秋の評定

「以上が今秋に予測される収穫量でございます」


一門衆に続き、要所の城と所領を持つ家臣、従属する国人衆が予測される米の収穫量を順番に報告し、最後に白子朝信が豊嶋家直轄領の予測収穫量を報告する。


1482年9月


江戸城の広間には一門衆を始め重臣、従属する国人衆が一同が集められ、今年の予測収穫高、城や城下、街道の整備状況の報告をしている。


関東管領である上杉顕定と古河公方である足利成氏が和議を結んだことで扇谷上杉家と共に夏頃に兵を挙げるかと思っていたが、武蔵や相模の国人衆に書状を頻繁に送っているぐらいで表立っての動きは無い為、農繁期のうちに現状の共有、今後の動きなど、話す場を設けたのだ。


因みに駿河から太田道灌が、伊豆からは海賊衆の富永盛勝、鈴木繁宗、松下長綱、清水綱吉が、安房からは里見家当主である里見成義が来ている。

里見家に関しては代理で良いという書状を送ったんだけど加茂川周辺を除き安房の国をほぼ手中に収め、現在は調略に力を入れているようで支援に対するお礼と正式に臣従を申し出る為に来たとの事だった。

まあ一度は会って話しておかないとと思ってはいたから丁度良かったんだけど…。


それにしても里見成義は豊嶋家の所領開発状況や米の収穫量に驚いた顔をしている。

安房は山間部が多く耕作地域が少ないので仕方がないとは言え昨年度の収穫高より今年の予測収穫高が増えている事に驚いている様子だ。


安房での合戦もひと段落したようなので農業改革と農地開発を教えてあげよう。

里見家には上総、下総で成氏に従う国人衆達を牽制して貰わないといけないし。


「では次に堤の建設状況だが、木戸孝範、報告を致せ」

「はは、しからば…」

現在多摩川、入間川上流部の堤建設を指揮している木戸孝範だが元は太田道灌の客将だったが江戸城が落城した後、暫く道真の元に身を寄せていたが、道真の勧めで豊嶋家に仕官した人物で道灌の客将だった時から主に内政関連に関わっていたらしく今年から堤建設を任せている。


木戸孝範の報告では入間川の堤建設は片側だけ作っておけば増水した際対岸に水が流れ込むようになっているので現状では強固にする必要はないので順調ではあるが、多摩川の堤に関しては難航しているとの事だった。


入間川の対岸は豊嶋家の所領ではないし、ましてや臣従をしている国人衆も少ない為基本的に放置している。

洪水で田畑が流され農民や国人衆が困窮したら援助して恩を売る事が出来るし…。


ただそうはいかないのが多摩川で、現在、豊嶋領と三浦領に接して川が流れている為、相応の強度が求められる。

豊嶋領に至っては上流部で両岸とも豊嶋領だったりする場所もあるから洪水で田畑が流され、領民に被害が出たら困るのでしっかりとした堤が必要だったりする。

その為、入間川と違い、進捗が芳しくないらしい。

こればっかりは仕方ない…。


木戸孝範には引き続き多摩川の堤建設を行うよう指示を出し、太田道灌に駿河の状況を報告させる。


「駿河でございますが、今川家次期当主である龍王丸の後見をしている小鹿範満殿と話をし、龍王丸を廃し小鹿範満殿を今川家の当主とする事を餌にして駿東郡割譲の交渉をしております。 流石に駿東郡を割譲するとなれば家中の反発があると難色を示しておりましたが、駿東郡の国人衆が勝手に龍王丸派と小鹿派に分かれ争い、小鹿派の国人衆より豊嶋家に援軍要請があったら兵を出し助け、その結果国人衆が豊嶋家に従うと決めたのであれば仕方ないとの事でございます」


「要は表立って割譲する事は出来ないけど、国人同士の争いの結果、今川家から豊嶋家に鞍替えするのは黙認するという事だ」

「左様でございます。 故に現在、龍王丸派の国人衆達に噂を流し焚きつけております。 それと、駿河ではございませんが甲斐国都留郡を治める小山田家と接触し、豊嶋家への臣従を勧めております。 本を正せば同じ秩父氏を祖とする家柄とあって臣従には難色を示してしているものの、友好関係を結ぶのであれば構わぬとの事でございます」


「小山田氏の当主って確か上杉定正を追い返した小山田弥太郎信隆でまだ若かったよね?」

「左様でございます。 14歳でございますがなかなか思慮深く家臣達からも信頼されている様子でございました」


「では道灌は今後も駿東郡への進出、小山田家の懐柔を任せる。 無理に臣従させなくても良いので友好関係を結び豊嶋家が甲斐へ攻め入る際に邪魔をしないようにしてくれるだけでいいから」


駿東郡を豊嶋家に押さえられれば小山田家は武蔵、駿河への道を塞がれることになるので恐らく友好的な関係を築こうとするはずなので、塩を安く売ってあげれば簡単に友好関係が築けるはずだ。

甲斐は海が無くて塩が採れないからね。


「では次に、伊豆の海賊衆の方はどうなっている?」

「それにつきましては某から」


事前に決めていたのか伊豆の海賊衆を代表して富永盛勝が話し出した。

「まず、伊豆の海賊衆でございますが、大小の勢力があり殿よりのお下知を頂いた際、足並みが揃わぬ可能性がある為、富永家、鈴木家、松下家、清水家の4家が旗頭となり海賊衆を纏める事に致しました。 また夏に頂戴致しました安宅船なる船の建造と運用も始まっており戦力も大幅に向上しております」


「それなら安心だ。 ただ安宅船の運用は、安宅船を中心にして関船を、その周りに小早船を配置するんじゃなくて安宅船を先頭にして戦う方法も考えておくように。 安宅船で敵の水軍を蹴散らし乱れた所を関船と小早船で攻めると無駄な犠牲が出ないだろうし」

「はは、仰せの通りに…、確かに安宅船のような船が先陣を切って突っ込んで来たら敵の足並みが乱れる事は必定、我ら4人で恥じぬ戦いが出来るよう研鑽を積みまする」


「任せる。 して次は矢野兵庫と山口高忠、愛甲郡の国人衆達はどうだ? 素直に従いそうか?」

「国人衆達につきましては概ね豊嶋家に従う姿勢を見せておりまする。 関東管領、扇谷上杉家より送られて来た書状を封も開けず持参する者も多く、合戦となっても裏切る事は無いかと」


「全く関東管領である上杉顕定も困ったものだな、俺の所にも国人衆が送られて来た書状を持参しに来ている。 一度手に入れた所領を返せと国人衆に迫れば反感を買うのに気づいて居ないとは…。 まあ飛び地を得た者はまだしも転封を受け入れた者は今更返せと言われ所領を明け渡そうにも旧領は別の者が治めているのだから応じる者など居るはずも無いのに、無駄な事をする」

「左様でございます。 書状を持参する国人衆も辟易している様子、所領を追われ両上杉家を頼って落ち延びた者達が旧領で領民の煽動する可能性もありますれば国人衆達には注意を促しております」


「そうか、今後も国人衆達を纏めるよう努めよ。 それと言うまでもないだろうが扇谷上杉家の動向も注意しておけ、その内所領を追われた者達の突き上げに耐え切れず扇谷上杉家が兵を挙げる可能性があるから」

「「ははっ!!」」


勢いよく返事をする矢野兵庫と山口高忠の表情は扇谷上杉家を抑える場所を任されたと言う自信とこれから手柄を挙げてやると意気込んだ表情だ。

うん、安心して任せられる。

なんせ扇谷上杉家を滅ぼせば加増が望めるからね。


「最後に斉藤勝康、京の様子はどうなっている?」

「は、某の代わりに京におります樋口兼正殿よりの報告によれば将軍足利義尚様が父であり前将軍であった足利義政様を出家させ幕府の実権を握ったものの、前将軍に心を寄せる者が多くいまだ幕府は混乱しております。 また何でも畿内各地に関東管領と古河公方から金を積まれ、古河公方の朝敵を取り消そうとしているとの噂があり、つい最近まで関東管領からの使者を門前払いしていたとか」


「金を積まれれば何でも認める幕府と言う噂か…、さぞかし将軍様はお怒りであろう?」

「左様でございます。 義尚様の怒りは凄まじく、六条川原には噂をした者の首が数多く晒されているとの事で、それが噂に真実味を帯びさせている状況との事。 また堀越…、いえ鎌倉公方である足利政知様よりの書状を鵜呑みにし、幕臣が関東管領である上杉家の話を聞くべきという諌言も最近まで退けていたと京の公家が申していたと」


「では暫くの間は幕府が和議を認め朝敵を取り消す事はなさそうだな…」

「樋口殿を通じ幕府と繋がりのある公家に金を渡しておりますれば、今暫くは大丈夫かと」


うん、やっぱり噂って怖いね…。

聞く処によると何故か噂を流し幕府の権威を失墜させようとしているのは河内国に居る畠山義就って事になってるし。

噂が京の都だけならなんとでもなるんだろうけど、何故か畿内各地に広まっているみたいだし…。


将軍も大変だ。


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