宗泰と道真の密談

夜が明けると、川越城周辺には多くの武具や死体が打ち捨てられたままとなり、いかに足利、上杉軍にとって夜襲が想定外であったのかが見て取れた。


「申し上げます! 太田道真様が参られました!」


川越城大手門近くに陣幕を張り、仮の本陣として武具の回収や死体の片づけに加え、武者の名を確認するよう命じ一息ついていたところ、川越城を守り切った太田道真が本陣にやってきた。


「宗泰殿。 此度の勝ち戦、祝着至極! このような爺を此度の合戦の要として下さり、冥土への良い土産ができた」


「何を申されます。 まだまだ爺様、いえ道真殿にはご指導頂く事が山ほどございますれば、冥土へ向かわれるのは後20〜30年程お待ちくだされ」


「なんと! 某に100を超えてまで生きろと申されるか」


「左様、照が懐妊致しました故、照の子を抱き上げ、その子の子を抱き上げ、さらには…」


「なんともうれしい事を言ってくれる」


本陣に来た道真と他愛もない会話をしていたが話が一段落ついたところで、道真の顔が引き締まり武将の顔になる。


「して、宗泰殿はこの合戦をどこまでされるおつもりか?」


道真が聞いてきた事、それはこれで合戦を終わらすか、それともこの勢いのまま兵を進めるか。

進めるのであれば何処に兵を進めるのかだった。


「まず、関東管領上杉顕定は討ち取ったと柴崎長親殿 より知らせが参りました。 これにより上野は主を失ったようなもの、上野に兵を進め、これを手に入れまする。 そして古河の成氏に対してでございますが、こちらは利根川までの土地を抑えると共に、関宿城の防備を強化致そうかと」


「なるほど、行方知れずの成氏殿は後回しで主の居ない上野を先に取るか。 悪くない。だがこの勢いをもってすれば古河も奪えようぞ」


そういう道真に対し、後ほど詳細な話をする事を伝え、本陣へ次々と送られてくる報告を道真と共に聞きながら、家臣へと指示をだす。


その夜、川越城の一室では、俺と太田道真の2人で今後の策を話し合っていた。


実際は話し合うというより俺の立てた策を道真に聞いてもらい、穴が無いか、こうしたらどうか?

などと助言をもらっているといった方が正しいのだが…。


「なるほど、では成氏殿は無事に古河へ戻れるよう手配されておると。 それにしても関宿城の梁田成助殿に使者を送り、成氏殿を保護し無事に古河までお送りする事を条件に関宿城を豊嶋の物と認めさせるとはな」


「実の所、成氏殿には生きていて貰わねば困るのが故に助けたのですが、もののついでと梁田成助の元に風魔衆を送り、関宿城を豊嶋のものにと伝えたら、二つ返事でございました」


「そうであろうな、長年主として仰いでいた成氏殿の生死がかかっておるのだ。 拒んで成氏殿を害されるぐらいなら関宿城を手放すのも厭わないであろう。 なんせ成氏殿が健在なれば、関宿城はいつでも取り返せるのだからな」


「左様。 もっとも返すつもりはございませぬが」


そう、関宿城は利根川を挟んで下総にある城であり、豊嶋家にとっては橋頭堡であり、敵中に孤立した城でもあるのだ。

援軍を送るにも海賊衆の船を使い利根川を遡上させるか、幸手方面より利根川を渡河しなくてはならない以上、損害を無視し我攻めをされたら、援軍の到着まで持ちこたえられる保証が無い。


道真は「梁田成助もそれが分かっているから素直に応じたのだろうが…」と言いながらニヤリと笑う


「して宗泰殿、長尾景春殿の処遇は如何いたすのじゃ? 調略に応じたとは言えぬが、景春殿が動かなければ、こうもうまく事が運ばなかったのであろう?」


「左様、ただ某も悩んでおりまする。 ここは鉢形城の景春殿に使者を送り豊嶋に従い、成田殿、柴崎殿と共に上野制圧をさせ、そのうえで、所領替えを行い、碓氷郡、吾妻郡、利根郡、勢多郡を与え沼田を拠点にして頂こうかと…」


「実質上野半国に近いが山ばかりじゃな。 越後、信濃への足掛かりには…、まさか…!」


「そのまさかでございまする。 某に従うのであれば道灌殿のように兵を預け越後、信濃へ攻め込ませまする」


そう言うと道真は、景春が従うか分からないにも関わらず、既に越後、信濃への侵攻を計画している俺の顔を見ながら苦笑いを浮かべている。


「なればワシからも景春殿へ、宗泰殿の配下に加わるよう書状を送ろう。 碓氷郡、吾妻郡、利根郡、勢多郡の4郡を与える。 それに相違はないな?」


「ございませぬ。 ただし景春殿の所領である秩父郡等は豊嶋領と致しますが」


俺がそう言うと、道真はため息をついた後、書状を書くために近習の者を呼び、紙と筆を持ってこさせた。


「時に宗泰殿、此度の合戦、何処から何処まで事前に策をめぐらせておった?」


「何処から何処まで、にございまするか…」


「そうじゃ。 柴崎長親殿の息女の於福を妻に室に向かえたのも、成田正等殿の家臣に留め置き、成田と柴崎の不仲を装ったのも宗泰殿の策であろう? それだけでは…」


「道真殿、此度はなるようになっただけにございまする」


実際の所、自分でも何処からと言われても、古河公方と関東管領が和議を結び、享徳の乱が終結した時にはいずれ争う事になるだろうと思い動いていたし、本格的に動き出したのは国府台の合戦ぐらいからとしか言えないが、それを道真に言うのもためらわれる。

それに無駄になった策や仕込みも多くあるので、苦笑いをしながら話をはぐらかす。

うん、その後も道真の追及は続いたけど、そこそこはぐらかせたと思う…いやそう思いたい。


そして川越城で俺と道真の2人で今後の話をした2日後、長尾景春が3000の兵を率い上野に出陣をしたとの報が届けられた。


これで上野は良いとして、あとは下野、常陸だな。


本佐倉城へ攻め込んでいた岩橋孝胤は兵を引いて所領に引き籠り、里見に攻込まれていた真里谷は、豊嶋に従属すると使者を送って来たし。


さて、そろそろ成氏に会談の申し入れを行うだけだが、

問題は場所だよな…。

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