褒美 2

「関東管領上杉顕定である。 面を上げよ」


平伏する4名に面を上げるよう声をかけ幸手原での大勝利を誉め、首を運んできた豊嶋、太田、成田家の3名を当主の代理として扱う事を宣言した後、褒美と感状を与える。

長尾景春が手柄を読み上げ、褒美として5000貫文と感状を与える旨を伝え、家臣が目録と感状を乗せた木箱をそれそれの前に置く。


3人とも平伏し謝辞を述べた後、その場を後にしたが、まさか関東管領直々の感状のみならず5000貫文という大金を褒美として与えられるとは思ってなかったようで、一様に驚いた表情を浮かべ、このことをいち早く主君へ伝えようと早馬を出した。

そして肝心の首と削いだ鼻については、首実検が行われなかった為、そのまま平井城に残し、3人はそれぞれの兵を率い帰途に就く。

後日それを知った顕定は「首実検をしないのに首や鼻など要らぬ! 暑さで城内に腐臭が広がるだろう!!」と激怒するのだが、首や鼻についての指示を出していなかった事を家臣に指摘され、数日不貞腐れていた。


残った道灌は別室に呼ばれ、上杉顕定、上杉定正、長尾景春と対面する。

「道灌、此度の働き見事である。 よって其方に武蔵の道場に2000貫の所領を与える。 古き城跡がある為そこに城を築き居城とせよ」

「ありがたき幸せ」


「うむ、其方に道場を与えたのには理由がある。 其方の父、道真と共に豊嶋を監視せよ! そして豊嶋を討伐する大義名分を作れ! 」

顕定の口からでた言葉に驚き顔を見るも、真面目な表情で道灌を見返している。


「道灌、豊嶋は其方がまだ我が扇谷上杉家の家宰であったとき江古田原沼袋にて勝利を収めたのち所領を奪った。 それだけでも許されざることにも関わらず、その後関東管領である上杉顕定様に臣従したふりをして欺き、我が扇谷上杉家に属する者の所領を奪う事に手を貸し、味方である者を川越で討ち取った。 これは許しがたき事ぞ!」

「おそれながら申し上げます。 それは上杉顕定様と景春殿が和議を結んだ際不問とするとの事では…」


「分かっておる!! 故に其方と道真に豊嶋を監視し、豊嶋討伐の為の大義名分を作れと申しておる!!」

道灌が顕定と景春が結んだ和議の条件を口にすると、顕定が声を張り上げ怒鳴った。


「恐れながら、何故そこまでして豊嶋を恨まれます。 景春殿が乱を起こした際、豊嶋のみならず多くの者が景春殿に味方しましたが、豊嶋だけを目の敵にする理由が分かりませぬ」

「豊嶋はワシに臣従すると言い、景春と通じ小賢しくもワシが不利となるように仕向けておった。 それだけで討伐するには十分だ。 道灌! 其方は所領を奪われたうえ出家させられ、隠居までさせられたのだぞ! 其方ほど豊嶋を恨んで居る者はおるまい」


「確かに隠居した当初は豊嶋を恨んでおりました、しかし豊嶋の、いや豊嶋宗泰殿の統治による我が旧領の発展を伝え聞き、そして此度共に轡を並べ戦かったことで宗泰殿の底知れぬ器に触れ、某は負けるべくして負けたのだと思いました。 勝敗は兵家の常と申しますゆえ今更恨みなどございませぬ」


「道灌!!! 我が扇谷上杉家の家宰であったにも関わらず腑抜けた事を!!」

道灌の言葉を聞き、元主君であった上杉定正が道灌に向かって怒鳴るが、道灌は静かに頭を下げ、その場を辞そうと立ち上がる。


「道灌殿、どちらに?」

「道場に所領を頂く事は出来ぬ故、辞させて頂きまする」


「道灌殿、なれば其方はこれから如何するつもりだ!」

「某は一度出家した身、岩槻に戻り再度寺に入るもよし、諸国を見て回る旅をするも良しと思っておりまする。 しからば御免」


そう言い残し、道灌が部屋から出ていく後ろ姿を見送る。顕定と定正は鬼のような形相で道灌の背を睨んでいる。


「景春! 道灌を討ち取れ!!」

「顕定様、何を申される! 道灌は此度の合戦で手柄を挙げた者、理由もなく討ち取れば、それこそ太田家と遺恨が残りますぞ」


「黙れ! 道灌には豊嶋を攻める為の口実を作れと言ってある。 生かしておけば豊嶋にそれを伝える恐れがあろう!! 故に口を塞ぐのだ! それに何も堂々と討ち取れなどと申しておらん。闇討ちでも騙し討ちでも何でもよいから殺せばいいのだ!!」

「景春殿が出来ぬのであれば扇谷上杉家の者に命じるまで。元は我が上杉家の家宰、主家が始末をつけるのも当然じゃ」


その後も景春が思いとどまるよう2人の説得を試みるも最早両者とも聞く耳を持たず上杉定正の家臣が平井城から岩槻に戻り寺に入ったのを見計らい道灌を襲う事になった。

景春としては太田道灌と言う男を殺すのではなく、関東管領家の為になるよう使いたかったが、顕定と定正が既に道灌の命を奪うと心に決め、それを翻意させるのは不可能と悟り、それ以上諫言する事を諦めた。


それでもその夜、道灌を殺すのは惜しいと、道灌に危険を知らせる為に密かに手の者を走らせた。

まだ間に合う。岩槻に戻っても暫くは道灌の家臣だった者などが多く訪れるはず。

刺客も訪ねて来る人が多いうちは手出しは出来まい。


再度出家するにしても、諸国を巡る旅に出るにしても、道灌は一廉者。知ってさえいればそう易々とは討たれまい。

手の者が道灌の元に向かった後、部屋で酒を飲みながら景春はため息をつく。


和議を結ばずあのまま関東管領家を関東から追い出しておけば良かったのではないか。

和議を結んだこと自体が誤りだったのではないかと…。

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