開戦前夜

「公方様、物見の者が戻り、向かって来ている軍がどこの軍勢かがわかりました」

「成助、報告を聞こう、どこの軍勢だ?」


「はっ、久喜にて留まっている軍は豊嶋、太田、成田の軍勢、併せて9000程との事、なにやらここらで木を切っているとの報告がありましたが物見に出た者の多くが戻らず何をしてるのかは不明です」

「物見が戻らぬか…、大方手柄を挙げようと深入りし見つかったのであろう、それにしてもたかが9000で20000の兵を率いる余に向かって来るとは、武蔵の者は余程身の程をしらぬらしい」


関宿城(千葉県野田市見宿町)城主である簗田成助の報告を受け古河公方こと足利成氏は注がれた酒を口に運びながら集まっている諸将に今後の意見を求める。

軍議に集まっている諸将は手始めに援軍として来た9000の兵を血祭りにあげ、その上で栗原城を総攻めで落とそうと言う者、先に栗原城を総攻めし落とした後、援軍を追い払うと言う者、栗原城へ使者を送り太田道灌を家臣とすべきと言う者がおりそれぞれが互いに意見を言い合い場がざわつく。


「道灌は余の家臣とはなるまい。 仮にも元扇谷上杉家の家宰、それが家宰の座を降ろされたからと言っても余に従うとは思えぬ」

「以前ならそうでございましたが今の道灌は所領も無い根無し草、その上我らに攻められても関東管領からの援軍も無く、来たのは道灌の一族と一部の国人のみ、見捨てられたと思えば降伏し臣下の礼を取るかと…。 道灌は武蔵、相模の国人衆に顔が効きますゆえ家臣とすれば武蔵を手に入れるのも容易いかと」


「だとしたら余の力を見せつけてやらねばならぬな! 岩松成兼に3000の兵を預け栗原城の抑えとし、余自ら兵を率い身の程も知らず援軍に来た兵を蹴散らすぞ!!」

「「「ははっ!!!」」」


軍議の席に集まった諸将が成氏の号令を聞き一斉に頭を下げる。

それを満足そうに見て頷いた成氏の元に物見に出ていた者が戻り報告をする。

「皆の者、どうやら奴らは2日後に向こうからやって来るそうだ! なれば我らはここに陣を敷き待ち構え幸手までノコノコやって来たところを一気に殲滅するぞ!」


こちらから兵を進めようとしていたところ向こうからやって来るとの報告に飛んで火にいる夏の虫と言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべた成氏は諸将へ兵の配置を指示しだした。


幸手に陣を敷く古河公方こと足利成氏が軍議を開き、迎え撃つ算段を付けている頃、豊嶋、太田、成田連合軍は木を切り出し拒馬(木で作ったバリケードのような物)と呼ばれる移動可能な障害物の作成に勤しんでいる。

20000の兵が一斉に攻めかかって来たら流石に防ぎきれない為、今作っている拒馬を前面に配置し敵軍の動きを分散させて抑制する為だ。


「婿殿、明日には100程完成するがこれで本当に成氏の軍を防げるのか?」

「正等殿、敵は大軍故に細かな動きが難しいと思われます。 これを上手く配置し敵の動きに流れを作る事で足が鈍れば良いので問題はございません。 敵が川の流れだとすれば拒馬は石と思ってくだされ」

「婿殿の言わんとしてる事が何となくわかったぞ、障害物が無ければ敵は真っ直ぐ向かって来るが、この拒馬を上手く配置すれば避けて進む為に兵が拒馬と拒馬の間で密集し動きが鈍るという事か!」

完全に俺の事を婿殿と呼び出した成田正等に拒馬配置を書いた絵図面を見せ説明をする。

成田正等だけでなく太田資常、道真、資忠親子も絵図面を見ながら納得したかのような顔をしている。


実際の所、拒馬じゃなくても良かったんだが障害物として直ぐに作れそうだったのと持ち運びが可能という事で今回は拒馬にしただけで、向こうからやって来てくれるなら馬防柵を作るつもりだった。

後は輸送手段だが、近隣から荷車を徴収し、それでも足りない分は兵糧などを運んで来た荷車を使用し輸送する。


風魔衆が現在成氏の動向を探っているが20000人の兵が動くとなれば即座に報告が来るはずでその報告が来ていないという事はこちらを少数と侮っていると思える。

風魔衆より物見が複数放たれているとの事だったので、深入りした者は始末し、深入りしていない者も適当に始末し一部の物見のみ生かして返すように指示をだしてある。

完全に情報を遮断すると怪しまれるが核心を付く情報以外の断片的な情報なら問題は無いし、むしろ都合が良い。

実際に風魔衆が付近の農民に化けて、物見に接触し金を貰い兵士の話では2日後に進軍する予定と言っていたと伝えているし。


翌日の夜、風間元重を大将とし大泉虎吉、多々良一鉄、大関力正率いる鉄砲隊、大鉄砲隊、合計350人、そして馬場勇馬、羽馬一馬率いる騎馬隊500人、菊池武義率いる足軽隊500人、合計で1350人の奇襲部隊が密かに出発し、俺が率いる豊嶋軍が完成した拒馬の輸送を開始する。

当然のごとく風魔衆が周囲を見張り怪しい者は敵味方関係なく始末するようになっている。

味方の中にも間者が紛れ込んでいる可能性もあるので全てを秘密裏に行うには必要な処置だ。


翌朝、風魔衆から8人程始末したとの報告があったが間者なのか物音に気付き様子を見に来た農民なのかは不明との事だった。

朝になり太田軍、成田軍が幸手に進軍してきたので全兵士を動員し拒馬の設置を急ぎ行う。

この頃になると流石に明るくなってからの行動の為、成氏軍の目に留まり様子を伺い、報告の為か去っていく騎馬が数騎いたが、2時間ぐらいしたら前方から成氏軍が進軍してきた。


報告によると栗原城には3000人の兵が抑えとして残っているとの事なので向かって来る兵は約17000人、こちらは別動隊を出している為、約7650人、まともにぶつかれば鎧袖一触で蹴散らされてもおかしくないが設置した拒馬がある為、全軍で攻めかかって来ても障害物に邪魔され動きが鈍るはずだ。


さて、挑発部隊を出さなくても良いらしい。

成氏軍は既に攻めかかって来る気満々みたいだし。


まあ相手が少なく確実に勝てるであろう合戦だから手柄を挙げようと遠目にも兵達がいきり立っている。

そう思っていると、太鼓の音と共にホラ貝の音が響き渡り成氏軍が前進を開始した。


それにしても俺って初陣からほぼ全て相手より少ない兵で合戦に臨んでるような気が…。

出来れば大軍を率いて余裕を持った戦いがしたいんだけどな…。

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