太田道灌と山吹の花

川越城の一室で俺と照に彩、そして太田道真が博多のお土産として人気の傑作饅頭を食べながら雑談に花を咲かせている。


内容としては照が子供の頃の話、豊嶋家に嫁いでからの話を彩に聞かせ、彩の子供の頃の話などを聞くと言った感じだ。

因みに俺の子供の頃の話は、昼間は殆ど外出し、帰ってきたと思ったら初めて食べる美味しい食べ物を作る不思議な子供だった、と言うだけで終わってしまった。

うん、日中は殆ど大泉の所領に行って何かしらしてたし、大泉から帰って来て思い付きで食べたい物を作ってただけなんだが、話題になる話しが食べ物作りだけって少しショックだ。


そんな和気藹々とした雑談をしていると、ふと前々からネットで出て来る太田道灌にまつわるエピソードが頭によぎったので道真に聞いてみた。

道灌の話題を出した時、照は顔を顰めあからさまに嫌そうな態度を示していたが…。


道灌にまつわるエピソード…。

それは道灌が若かりし頃、生越(埼玉県入間郡越生町)に鷹狩をしに行った際、屋敷を出た際には晴天だったにも関わらず、昼を回った頃、急な雷雨に見舞われた。

雨宿りをしようにも村から少し離れた場所で農家で雨宿りをすることも出来ず、木陰で雨風を凌いでいたところ、近くにあばら家が見えた。

若干雨風が弱まったのを見計らい、道灌とその従者があばら家に行き、中に入ると、そこには若い娘が1人、雨漏りのする家の中で縫物をしていた。


道灌が娘に対し、雨が降り出したので蓑を貸すよう頼み、蓑の礼に鷹狩の獲物を与えると伝えたところ、縫物をしていた娘が無言で立ち上がり、部屋の隅に活けてあった一枝の山吹を静かに差し出した。


蓑を貸せと言ったにもかかわらず、山吹の枝を差し出された道灌は怒って刀に手をやり娘を睨みつけるが娘は動じる様子もなくただ悲しそうな顔をしていた。


道灌は娘を無礼討ちにしようとしたものの、生越は太田家の所領では無いうえ、蓑ごときで人を殺めれば父であり扇谷上杉家の家宰でもある道真の名に関わると思い、憮然とした表情を浮かべながらあばら家を後にし、ずぶ濡れになりながら風雨のなか屋敷への帰路に付いた。


屋敷に帰る途中、雨は止んだものの衣服は雨に濡れ肌に纏わりつく気持ち悪さと娘が取った行動に怒りを覚えていた道灌だったが、鷹狩に付いてきていた家臣が急に 「そういう事か!!!」 何かに気付き道灌に娘がとった行動の真意を伝えた。


娘は蓑を貸したくなかった訳でも、ましてや道灌を怒らせたい訳でも無く、家に蓑がないので貸したくても貸せない悲しさを『七重八重花は咲けども山吹の 実の一つだになきぞかなしき』という古歌になぞらえ山吹の枝を差し出したのだと。


道灌は家臣の話を聞き、よくよく考えてみればあばら家の中は家財も少なく傷みが激しく雨漏りをするほどであり、見るからに貧しい家だった事を思い出し、怒っただけでなく、刀に手をかけ無礼討ちにしようとした自分を恥じ、その後、書物を読み漁り、文武に秀でた武将になった。

という話だ。


「ふむ、宗泰殿はその話を信じるか?」

「俄かには信じられませぬ、そもそも農民だけでなく武士でも文字の読み書が出来ぬ者が多いのに、あばら家に住んでいた娘が古歌を知っている事、そしてそれになぞらえ一枝の山吹を差し出し蓑が無く貸せない事になぞらえたとは考えられませぬ故」


「そうか…、確かにそうだ! では、あばら家ではなく、古びた武家屋敷であったならどうじゃ?」

「古びた武家屋敷でございますか? その娘が没落した名家の者であれば多少なりと真実味がありますが…、流石に没落した名家の屋敷なら蓑の1つや2つはあるかと、雨が降るのを知っていて家族が蓑を持って外出していたなら納得出来ますが…」


「雨が降るのを知っていて家族が蓑を持って外出していたか…。 そうなると…」

「爺様、何を考えておられるので?」


考え込んだ道真に不思議そうな表情を浮かべた照が声をかけるが、真剣に考えこんでいる道真の耳には届かなかったようだ。


道真は暫くの間、1人でブツブツと言いながら考え込んでいたが、諦めたように顔を上げた。

「今更考え込んでも致し方ない!! 道灌は既に隠居し出家しているのだからな」


明らかに開き直った表情を浮かべる道真、そして何がなんだか分からず不思議な顔をする照と彩…。

「道真殿、まさかとは思いますが、この話を作り広めたのは…」

「ワシじゃ!!! 文武に励んだ優れた武将で、関東の諸将は草木が風になびくように彼に従ったと吹聴されたワシの息子が文武に優れた武将であることを広める為にワシが流した! もっとも手討ちにしようとか、怒ったとかは無く、一枝の山吹を受け取りすべてを察し、獲物を渡し、後日家臣に命じ蓑を3つ届け差したと言う話でな、武だけでなく文にも優れ慈愛がある者と伝わるようにしたのだが、いつの間にやら変わってしもうたのだ!」


「あ~、多分美談で終わるのを良しとしない人が、または噂として広まる内に内容が変わったと…」

「そうじゃな、流石に噂として流す以上、紙にあらましを書いて広める事も出来まい。 まあ悪い方には行かず、娘の真意を読めず、それを恥だ道灌が学問に励み文武に秀でた武将となったという話になったので良いのだが、流石に宗泰殿の言う通り、あばら家の娘は無理があるか…」


うん、どうやら太田道灌の山吹伝説の出所は道真の爺さんだったらしい。

確かに後継者となる嫡男に箔をつけるにはそれなりのエピソードを作り噂として流す事で、聞いたものが道真の嫡男は親同様に文武に優れた人物だと思うだろうから方法としては間違っていない。


でもやっぱりあばら家に住む貧しい娘が古歌になぞらえたのは流石に怪しすぎでしょ…。

それでも信じる人が居るんだから人の噂って怖いし、情報操作には有効な手段だな。


ていうか目の前の道真は既に太田家の当主となった太田資常にまつわるエピソードを考え始めてるし…。


俺は手伝わんよ!!

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