請われて行き喧嘩売られる

専業兵士の編成が完了し2月になった頃、なぜか三浦半島とその一帯を領する三浦家の前当主である三浦時高から俺宛に書状が来た。

時高からの書状には父の泰経からの書状も添えられており、時高からの書状を読んでみたらどうやら俺に三浦家に農業改革の指導をしに来て欲しいとの内容だった。

そして父である泰経からの書状は時高から要請を受けた為、農業改革の指導をしに行くようにとの事が書が書かれていた。


何故こんな事になったのか…。

三浦時高は、扇谷上杉家から高救を婿養子として迎え入れ確か10年程前には家督を譲っているはずだ。

恐らくまだ実権を握ってはいるんだろうけど、何故俺が三浦家を豊かにする必要がある?

三浦家はそもそも扇谷上杉家に近く、太田道灌とも良好な関係を築いているはずだ。

婚姻関係を結んだとは言え、義祖父となった道真は別として道灌とはある意味冷戦状態でこれと言った親交も無い。

いやそれどころか照に一度も会いに来たことは無いし、風魔衆によればまだ江戸湊の権利を手に入れようと目論んでいるとの事だから、ある意味俺からしたら敵でしかない。

そんな敵というべき道灌と良好な関係を築いている三浦家を豊かにすることは、豊嶋家の首を絞める事になるだけなのに何故父は許可したのか?


理由は書状の後半に書いてあった。

要は、時高の褒め殺し作戦にまんまとはまり、豊嶋家次期当主である嫡男の能力を見せつけ自慢したくなったらしい。

まあ気持ちは分らんでもないが父よ、三浦家とはいくら面と向かって敵対してない処か海運などの関係で親交があるからといっても、扇谷上杉家や道灌に近い三浦家を豊かにする手伝いをするのはどうかと思うぞ。

豊嶋家には全くメリットが無いどころかデメリットの方が多い気がするし。


だが史実だと道灌の死後、当主である高救とその子を追放し、年老いて授かった実子の太郎を当主にしようとするぐらいだし、歳は俺と同い年で8歳らしいが太郎が元服したら実子を当主にしたいと言う親心が生まれているのかもしれない。

だとしたら時高の要請に応じて農業改革指導をし、三浦家が発展すればその功績を時高、太郎のものとして影響力を強くする事が出来るはずだから時高に恩を売る事が出来る。

恩を売っておけばいざという時に味方してくれるかもしれないし。

しかも時高の娘、彩姫は今年9歳となり秋には小田原城城主、大森実頼の嫡男である大森定頼に嫁ぐ事になっているらしいので、他に年頃の娘はいない時高に、嫁を押し付けられる事も無い。

言うなれば駆け引きは農業改革指導をどの程度までするか、俺の領地で使っている農機具を何処まで融通するかといったところだろう。


ここで拒否し父の不興を買うのも後々面倒だし、農業改革指導を何処までするかはさておき三浦時高、太郎親子に会って人柄などを知っておくのも悪くないので最近内政面で頭角を現してきた家臣の森山秀定に任せ、補佐をするよう風間元重に指示をだし、俺は守役である原田時守を伴って三浦家の居城である三崎城へ向かった。

白子川を下り、江戸湊から船で六浦湊へ、その後、迎えに来た三浦家の家臣に案内されて三崎城まで来たが、三浦郡に入ると田畑はあるもののそこそこ大きな河川が少なく耕作面積が少ない感じがした。

三浦郡は貫高的には少ないが三浦家は、鎌倉郡に加え多摩川流域までを領有し六浦湊も支配下においているのであまり三浦郡の開発に力を入れていないのかもしれないな。


そして三崎城に着くと、主殿にて俺を呼び出した三浦時高に加え実子の太郎、婿養子で現当主の三浦高救に嫡男の義同と面会した。


「豊嶋家当主、豊嶋泰経の嫡男、虎千代と申します。 この度は某の稚拙な発想ではございますが農業改革のお手伝いに参りました。 若輩者ではございますがよろしくお願い申し上げます」

請われて来たんだから俺が上座でお前達が下座で頭を下げろよ!! と言いたい所ではあるが俺は元服前で身分的には豊嶋家の嫡男とはいえここに居る三浦家の面々よりは低い為、先に挨拶をし平伏する。


「当主の三浦高救だ、豊嶋虎千代面を上げよ」

凄く歓迎していない感じの憮然とした声で、明らかにこんな童に何が出来ると言わんばかりの顔をしている。

せめて殿ぐらい付けろよ! なに偉そうに呼び捨てにしてんだコイツ!!


「して虎千代、其方が所領を発展させた農業改革とやら、この場で申してみよ! もし理に適うのであれば褒めて遣わす!」

「恐れながら農業改革と申しても、その土地に見合った方法を取らなければ意味がありません、某は三浦家の土地を全く知りませんのでお答え致しかねます」


「ふん、豊嶋家では神童と呼ばれているようだが所詮は齢8つの童か、所詮は豊嶋家の誰かが実務を行い其方の手柄として吹聴していただけか…」

「左様に思われるのでしたら、これで失礼させて頂きます。 某は請われて来た身でありますれば、そのような申し様をされてまでここに留まる理由はございませんので」


そう言い、立ち上がると踵を返し広間を出ようとした所で今まで黙っていた時高が待ったをかけて来た。

「虎千代殿、待たれよ。 せっかく相模まで来たのだから土地を見てその土地に見合った農業改革をご教授頂きたい」 

「恐れながら、農業改革により収穫高があがればそれだけ多くの兵を集める事が出来、三浦家のお力も強まるでしょうが我が豊嶋家には何の利もございません。 それを承知でこの度は時高様より書状にて請われ参りましたがご当主殿の物言い、非礼にも程があります。 故に帰らせて頂きます」


「帰りたければ帰ればよかろう! どうせ口先だけで何も出来ぬのであろう、恥をかく前に童は石神井に帰り母の乳でも吸っていおれ!!」

「やめよ高救!!!! 無礼であろう!! ワシが請うて呼んだ客人ぞ! いかに当主と言えど弁えよ!!!」


「義父上!! 当主は某にございます! 如何に義父上が請われたと言えど、このような神童などと吹聴されてはいるものの何も出来ぬ童など無用! それに他者の力を借りずとも三浦家は安泰でございます!!」

「安泰とは何をもって安泰と申すのじゃ! 所領を広げるだけでなく所領を富ましてこその安泰であろう! もうよい!! 虎千代殿の持て成しはワシと太郎がする。 当主であればこそこの度は虎千代殿と誼を通じる場をと思い其方を呼んだのが間違いであったわ!! 虎千代殿、申し訳ない。 別室にご案内させて頂きますのでそこで茶でも飲みながら話を聞かせてくだされ」


娘婿の高救には鬼の形相で、俺には人の良さげな顔つきでそう言うと、時高は実子の太郎を連れて俺を別室に案内する。


これはなかなか良い光景を見れた。

時高と高救の仲は決して良好とは言えない、いや恐らく家臣も時高派と高救派に割れていると思う。

見た感じ娘婿である高救に焦りが見えるし、恐らく家督を継いでから10年近く経つのに三浦家の実権を完全に握れていないうえ、義父である時高に男児が生まれその子供が元服すれば当主の座を奪われるのではないかと恐れてはいるものの、時高の影響力が強い為、何も出来ずにいる感じだろう。


高救とは仲良くなるつもりはないが、時高、太郎親子とは親密になって損はないな。

とりあえず、農業改革を実施し収穫高をあげてやろう。

そうすれば高救の面目は丸つぶれだし、高救派の家臣も時高派に鞍替えし時高の影響力が更に強まるのは良い事だ。


ただどの程度教えるかの匙加減が難しいな…。

ガッツリ教えると敵対した時厄介だし。

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