夢・幻の如く
■江戸城 豊嶋宗泰
暑い…。
まだ5月だと言うのに暑い…。
外気温が高いのではなく、身体が熱いのか?
寝ているはずなのに、身体が汗ばんで布団が肌に張り付く感覚を覚えるが、身体が動かないし、目を開く事も出来ない…。
いや、なんて言えばいいんだ?
汗に濡れた布団の感触はあるが、身体が浮いているのうな…・
そう! いうならば無重力状態のような、形容しがたい不思議な感覚だ…。
「お客さ~ん! お客さ~ん! 終点ですよ!!」
終点?
何を言っているんだ?
終点って…、お客さんって…。
「お客さん! 起きてください。 終点の飯能ですよ…」
飯能? 終点?
そう言えば…、俺は電車に乗ってって、何故か戦国時代、それも初期の戦国時代に転生を…。
徐々に頭の中がハッキリとして来ると、うっすらとだが記憶が蘇って来る。
「寝過ごした!!!」
長い事忘れていたような感じの記憶が蘇り、ハッとして目を開く。
「ようやくワシの声が届いたか…。 まあ声を掛けたのは今さっきじゃがな」
覚醒はしたはずなのに何故か身体は動かない。
目だけを動かし辺りの様子を伺うと、どうやら薄暗い空間に俺ともう1人、いや人なのか?
身なりの良い、いや確かに身なりは良いが、何というか古めかしい格好をした老人が佇んでいる。
「駅員さん…、では…、ないで、すよね…?」
「当たり前であろう、朕を誰と心得る、其の方を呼んだ時、朕の事を駅員さんと呼んだゆえ、此度は駅員なるものの真似をしたまで」
「…、これは夢? いやどっちが夢? 戦国時代に転生した事が夢? それとも、この状態が夢? いや、電車に乗っていた俺の人生自体が夢? 何がどうなっているんだ?」
「この場は夢の中と言えるであろうな、だが、電車に乗っていた其の方の人生も現実であり、戦乱の世に転生したのも現実である。 もっとも人の一生など、過ぎ去りし日々も夢現の如くだがな…」
「う~ん、お爺さんのいう事は何となくわかるけど、何故ここに? というかお爺さんは誰?」
駅員さんの振りをして声を掛けて来た人を御爺さん呼ばわりした瞬間、目の前に佇む老人がクワッっと目を開き、怒気を孕んだ声を発する。
「無礼者!!!! 朕を誰と心得る!! 恐れ多くも先の…、いや、今皇位についておる後土御門より数えて53代前の帝、日本根子皇統弥照であるぞ!!!」
「いや! 誰? 天皇陛下…、いや帝なのはわかったけど、日本根子皇統弥照って聞いた事ないんですが…」
「ふむ、では其の方が転生した豊嶋家の祖と言えば分かるか?」
豊嶋家の祖…、確か豊嶋家は秩父氏の一族で、その秩父氏は誰だったか知らないけど、桓武平氏の末裔…。 桓武平氏の祖と言うと…、桓武天皇? いや、名前しか知らんし、桓武天皇の生い立ちとか何やったかとか…、あっ、
「桓武天皇?」
「そうじゃ、朕は其の方らの祖である日本根子皇統弥照…、いや其の方が知っている呼び方では、桓武と呼ばれておる」
桓武天皇が何で俺を転生させた?
いや、そもそも何をもってして桓武天皇だと信じれば良いんだ?
初めて顔を見るし!!
「ふむ、其の方、朕を疑っておるな? まあ疑うなら疑えばよい。 朕が其の方が産まれ育った昭和、平成、令和の時代で桓武天皇と呼ばれていた人物であることには変わりないのだからな」
「では桓武天皇陛下? 何故に俺を転生させたのですか?」
「うむ、重なり合う時と場所、そして血だ! あの日、あの時、あの場所で朕の血を僅かにでも引くものが其の方だっただけの事。 もっとも、僅かも僅か…、一滴と言える程度だがな…」
「一滴って!! 血縁関係でいう血の濃さってそういう例えします? まあ何となく理解出来たのでどうでも良いんですが…」
そう言うと、目の前に佇む老人、桓武天皇が、あからさまにため息をつく。
「はぁ~、朕の末裔ともあろうものが…。 まあよい。 宗泰! 其の方、これから如何するつもりじゃ? 半ばではあるが、朕の命じた異なる未来への道はほぼ、切り開かれたと言えよう。 だがこれだけではまだ足らん! 所詮は仮に関東を制した程度、恐らく、今、其の方が居なくなれば、其の方が生きていた時代の歴史と似たような道を辿るであろう」
「という事は、このまま天下統一しろと?」
「そうじゃ! それに其の方とてここで終わるよりも、天下統一を成し遂げ終えた方が区切りが良かろう?」
「それは、ここで元の世界に戻りたいと言えば戻して…」
「いや、戻さん!! 最初に言うたであろう、 日ノ本を統一し異なる未来への道を切り開いたなら、願いを一つ叶えると。 元の世界に戻りたいのであれば日ノ本を統一するのじゃ」
「最初、日ノ本を統一じゃなくて、国を統一って言ってなかったですか? 武蔵国は統一しましたが…」
「揚げ足を取るでない!! 国とはこの日ノ本の事じゃ!! それで、宗泰、其の方はこれから如何様な国にするつもりじゃ?」
怒られた…。
最初は国って言ってたのに、今になって日ノ本に変えられた!
まあ実際の所、揚げ足を取ってみただけで、古河公方と関東管領率いる大軍を川越で破り関東制覇の足掛かりが出来たと言うだけで、このまま歩みを止めれば恐らく史実通りにはならなくとも、同様の歴史が繰り返されると思う。
関東で言えば、これから台頭するはずだった伊勢…、いや後北条の替わりに関東で覇を唱えた程度だし。
「とりあえず、資本主義を経て民主主義の世を作ります。 まずは封建制度を廃止するところから始めないといけないので、早く天下統一し下地を作らないといけないですが…」
「資本主義を経て民主主義か…。 其の方、元居た世界の政が正しいと思うておるのか?」
「正しいかどうかは分かりませんけど、大国の顔色を窺い、属国のように言いなりとなるような国にはしたくないですね。 かといって領土問題や政治的な事で戦争を仕掛けるような国にもしたくないですね」
現代日本は平和であると言えば平和だが、資源が無く、大国や資源を持つ国からの輸入がストップすれば直ぐに経済が回らなくなる。
言うなれば各種資源の輸出を止めると脅されれば妥協せざる得ない国だ。
昔、某国に経済制裁をチラつかされ脅された事もあったのだから。
「なので経済圏を確立します。 植民地ではなく国と国の結束を強くして南蛮をはねのける。 海の外に領土を広げるとすれば、未来の言葉でいうアメリカ大陸、オーストラリア大陸。それ以外は国というものが存在するので手を取り合って経済圏を…」
「壮大だが、其の方が生きているうちに出来るかどうか…。 いや出来まい。 だがどうしたいのかは分かった。 なれば朕は其の方を今暫く見守ろうぞ」
なんか納得されたけど…、っで?
何かないの?
何で桓武天皇がわざわざ俺を転生させたのか! 何故、異なる未来を切り開けと言ったのか!!
訳を話せよ!!
「それで、質問なんですが、な…」
疑問をぶつけようと声を出した瞬間、無重力空間に居るかのような感覚だった身体に重力がかかり、意識が現実へと引き戻される。
動かなかった身体が突然動くようになり、ガバっと布団を跳ねのけて身体を起こすと、そこは江戸城内にある俺の部屋だ。
隣で照がスヤスヤと寝息を立ててる。
「夢…、ではないよな…」
水を飲み乾いた喉を潤して、その場で暫く、桓武天皇に聞かれた内容、話した内容を頭の中で反芻する。
我ながら大風呂敷を広げ過ぎた!!!
いや、考えるのは止めよう。
俺が行うのは日ノ本を統一し、道筋をつけるまで、後は子孫が頑張ってくれるはずだ!
なんせ照のお腹の中には次世代を担う子供が居るし!
まあ男か女か分からんけど…。
そう思い、横になり目を瞑る。
うん、かなり汗かいたから布団がベチャベチャで気持ちが悪い!
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