幸手原の合戦 1

栗原城に籠城する太田道灌は何度も目を通した書状を前に悩んでいた。


書状には作戦のあらましと父である太田道真、弟の資忠、資常、成田正等、豊嶋宗泰の順に名が記されている。

2日前、夜陰に紛れ完全に城を囲む兵など居なかったかのように城へ忍び込み、堂々と豊嶋の手の者と名乗ったうえで道灌にこの書状を渡し、おおまかな作戦のあらまし、そして江古田原沼袋で道灌軍を打ち破った大きな音の鳴る者を使うことを伝えられた。

その者は要件を伝え終わると再度夜陰に紛れて去って行ったが書状を読んだ道灌自身は未だに悩んでいた。


確かに籠城を続けていても関東管領上杉顕定からの援軍が来る保証は無い。

それどころか援軍を出す支度をしていないと書状に書かれている。

兵糧も刈入れ前で後1月持つかどうかで長期の籠城は不可能であり、かといって打って出て行っても包囲を脱する事も難しく総攻めをされればそれこそ持ち堪えられるとは思えない。

いっその事、古河公方こと足利成氏に降伏し旧領復帰を条件に家臣となる事も考えたが伝え聞く限り既に武蔵の旧領、それも豊嶋家の所領となった場所は自身が治めていた時より豊かになり豊嶋家の領地になって良かったと言う者も多いと聞く。

農民達は今の豊かさを守る為に抵抗するのではないか? そんな状態の旧領を取り返したとして治められるのか? 

だが上杉顕定が援軍を出そうともしていないと聞くと自分は何の為に籠城しているのかと疑問をおぼえる。


確かに江古田原沼袋に轟いた雷鳴のような轟音、そして兵達が血反吐を吐き倒れる様を思い出すと城の抑えとして大手門の前に陣取る3000人程の兵など蹴散らす事も可能だと思う。

だがその後だ、目の前の3000人を蹴散らした後、成氏軍の後方を攻めるとなると話は変わって来る。

成氏が率いる兵は17000人程、いくら後方から攻めかかったとしてもたかだか3000人の手勢で戦局が変わるのか? いや確かに変わる可能性が高い、だがその前に援軍に来た太田、成田、豊嶋軍が敗れたら?


兵達には出陣の支度をさせいつでも城を打って出れるが打って出た後、上野へ兵を引き上げた方が良いのではないか?

そうなれば太田、成田、豊嶋軍は確実に敗れる。

最悪の場合、父である太田道真、弟の資忠、資常、成田正等、豊嶋宗泰の命にも関わって来る。

そう考えるとこの合戦のカギを握っているのが自分であるという重圧を感じる。


「ふっ、合戦の帰趨を握る重圧など今まで何度もあった、負け戦も勝ち戦も経験した、にもかかわらずワシは何を躊躇っている? 歳を取って…、いや江古田原沼袋で負けて気が弱くなったか…、父上にいつまで経っても叱られる理由(わけ)じゃ…」

手に持った書状を握りしめ、大手門の前に集まる兵達の元へ向かう。


「打って出る支度をせよ!! 合図は雷鳴のような轟音ぞ!! 轟音が轟いたら一気に目の前の敵を討ち破り成氏軍の後方から攻めかかり成氏の首を獲るぞ!! 目の前の敵の首は討ち捨てろ、狙うは成氏の首だ!! 成氏の首を獲れば褒美は思うがままぞ!!!」

道灌の檄に大軍に囲まれ打って出る事も、逃げる事出来ず、不安を抱いていた兵達が一気に沸き上がる。

なぜなら昨日までと違い目の前の敵は籠城する兵と同数の3000人程、轟音が何かは分からぬまでも同数ならまともな戦いが出来る。

兵達はこの籠城が終わる事、そして今まで道灌に付き従って上野、武蔵国と転戦し勝ち続けている事で道灌に従えば勝てると誰もが思い、道灌の檄にこたえるように鬨の声をあげる。


栗原城から聞こえる鬨の声を聞き、城の抑えとして3000人の兵を任された岩松成兼はこの機に乗じて城から打って出て来る気だと悟り、大手門から出て来た兵に矢の雨を降らせ勢いを殺したところで一気に押し込み道灌の首を獲ろうと兵を大手門に集中させる。

まさか間近に伏兵が迫っているとも知らずに…。


道灌が腹を括り、討って出る機会を伺っている頃、足利成氏率いる17000人の兵が豊嶋、太田、成田連合軍に攻めかかろうと前進を開始していた。

成氏は豊嶋、太田、成田軍の前に意味不明な配置で置かれた拒馬が少し気になったものの拒馬の所には少数の弓兵が居るだけで、ほぼ密集した状態で豊嶋軍を中心に右に成田軍、左に太田軍が陣取っているのを見て総攻めを命じる。

敵が多かったり、何か狙っているような陣を組んで居れば家臣の誰かが諫めたかもしれないが、目の前に意味不明な配置で置かれた拒馬と少数の弓兵しか居ない為、誰もが既に勝利を疑いもせず成氏の命で喊声を挙げながら一斉に攻めかかる。

味方は17000人、敵は見るからに7~8000人、確実に勝てる戦いであるのだから、急いで敵陣へ突入し手柄を挙げなければ他の者に手柄を奪われてしまい褒美が貰えなくなるので必死で手柄を立てようと敵陣へ向かい駆け出す。


成氏とその護衛を除き約15000人程の兵がほぼ一斉に前進を開始し拒馬へと到達する。

拒馬に居た弓兵は矢を数発放つと後ろに下がっていくがその弓兵を追おうとして拒馬を避けて進もうとすると味方の兵とぶつかり動きが鈍る。

そこへ後ろに下がった弓兵が後方の拒馬から矢を放ち、兵が近づけば後方へ下がるといった状態となり、勢いよく飛び出した成氏軍の動きが鈍くなるもなんとか拒馬が配置されている場所の中間ぐらいまで兵が到達する。

「今だ! 綱を引け!!!」


俺の命令で待機していた足軽の足元にある太い綱を引き、木に数回撒きつけた後結ぶ。

拒馬と拒馬の間に杭を打ち綱を通していたのだ。

足軽が綱を引き木に結び付けた事で綱が張り人の膝程の高さに綱が出現する。

先頭を走っていた騎馬や足軽は突然張られた綱を慌てて飛び越えるも、後続は綱に気付かず足に引っ掛かり転倒する。

そこに後ろから押されるように進んで来た兵も加わり張られた綱の周辺では兵達が将棋倒しとなり阿鼻叫喚となっている。

運よく綱を飛び越えた者も後続が将棋倒しとなった状況をみて足が止まっている。

将棋倒しとなり拒馬の間を通り抜けられない兵が拒馬を押し倒そうとするが、拒馬はアルファベットの【x】の形となっており、転がりはするものの倒れる事は無く、数回転がった事で空いた隙間を通り抜け兵達が前進をする。 


だがそもそも成氏軍の編成、というよりもこの時代は兵の編成と言う概念に乏しく、旗頭として複数の国人衆を纏める者はいるものの合戦となれば各国人衆が独立して指揮を執る為、拒馬を避けて進むのも国人衆が率いる兵単位となり、進めば進むほど部隊単位でバラバラとなり旗頭からの指示が届きにくくなっていく。


「敵の足が綱で鈍り出した、鏑矢の一斉射を行え!! 別動隊への合図だ!!!」

配置した拒馬の半分ぐらいまで成氏軍が到達したのを見て側に控えて居た兵に命じ鏑矢を放たせる。

30本の鏑矢が一斉に放たれ大きな音を立てて飛んで行き上空で爆発する。

実は鏑矢に爆竹を巻き付けていたのだ。

単発だから見た目はダイナマイトのようだが、厚紙に火薬を詰めて矢に結び付ける、そして導火線に火を付けたら空に放てば上空で爆発し合図となる。

今回は持って来てないが竹を使用し中に小石と火薬を詰め、矢を通した物も作っている。

試作は完成したが数が揃わなかったので今回は持って来なかったが、試作でも持って来て使えば良かったと若干後悔した。


成氏軍の兵は一瞬、上空で響いた轟音に足が止まり何事かと空を見上げるも、すぐに将の檄で拒馬を避けて前進して来ているが、先頭集団は既に細く伸び出している。

「長柄用意!! 本陣前の拒馬と拒馬の隙間を埋めるように3列に並び敵を近づけるな!! 弓隊は長柄の後ろから矢の雨を降らせよ! 騎馬隊は馬から降り、長柄にて拒馬に取り付いた敵を袋叩きにせよ!!」


当然のごとく成氏軍の先頭を走る集団は拒馬と拒馬の間に居る兵たちに向かって突撃をして来るが、そこで待ち構えていた長柄を持った足軽隊の攻撃に阻まれる。

長柄を持った足軽隊の1列目が長柄を振り下ろせば2列目が振り上げる。

2列目が長柄を振り下ろせば1列目が長柄を振り上げる。

1列目、2列目が足並みを揃えて交互に長柄を振り下ろす事で成氏軍の兵たちは近づく事も出来ず長柄の届かない距離を保って刀で長柄を叩き落そうと、槍を絡めようとしているが腰が引けていて上下する長柄を止められずにいる。


一部の兵が拒馬に取り付き乗り越えようとするもそこに馬から降り、手に長柄を持った騎馬兵が待ち構えており、足軽隊同様に足並みを揃え1列目、2列目と長柄を交互に振り下ろし乗り越えようとした足軽、雑兵、武者の頭や肩を強打し乗り越えさせない。

更に拒馬を倒そうにも長柄が振り下ろされ、拒馬の隙間を縫って槍が突き出され近づく事が出来ずにいる。


時間が経つにつれ徐々に押し寄せる敵兵が多くなるも完全に統制の取れた長柄の振り下ろしで先に進むことも出来ず、かと言って後方から来た味方によって下がる事も、方向転換することも出来ず後方から押し出されるような形で長柄の餌食となっていく兵が増え始める。


更に長柄の後方から矢の雨、スリングによる投石が降りかかる事で身動きがとりにくくなった兵たちを着実に負傷させその戦闘能力を削っていく。


最初から拒馬が配置している場所を迂回して向かってくる部隊も居たが、左右に陣取る成田軍、太田軍による矢の雨、スリングによる投石で足が止まり乱戦へと持ち込めずに楯で飛んでくる矢や石を防ぎながら様子を伺っているといった感じだ。


実は今回の合戦に際し、というよりも豊嶋軍の専業兵士全員がスリングを携帯してるんだよね…。

簡単に量産できて石はどこでも手に入るものだし、スリングはかさばらないので基本的に標準装備となっいる。

それを太田、成田軍に貸し出したんだけど、どうせ遅かれ早かれ広まる事が予測できるので今回500個ずつ貸し出した。


石を投げるなど子供の喧嘩か? と思うかもしれないが飛んできた大人の拳程の大きさの石が当たると痛いでは済まない。

しかもそれがスリングにより勢いを付けられて飛んでくるとなれば、頭部に当たれば頭蓋骨が陥没する程の威力ともなり、たとえ兜を被っていても衝撃で脳震盪を起こすぐらいの脅威となるほどの凶器となる。

太田、成田軍には500人の兵を100人単位で5組作り組ごと順番で一斉に放つ事で、絶え間なく敵に石の雨を降らせるようにと伝えてある。

個々に投げるより一斉に投げた方が効果があるし、最初の組が投げ終わり次の組が投げる間に準備をし自分の組が投げる順番を待ち、順番が来たら投げる。

1組につき100個の石とはいえ向かって来る敵には絶え間なく降り注ぐ石は驚異のはずだ。


因みにさっき、馬に跨り指示を出していた将らしき人が顔面に投石をもろにくらい、馬から落馬し兵達に引きずられるようにして後方へ下がっていったし…。

あれ絶対に痛いじゃすまない気がする。


正面からの敵は豊島軍が長柄と弓、投石で堰き止め、左右を迂回してきた敵を太田、成田軍が防ぐ。


圧倒的な兵数で攻め込まれているけど何とか均衡が保ててる。

うん、このまま耐えれば大丈夫なはずだ。

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