褒美 1

関東管領である上杉顕定、扇谷上杉家当主上杉定正は怒りを面に出しながら景春の言葉に耳を傾けていた。


「なれば其方の言う通り、此度は過大な褒美を与えろというのか!!」

「左様でございます。 顕定様より援軍を出すよう命じる使者が到着する前に出陣したので直接命は受けてませぬが、命に従ったという事にし古河公方である足利成氏の軍を大いに打ち破り、数千の首級を挙げたとして褒美を与えれば、国人衆は関東管領家は功に対し公正な褒美を与えると知り、今後同様に成氏が兵を差し向けてきた際、国人衆は喜んで顕定様の元に集まるようになりまする」


「それでは豊嶋を喜ばすだけであろう!! ワシを裏切っていた罪はどうする!!」

「最早水に流すほかありませぬ。 此度の合戦で豊嶋の武勇は上野、武蔵、相模のみならず関東全土に広まる事は間違いありませぬ。 その豊嶋を攻めるとなれば誰もが納得するだけの大義名分が無ければ、それこそ関東管領としての権威が失われます。 此度は堪えて大いに豊嶋を褒め称え過大な褒美を与え、その後討伐する大義名分を作るべきかと…。 それに豊嶋宗泰、江古田原沼袋の合戦で道灌殿の軍に雷鳴の如く大きな音の出る物を使ったと聞きましたが、その時は負けた道灌殿かその家臣が雷鳴を負けた言い訳にしていたと思っておりましたが、此度の合戦でそのような物が本当にある事が分かりもしました。 大義名分なく攻め込み、その轟音の出る物を使われ負けでもしたら古河の足利成氏を喜ばす事になり、関東管領家の権威は地に落ちまする」


「ではどれほどの褒美を与えればよいのだ! いや、それよりもその轟音の出る物とやらをワシに献上させるのが先だ!」

「恐れながら、豊嶋は轟音の出る物は献上しないかと。 江古田原沼袋の折は使用していましたが、川越の合戦の折には使用した様子はございませぬ。此度使用したのは相手が大軍であった為致し方なく使用したと思われまする。 となれば豊嶋の秘中の秘である物を献上するとは思えませぬ。 某も豊嶋の一門衆と誼を持っておりますが、一門衆からもそのような物があるという話は聞いたことがござりませぬ故、恐らく宗泰と一部の家臣、そして扱う者しか知らないかと…」


「では調べさせよ!! 成氏も此度の敗因となった轟音の出る物を躍起になって調べるであろう。万が一探っているのが露見しても成氏の手の者とすればよい」

「轟音の出る物につきましては早急に調べさせまする。 して豊嶋、太田、成田への褒美でございますが…」


「其方に任せる!!」

「では関東管領である上杉顕定様直々の感状、そして5000貫文を与えるという事でよろしゅうございますか?」


「ご、5000貫文だと!!」

「左様でございます。 併せて15000貫文で上野、武蔵、相模の国人衆が喜んで関東管領上杉顕定様に従うようになるのです。 安いものかと。 してもう1つ、道灌殿への褒美は如何されるおつもりでしょう?」


「道灌だと? 道灌にも過大な褒美を与えろと?」

「左様でございます。 そもそも隠居していた道灌を還俗させる為に豊嶋に武蔵守護代の地位を与え、道灌には手柄次第で所領を与えると聞いておりますが…」


「言った。だがそれはあの時だから言ったのだ! 今は状況が違うであろう! それに道灌は其方が乱を起こした時、使者として鉢形城へ向かい家宰とする承諾を得たと伝え、平井城に誘い出したところを自分の一存で謀殺すると言っておったのだぞ! その方もそのような者が褒美として土地を与えられても何とも思わぬのか!」

「その事は初めて聞きましたが、某が道灌殿と同じ立場であったなら同様の事を顕定様に進言したと思いまする。 故に何とも思いませぬ。 それよりも道灌殿への褒美も相応に与えねばなりますまい。 土地を与えられぬとなれば金しかございませぬが、それでは…」


「関東管領家の威信がと申すのであろう!! 道場(埼玉県さいたま市桜区道場)に確か古い城跡があったはずだ。道場一帯1000貫を与え道場城主とする。 これで良かろう」

「道場一帯で2000貫がよろしいかと。それと道灌殿は豊嶋に所領を奪われた身、豊嶋の監視と攻める為の大義名分を作らせるのが良いかと…」


「うむ。じゃが川越の合戦のおりは道真も豊嶋と共に軍を共にしておったではないか、豊嶋宗泰と太田道真が手を組んでいれば、こちらの事は筒抜けぞ!」

「それにつきましては問題ないかと思われまする。 道真殿は家督を道灌殿の譲ったとはいえ元扇谷上杉家の家宰であり、主家への忠誠はゆるぎないかと。それに宗泰よりの書状には道真殿に悟られぬようとありましたので、手を組むことはございますまい」


「では道灌と道真に豊嶋を監視させ、攻める為の大義名分を作らせよ!」

景春は話が終ったので褒美の手配を行うために席を立ち場を後にする。

勝ち過ぎた豊嶋、大田、成田家に毒づきたい気持ちと己の感情で物事を決めようとする上杉顕定、景春からすれば豊嶋家は姻戚であり乱の際も味方し道灌を破り、関東管領方の力を削ぎ景春方を有利な状況にしたという恩義もあるという複雑な気分だった。


翌日、景春が主殿に向かい挨拶をしようとすると、それを制し慌てた様子で顕定が口を開く。


「景春! 豊嶋、太田、成田の者が800の兵を率いこちらに向かっておる! 奴らは何を考えておるのだ!」

「某もここに来るまでの間に噂を耳に致しましたが、どうやら討ち取った者の首と鼻を持って向かってきているとの事。首などを積んだ荷車には首の数、鼻の数を記した高札を立て、道行く者に合戦での大勝利と首や鼻の数などを触れ回っているとの事にございます」


「忌々しい。首や鼻など持って来るとは…。 そこまでして手柄をひけらかしたいのか!」

「恐らく此度の合戦で褒美をもらえない可能性に気が付き運んで来たのか…。いや恐らく純粋に大勝した戦果の報告と思われます。 丁度良い機会ですので運んできた者を当主の代理としてお会いになり、褒美を与えてしまえばよろしいかと」


景春の言葉にうなずき、顕定は側近を呼び支度を命じるが、その顔は不機嫌そうで出来るなら使者にも会いたくないといった感じだった。

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