。 そしてこの地にある国々は、新たなる大陸を目指し大船を派遣し、己が所領にしようとしておるのですぞ。 この日ノ本にもいずれこれらの国の船が参りましょう。 この日ノ本を手中に収めようとし…」


成氏の前に出し見せた者は2つ、地球儀と地球儀の平面図だ。

この日の為に、特製の指し棒を作り、平面図を指しながらヨーロッパの情勢を説明をする。


そう、日本では戦国時代だが、ヨーロッパでは大航海時代が幕を開けており、ポルトガルはアフリカ航路を開拓しインドまで迫っている。

そして、ヨーロッパ人が他国を侵略する方法を説明すると、流石の成氏も難しい顔をして考え込む。


「宗泰…、いや宗泰殿、今聞いた事だけでも、其方に聞きたい事が山ほどあるが、まずコレは何じゃ? 何故丸い?」


どうやら平面地図で説明をしたせいで、何故丸い地図を作ったのかに興味を持ったようだ。


「これは地球儀と申します。この地、この世界、いや、この地球という星を地図にした物にございます」


「地球? 星? 其方は何を申しておるのだ?」


興味を示したとしても、簡単な説明だけでは理解が追い付かない。

当然と言えば当然で、地球が…、世界が丸いなど、信じられるはずがないのだから。

なので、足利成氏を始め、野田成朝と梁田持助、それに加え、完全に思考がショートしている状態の泰明に対し、丁寧に説明をする。


「俄かには信じられん。 だが言われてみれば思い当たる節もあるが…、いや、それよりもこの日ノ本へ海を越えて攻め込む…、いや、その‘きりすと’と言う‘でうす’の教えを説く宗教を持って日ノ本を手中に収めると申すか?」


「左様でございまする。 成氏殿もご存じでござろう。 寺社を敵に回すとどれだけ厄介かを…、その者達、いえ、南蛮人とでも呼びましょう。 南蛮人はキリスト教なる宗教を伝え信者を増やし、南蛮人の言いなりになるよう民百姓を惑わして国々を手中に納め、その地に住む人を奴隷とし、金や銀、その地にある宝物を奪って行きまする。 恐らく、日ノ本に到達するまで後数十年はかかるでしょうが、それまでに日ノ本を纏め、これらの地と交流を育み南蛮人のいいようにさせぬ必要がございまする」


そう言いながら、地球の平面地図でアメリカ大陸を含む太平洋の島々を指し棒で指しながら説明をする。


俺の叔父である泰明は既にショートしているが、野田成朝と梁田持助もショートし、成氏もショート寸前だ。


うん、一旦、外国の話は中断し、日ノ本を纏める話に切り替えよう。

元々それが本題だったし。

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