三浦家の農業改革

「この度は誠に申し訳ない」

「頭をお上げください、隠居されているとは言え三浦家の元当主だった時高様がそのように頭を下げられたら某が困ります」


別室に案内され、座った直後、三浦時高と実子の太郎が頭を下げて謝罪をして来た。

まさか婿養子で当主の高救があんな態度を取るとは思ってもみなかったんだろうけど、あれは明らかに喧嘩を売っていた。

恐らく、あの場所で農業改革の方法を口頭で伝えても同様の態度を取り、俺が怒って帰った後に一応試してみて成功すれば指示を出した自分の手柄として周りに吹聴し、成功しなければ義父が童の戯言を聞く為に呼んだ、呆けてきている、などと吹聴するつもりだったんだろう。

豊嶋家との関係に関しては道灌に近い家だけあって険悪になっても問題ないってとこだろうし。


「差し出がましい事ですが、いつもあのような感じなんですか? あれでは家臣や三浦家に従う者からも不興を買いお家が纏まらなくなりそうですが…」

「いや、恐らくワシが虎千代殿を呼んだ事が気に入らず、もし虎千代殿に農業改革を教えて貰い三浦領が発展すればワシの影響力が強くなると危惧してあのような態度を取ったのであろう。 だがワシの所に不満の声が来ているのも事実、ここ数年、当主として臣下を公平に扱わぬので困っておる。 いや、申し訳ない、虎千代殿にこのような愚痴を」


「いえ、構いません、時高様のご心労お察し申し上げます。 童の戯言ですが、高救様は恐らく太郎殿に当主の座を奪われないか怯えているのでは?」

「左様、小さき男よ、あの者は扇谷上杉家の前当主上杉持朝殿のご子息であり我が娘を娶り嫡男も居る以上そのような事はないのだがな…」


「しかしそのように当主の座に固執しているとなれば、時高様に万が一の事があれば目の上のたん瘤である太郎殿を害す事もありえます、太郎殿を担いでお家が割れるならその前にと高救殿なら考えるのでは?」

「確かに、ワシもそれは心配しておる、親馬鹿と思われるかもしれぬが太郎は高救やその子義同よりも聡く文武に優れておる。 ワシが死ねば真っ先に太郎を害するであろう。 それが心配じゃ」


う~ん、相手が童という事で普通なら絶対に話さないであろうお家の事情を普通に話してくれる。

初対面なのに気を許したからか? それとも実子の太郎と同い年だからか?

いざという時に豊嶋家に援軍を要請する為の布石とも考えられなくはないが、太郎の為になるなら多少のお家事情が他家に漏れても問題ないのかな?

高救と示し合わせての演技と言う可能性もあるから完全には信じられないが…。


「これは戯言であるが、虎千代殿、もし其方が太郎の立場であったらワシの死後、如何にして身を守る?」

「時高様、縁起でもない事を口になさいませぬよう」


「いや、戯言ではあるが虎千代殿の話を聞いてみたい、話してくだされ」

「そうですね…、時高様がお亡くなりになった際、高救様と義同殿親子が何処に居るかによって異なりますが、領地の外へ兵を率いて出ていて時高様の遺言があれば三崎城を占拠し内外に遺言により太郎殿が当主になったと触れを出します。 合戦になるでしょうが遺言があればお味方するものも多いでしょう。 しかしながら高救様、義同殿親子が三崎城にいる場合であれば遺言は反対に太郎殿のお命を縮めかねません、その際は逃げるしかありますまい。 他の城に拠った所で太郎殿の反乱とみなされ他家からの援助も望めませんので」


「ふむ、確かに、なればワシは太郎が己の身を守る事が出来るようになるまではますます死ねなくなったな」

「先ほども申し上げましたが縁起でもない事を言わないでくだされ」


俺の言葉に「戯言じゃ、本気になさるな」と時高は大笑いしているが、もしかしたら自身が死んだ後を本気で心配しているのかもしれないな。


「それで某が参りました本題の農業改革でございますが、此度は時高様の直轄地と信頼できる腹心の所領で試されるのは如何でしょう? 幸いまだ田植え前、今年試して効果があれば時高様、太郎殿の名で新しい農法として三浦家の所領に広めるのがよろしいかと」

「ワシと太郎の名で広めるか…、先程の事は戯言と言ったんだがな…。 だが理に適ってはいる、試すならワシの直轄地と腹心の所領か、確かに収穫量が大幅に増えれば他の者もこぞって知りたがるであろうな」


その夜、時高、太郎親子による歓待を受け、翌日から数日をかけて土地と農地を見て周った。

やっぱり三浦半島には河川は当然存在するものの、起伏が激しい土地柄どうしても米が作れる農地が限られる。

確か江戸時代末期の石高でも三浦郡は25000石ぐらいだったらしいし。


土地と農地を見て周った翌日、時高、太郎を前に三浦半島開拓計画を説明する。

今すぐ実施でき、今年の収穫で実績が出る事は田植えの方法のみである事、ただし起伏の激しい地形を生かしてため池を作る事で今まで農地に適さなかった場所を農地にする事が可能である事などを伝える。


どこから洩れたのか、豊嶋領で広まりつつある農機具についても欲しいと言われたが、現在豊嶋領に広めてる最中であり生産が追い付いていない事、1つ渡したら複製を作られ一気に他国へ広まってしまう事などを伝え、極力他家へ広めないとの条件で正条植えをするうえで必須の道具に加え、人力陽水水車、千歯扱を用意する事で納得してくれた。

馬鍬を改良した畜力耕運機はどうしようか迷ったが、すでに馬鍬自体は使用されているので今回は見送った。


それにしても、田植えの際、直撒きではなく、塩水選で種籾を選別し、苗を育ててからの移植栽培し、しかも等間隔に植える正条植をするだけだと言った時の驚いた顔、確かに塩水選で種籾を選別したり、苗を育てると言う手間、等間隔に植えたら収穫が減るのではないかと言う心配、全てが入り混じった顔をしていた。


等間隔に整然と植える事で草むしりはしやすくなるし、稲自体の風通し、日当たりが均等になり良い米が今まで以上の収穫量に出来ると伝えると、半信半疑ながらも今年の田植えから試してみるとの事だった。

ため池に関しても場所を見繕い作ってみるとの事だったが、大地を削った土をどうするか悩んでいたので、城ケ島と三崎の砂浜を埋め立てて船が横付けできる湊として整備すれば良いと教えてあげた。

この時代の湊って、江戸も品川も六浦も船を横付け出来ないんだよね。

一々小舟に荷物を移して砂浜まで運ばないといけないから横付け出来れば大幅に利便性が増すはずだ。

本当は江戸湊も埋め立てたいんだけど、道灌の勢力下だから出来ないんだよね。


だけど城ケ島は水源は無いけどため池を作ればいざという時の備えにもなるし、既に三浦家に従う海賊衆の拠点となっている為整備しておけば更に利便性が増す。

我ながら素晴らしい提案だ。

ただ時高には何故城ケ島の内情まで知っているのかと不思議がられたが、商人から聞いたとはぐらかした。

転生する前、子供の頃から親父やその知り合いの人達に夏場毎週連れて行って貰ってたからとは言えんからね。

湊が整備されたら鯛やシマアジ、ハマチの養殖でも教えてみようかな…。

いや、養殖しなくても魚はいくらでも獲れるから養殖する方が高くつくか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る