騒乱の兆し

田植えが終わり6月になると、関東管領上杉顕定が武蔵、上野国の国人衆の一部を率いて信濃に出兵し、扇谷上杉定正は相模、武蔵の国人衆の一部を率いて甲斐に出兵した。

豊嶋家にも両方から出兵要請が来たが、最近雨が降り続いており、堤を築き河川の氾濫に備えているので出兵出来ない、と丁重にお断りした。

他国に出兵しても得る物なんて無いし、三浦家も、太田家も、成田家も、そして他にも結構な数の国人衆も出兵を断ったようだ。


昨年まで続いた長尾景春の乱で疲弊し、やっと争いが終わり平穏になったというのに、兵など出したくないというのが多くの国人衆の本音だと思う。

その為、信濃に出兵した上杉顕定は8000人、甲斐に出兵した上杉定正は5000人とあまりぱっとしない兵力だ。


信濃への出兵は信濃守護、小笠原からの要請を受け、信濃の有力国人である村上家と高梨家の争いを収めるという大義名分を作っての出兵だが、ハッキリ言って信濃に行って何をするんだ? といった感じだ。

その点、甲斐に出兵した上杉定正は関東管領の命を受け、甲斐守護である武田信昌を助け、守護に従わない国人衆の討伐と言う名目を掲げているので、目的がハッキリとしている分まだましだが、守護である武田信昌を助けたところで何の価値があるのか。

むしろ俺から言わせれば、武田家が荒波に揉まれたからこそ武田信虎や信玄などが生まれたと思えるので、甲斐が平穏になったら信虎とかも史実と違う性格の人物になってしまう可能性があるから止めて欲しい!

いやまだ武田信虎は産まれていないから最悪産まれてこない可能性もある。

甲斐に入ってすぐ国人衆に追い返されれば良いのに…。


そう思っていたら上杉定正は、まだ若い岩殿山城城主である小山田弥太郎に敗れ早々に帰って来た。

小山田弥太郎って後で風魔衆に調べさせたらまだ12歳だって。

家臣団がしっかりしているんだろうけど、甲斐への入り口すら通過出来ないって…、これで扇谷上杉家の相模、武蔵における求心力が落ちたはずだ。

俺にとっては良い事なので、小山田家とは密かに誼を通じておこう。


そして信濃に入った上杉顕定は村上家に味方する事にしたようで、村上顕国の葛尾城に滞在したまま兵を動かしていない。

村上顕国と高梨政盛が長年争っている地に踏み込んで、今回は村上に恩を売っておこうと思ったのだろうけど、越後の長尾家が高梨を支援する動きを見せた為、身動きが取れなくなったといった感じだ。

ホント、何しに行ったんだか…。

てか、家宰の長尾景春は何やってるの?

家宰になった後、関東管領家が暴走しているような気がするんだが。


そんな様子を見透かしたように古河公方である足利成氏の命を受け、下総の国人衆が関東管領家の宿老で武蔵守護代の大石定重の居城である葛西城(東京都葛飾区青戸)へ兵を進めた。

今回、成氏は出陣せず、家臣の岩松成兼を大将に5000人の兵を率いて利根川を渡河して葛西城に迫る。

葛西城城主である大石定重は城に残っていたものの、上杉顕定の信濃出兵に家臣に800人の兵を率いさせて随行させており、急ぎ兵を集めたものの思うように兵が集まらず、1200人の兵で葛西城に籠城した。


大将を命じられた岩松成兼は幸手原で栗原城に籠る道灌軍の抑えとして3000人の兵を率いていたものの、奇襲と未知の兵器による攻撃で撃破された結果、道灌軍が成氏軍の背後から攻めかかった事で敗戦に繋がったという己の失態を挽回すべく、合戦前から思いつく手を幾つも打っていた。


その一つが出陣準備が始まる前に浪人や野盗を雇い葛西一帯に潜ませたことだ。

目的は葛西城から周辺の国人衆へ援軍要請を依頼する使者を待ち伏せし討ち取る事で援軍を遅らせる為だ。

実際、効果は抜群で、風魔衆の報告で事前に把握していた俺は別として、多くの国人衆は葛西城が包囲され、周辺が侵略され始めて初めて気付き、兵を集め出したといった感じだ。

ただどの国人衆も兵は集めたものの纏め役に欠いており、自領への侵入を防ごうとするだけで積極的に援軍として葛西城へ向かう者は少なく、一部の国人衆は兵を率い葛西城へ援軍に向かうも、兵力差を目の当たりにし手を出せず、反対に追い散らされて所領へ逃げ帰っている。


俺の元にも石浜城を居城とする叔父の豊嶋泰明から出兵の催促が来ているが、正式に援軍要請が来ていない事を理由に援軍は出さず、入間川(下流部は隅田川)を越えようとしたら追い払えと命じた。

実際、豊嶋家が援軍を出して葛西城を救援したとしても得る物は何もなく、無駄な死傷者が出るだけだ。

葛西城城主の大石定重は関東管領家の宿老でもあるので、上杉顕定の勢力が衰えるだけで豊嶋家としては特に問題は無い。と言うか一旦、古河公方の家臣が一帯を支配した後でこちらから挑発して、豊嶋領へチョッカイを出したら攻め込んで葛西城とその一帯を手に入れた方が断然良い。

たとえその後で上杉顕定が返せと言って来ても、援軍要請もせずに戦い所領を奪われた者に返す道理はないと拒否が出来るしな。

そして何より静観する理由として、俺は今別件で忙しいといった理由もある。


忙しい理由…、うん、今、安房で勢力を伸ばしている里見家当主、里見義通を調略中なのだ!!

安房国は里見家が台頭してきてはいるが、まだ里見家に従わない国人衆も多くおり、史実ではこれから里見家が北条の援助を受けて安房を統一する。

だったら安房を統一する前に調略し味方にしたうえで、支援をする事で今のうちに里見家を傘下に収めておこうというのが狙いだ。


実際、里見家が安房を統一出来ない理由として上総の真里谷氏、正木氏、土岐氏が安房を手に入れようと国人衆を支援しており、いずれも古河公方こと足利成氏に従っている。

なので上総を攻め獲ったら、それは豊嶋家の所領となる。

豊嶋家が里見家を支援し安房国を治めさせる事で房総半島に橋頭堡を築き、上総へ進出する為の一歩だ。


まあ実の所を言うと、上総の内海側(東京湾側)を押さえておくことで、海上の安全を確保しておきたいというのが本音だったりする。

今の所は特に上総の海賊衆とトラブルは無いけど、それがいつまで続くのか保証が無いからね。


史実では里見水軍が後北条家の治める品川湊や六浦湊を頻繁に荒したってネット情報にあったから、万が一上総の海賊衆と敵対し、交易拠点が荒らされれば豊嶋家の収入が激減する恐れがある。それに何より豊嶋家の水軍を作るため上総や安房の海賊衆を傘下に加えたいんだよね。

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