噂
「おい、聞いたか? 何でも関東管領様と古河の公方様が和議を結んだらしいぞ」
「そんな事か? そんな事はもう京の都の全員が知ってるに決まってるだろ! そんな事よりも驚きなのは関東管領様の使者が京の将軍様の所に来て毎年10000貫文を納めるから古河の公方様の朝敵の取り消しと古河の公方様を奉じて鎌倉府の再興を申し出たらしいぞ」
「10000貫文? ってそれを毎年って、東国はそんなに豊かなのか?」
「お前何言ってるんだ! 豊かな訳ないだろ! 俺の生まれる前から去年まで関東管領様と古河の公方様が争ってたんだぞ、京の町みたいに荒れ果ててるって話だ」
「じゃあどうやってそんな大金を用意するんだよ」
「そんなの俺に分かる訳無いだろ! 将軍様はあまり乗り気じゃないらしいが、前の将軍様が毎年10000貫文を納めるという話に乗り気でな、何でも使者が持参した5000貫文は前の将軍様が受け取りご満悦だったらしい」
「何でそんな事知ってるんだ? お前お武家様に知り合いなんかいないだろ?」
「俺に知り合いは居ないが、将軍様の家臣に仕えているお武家様から聞いたっていう奴が居るんだよ。 つい最近まで。細川様と山名様が争っていただろ、それで金が無いから今は喉から手が出る程欲しいんだとよ」
「じゃあその金で焼け野原になった京の都を復興してくれるって事か? だったら良いじゃないか、働き口が出来て金が貰えるんだから」
「はぁ~、それがそうでも無いらしいんだよ。 何でも話によればその金を使って前の公方様が
「なんだよ、じゃあ金は前の公方様の道楽に消えるって事か? 前の将軍様も京の都が荒らされても止める事すら出来なかったのに、今の将軍様もお飾りで言いなりとはな~」
「まあ将軍様なんて只の飾りってことだ、政も管領様の言いなりらしいしな」
堺の町で、摂津の渡辺津湊(摂津国の旧淀川河口近く)で、荒れ果てた京の都の片隅でそんな噂話がそこら中で話が語られ、人から人へと伝わっていく。
噂話を幕臣やその家臣に聞かれれば即座に捕えられ、またはその場で首を刎ねられるが、それこそがこの話が事実であるとして噂に加わり広まっていった。
噂が流れ出したのは年明けだったが、1月もしないうちに畿内各地に伝播する。
本来なら当然噂はここまで一気に広まるはず等無いのだが、河内国の商人を名乗る者から金を渡され食い物や衣服、更には麻布など安物だが売れば多少の金になる品が入った連雀(背負う道具)を施され即席の連雀商人に仕立て上げられた流民が噂を流す事を条件に各地に散らばり噂を撒き散らしたのだ。
連雀商人にされた流民には指示された土地へ行き噂を流し、見事に噂が広まった暁には更に金を与えると言われているので日々の糧にすら事欠いていた流民達は必至で噂を流す。
当然の事だが幕府の者に捕えられ黒幕を暴かれても河内国の商人だとしか流民達には伝えていないので噂を流した犯人として一番最初に疑われるのは河内国を占拠し居座っている畠山義就になる。
なぜ畠山義就が? と言う疑問も生まれるだろうが、幕府の権威を貶める為に風聞を耳にし噂を流したと思われるはずだ。
■室町殿(将軍家の居所)
「もう一度言ってみろ!! 余が傀儡だと!!」
怒りに任せ
「い、いえ、そのような事は…、ただ京の町の者がそのような噂をしており、出入りの商人の話では京のみならず畿内でも同様の噂が流れていると…」
「誰だ!! そのような噂を流した者は!! 捕えて首を刎ねよ!!」
「そ、それが噂をしている者を捕え誰に聞いたか問いただしましたが人づてに聞いたとしか…」
「何としても噂を流した者を探し出して捕えよ!!」
怒りが収まらない義尚がそう言うと、噂を伝えた側近は逃げるようにして部屋を出て行く。
「お、おそれながら…」
「なんだ!!!」
「恐れながら申し上げます。 此度の噂、関東管領である上杉顕定殿より足利成氏と和議を結んだとの使者が来てから流れ出したと思われまする。 恐らく朝敵となった足利成氏を関東管領が金で朝敵を取り消させようとし、それを公方様がお認めになる事で幕府の権威を失墜させようとしているものかと…」
「そんな事は分かっている!! だが父上なら本当に応じかねん、東山殿を造園するにあたり金が集まらず難儀していると言う、金は喉から手が出る程欲しかろう! だが受け取ったら最後、将軍家に金を渡せば何でも許されると言われるぞ!!」
部屋に残った側近の言葉に怒りを露わにする義尚だが、先程の側近と違い多少は肝が据わっているのか怒鳴り声に怯えはしているものの何とか逃げ出さずにその場で義尚の相手をしている。
「もしやとは思いますが、誰ぞ噂を意図して流しているのは公方様の御父君では?」
「何だとっ!! なぜ父上がそのような噂を流す必要があるのだ!!」
「そ、それは…、この際ですので申し上げますが 義尚様が将軍になられた後も御父君である義政様が実権を握っておりまする。 しかし義尚様は自ら政を行おうとしておりますのでそれを邪魔し実権を握り続ける為かと…」
側近の言葉に思い当たる節があるのか先ほどとは打って変わり真面目な顔で何かを考えるような素振りをする義尚だが、考えが纏まる訳でも無くその日の話はそこまでで終わった。
だが数日後に、将軍である義尚が父である先代の意向により毎年10000貫文の金と引き換えに関東管領と足利成氏の和議を認め、鎌倉公方とするべく送り込んだ堀越公方こと足利政知とその家族を京に呼び戻し、政知とその子は仏門に、正妻と側室は幕臣に娶らせる、京へ戻る途中の政知一行を暗殺する為に刺客が放たれたなどと話す者も居たらしく、その噂もすぐに義尚の耳にも届けられた。
「父上には出家して頂く!! 関東管領と足利成氏の和議を認めれば幕府の権威は失墜する! なれば父より実権を取り上げ余が政を行う。 上杉よりの使者は今後追い返せ!」
「お、お待ちを、出家して頂くと言われますが義政様がご納得されるかどうか…」
「力ずくでも納得していただく! まずは話をするが、拒否するようなら密かに兵を集め父を捕え寺に送るまでだ」
そう宣言した義尚は父であり前将軍であった義政の元に向かった。
その数日後、義政は出家し幕府の実権は義尚が握る事になったものの噂は消えることなく広まり続けた。
その一月後、噂の出所が河内国の商人らしいと報告がもたらされ義尚は河内国を占拠し居座っている畠山義就が噂を流した張本人と思い込み怒りを爆発させたものの、側近に止められ兵を挙げられなかった。
義尚は父を出家させ実権を握ったと思っていたが、実際は未だ義政の影響力が色濃く残っており幕臣たちの多くに将軍である義尚の命を否定する者が多かったのだ。
結果噂に翻弄され幕府は混乱し、関東管領と古河公方の和議と朝敵の取り消しどころでは無く、義尚はその後、数か月に渡り噂と自分の命に従わない幕臣に悩まされ、さらにその間、関東管領から送られた使者は門前払いされる破目になった。
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