道真の心変わり

豊嶋家の嫡男、虎千代に嫁いだ照に会うために石神井城へやってきた。

これで3回目となると石神井城の者達とも顔なじみとなり、初めて来た時に感じた警戒心はかなり薄れてる。

本来であれば照に会うのは二の次で豊嶋の内情を探るべきなのだろうが、食べる料理や菓子、見慣れぬ服などの事を楽しそうに話す照を前にどうしても孫可愛さが出てしまい内情を探るどころではない。


そして何より不思議なのが照の夫である虎千代だ。

まだ齢5歳と言うのに父である豊嶋泰経に申し出て1000貫程の所領を管理しているというのだ。

最初は守役が管理し、その実績を嫡男である虎千代のものとし豊嶋家内での地位を、そして家督を継いだ際、家臣たちがすんなり従うようにする小細工だと思っていたが、虎千代の守役が照に会いに来たワシの饗応をし、虎千代は護衛数人を引き連れ所領に行っていると言うではないか。

更に何より驚いたのが、所領を得た年の秋には収穫高が前年を大きく上回り、また新たな作物まで栽培しているような事を照が言っていた。


いや、それだけではない。

照の話では、石鹸なる物、髪を洗う物などもあり、砂糖、薬、最近になり流行りだしたコーヒーなる物に加え、高級な酒まで石神井より売り出されているのだ。

恐らく虎千代が考案し、権利を独占しているのだろうが、それだけで既に末恐ろしい。

要注意人物として警戒すべきなのであろうが、孫である照が虎千代と仲良く、昨日は一緒に何をした。


この前は馬に乗って何処に行ったなど楽しく話しているのを聞いていると、警戒し調べる必要があるのに、それを調べ太田と豊島が険悪になれば照の笑顔が失われてしまうのではないか? との思いが頭をよぎる。


何より虎千代自身がワシを警戒する素振りが無く、会って話せば照がこの前何を食べて喜んでいた、何をして楽しそうだったなどで、そして照が喜んでいた料理をと来る度に初めて食べる料理を出される。

土産に貰った石鹸やしゃんぷー、りんす、とやらを使ってみたが、確かに爽快であり、試しに女房衆達にも使わせてみたが大好評であった。

多くの量を売り出してはいないようだが、これを売り出せば相当な利となる。

なるほど、江戸湊の権利を絶対に手放さない訳だ。

恐らく虎千代が居る限り、泰経はどんな手を使ってでも、江戸湊を手放さないだろう。


いや、それだけではない、虎千代を童と侮り軍略について話しても、予想外の答えが返ってくる。

何かが、いや考え方そのものがワシや他の者と違うのだ。

故に虎千代に対し、一騎討の話をしても、一騎討など無意味な事と切り捨てられる。

軍略、戦い方、兵のありかた全ての考え方が違い、詳しくは話さないものの、確実にワシと、いや虎千代以外の者と見ているものが違うのだ。


それは太田家だけでなく主家である扇谷上杉家の脅威であるのだが、同時にこの童の見ているものをワシもそばで見てみたいと思うようになってくる。


そして石神井城に足を運ぶこと5回目ともなると最早、道灌が進める豊嶋の利権を奪い弱体化させる為にあの手この手を尽くしているのを見ているのが馬鹿らしくなってきた。

楽しそうに笑う照の笑顔、そして底知れぬ虎千代が将来どのような武将となるのか。


道灌を育てた際、恨まれるのを覚悟で厳しく育てた事で、詰めの甘いところもあるがそれでも扇谷上杉家の家宰としてふさわしい武将に育った。

だが虎千代はそんな道灌を既に抜き去っているのでは? だとしたら今後どこまで大きくなるのか。

余計な邪魔をせず、このまま成長させれば道灌すら足元に及ばぬ武将になるのではないか?


見てみたい。

道真の心は石神井城を訪れる度に虎千代に傾いていく。


太田家の家督は既に道灌が継いでおり、道真は隠居に近い状態だ。

ならば残りの人生は可愛い孫娘とその夫の為にと、そうして道真は太田家の為ではなく、可愛い孫娘の幸せを守るとの思いが固まっていく。


道灌の娘である幼い照を嫁に出した事で得た豊嶋家へ足を運ぶ理由、本来であれば内情を探る為のはずが、虎千代に魅入られ豊嶋の、いや虎千代と照の為、そして何よりどのような男に育つのか見てみたいとの思いが道真の心を決した。


家督を譲っている以上、出来る事は少ない、だが出来る事はする。

そう思いながら、馬の背に揺られながら道真は岩槻城に帰っていった。

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