太田道灌
「さて道灌殿、此度お呼びだてした事、既にご存じと思われるが如何されるおつもりか!!」
既に道灌とその家臣が待っている主殿に入り、座ると挨拶もそこそこに叔父である泰明が口を開いた。
「泰明殿、ご存じも何も、某は泰経殿よりの書状にて知った次第、当方は一切あずかり知らぬこと、如何されると申されても如何様にもなりませぬぞ」
「なんと! よくもぬけぬけと! 江戸湊を任せておった木島一益から本来豊嶋家に収められるべき矢銭の多くを納めさせておいて預かり知らぬともうされるのか!!」
「木島なる者は存じておりますし、誼もござるが、江戸湊の商人達から納めさせた矢銭の一部を某に収めさせていたなど濡れ衣と言うもの、扇谷上杉家の家宰である某にそのような言いがかり、無礼ではござらんか?」
「では、木島が道灌殿に納めた矢銭は受け取ってないと言われるか?」
「受け取っていぬとは申せぬが、豊嶋家に納めるべき矢銭とは知らなんだ、木島が某との誼を深めるための手土産と思っておったが、まさかそれが豊嶋家の矢銭だったとは…」
「よくもぬけぬけと!! そなたが木島に矢銭の多くを納めさせるように命じていたのであろう!!」
「いくら豊嶋殿の弟であろうとそのような根も葉もない事、無礼であろう!! これ以上の問答は無用! 帰らせて頂く!」
そう言うと道灌は右側に置いた太刀を掴み立ち上がろうとする。
う~ん、完全に黒なのに確固たる証拠が無いから逆ギレして有耶無耶にしようと言う魂胆か。
いや、そもそも泰明の追及方法も悪い。
向こうは確信犯でいざとなれば家宰と言う立場と逆ギレで乗り切るつもりなんだからむしろ向こうの思うつぼ?
泰明は戦になれば先陣を切って敵へ向かっていくと言われるぐらいの武闘派だからそもそも交渉には向いてない。
当主である父が口を出さないのは最悪争いになった場合、弟の泰明の無礼と言う為に黙っているんだろうけど、ある意味脳筋の泰明に交渉させるのはそもそも失敗だ。
と言うか相手の思うつぼだ。
「恐れながら、道灌殿にお聞きしたい事がございますが、よろしいですか?」
道灌はオマケで居る子供が言葉を掛けて来るとは思ってもみなかったようで、浮かしかけた腰を落とし、俺の方を見ている。
なんだ?この童、恐らく泰経の嫡男だろうが…。
このような場で不用意に童が口を開くとは躾けも出来ておらんのか?
まあいい、無視をしても良いが所詮は童のたわごと、むしろここは話を聞いてやるか。
童を丸め込んでも詮無き事だがこれで誠意を見せた証としよう。
童の相手で誠意の証とは少し弱いがこの際致し方ない。
「申し遅れました、某は豊嶋泰経が嫡男、虎千代と申します。 先ほどの叔父上が無礼、お詫び申し上げます」
「そなたが嫡男の虎千代殿か、して聞きたい事とはなんだ?」
先程泰明と怒鳴り合っていたのがウソのように穏やかな声で道灌が聞き返してくる。
太田道灌って後世に伝わっている人物像と違い相当な狸だな。
相手や状況に応じて態度を変えて対応を変えている。
恐らく子供の戯言に怒鳴り散らすのではなく、穏やかに対応して丸め込むつもりだろう。
まあ子供の戯言気にしていないだけかもしれないけど…。
「では、先程、江戸湊を任せていた木島一益に矢銭の一部を納めさせるようにとは命じていないと申されましたが、ではなぜ木島の嫡男である秀益が道灌殿のご子息である太田資忠殿の直臣として川越にて500貫の所領を与えられているのでしょう? 何の手柄も実績も無い秀益がそれほどの所領を与えられるのはおかしくはございませんか?」
「それは資忠が見込みのある者と見定めたからであろう。 資忠はワシの養子ではあり跡取りでもある、その資忠が己の家臣としたいと思ったから召し抱えたのであろう」
「では木島秀益が資忠殿の直臣となった事は知らないと? 不思議でございます、資忠殿と秀益に接点は無かったはず、誰かが仲立ちをしなければ普通召し抱える事などしないはず、それも扇谷上杉家の次期家宰になろうと言うお方に直臣として200貫でなど不思議でなりません」
「資忠が何処で誰と会った、誰を召し抱えたなどいちいち把握などしておらん。 それこそ矢銭を横領した銭で資忠やその周りの者の関心を引いたのであろう。 資忠も人を見る目が無い」
「そうですか…、しかし捕えた木島一益とその一族の話では、道灌殿より折を見て一族を川越にて取り立てると言われ矢銭を道灌殿に納めていたと申しておりました。 それに道灌殿に納められたと思われる矢銭の額を調べましたら、相当な額となりまする、ただ湊の管理を任されている者から誼を通じる為として渡されたと申されましたが、額が額だけにおかしいとは思わなかったのでしょうか?」
「誼を通じたいと言い、多少の金は受け取ったが虎千代殿の思われるほどの金は受け取っておらん!」
「そうですか、ですと益々不思議でなりません、人をやって調べましたが木島一益、秀益共に散財している様子はございませんでした。 これに木島が道灌殿に毎年納めたと言う矢銭の額が年ごとに纏めておりますが、この金は何処に行ったのか? 道灌殿も不思議に思われませんか?」
そう言って江戸湊の商人から納められた矢銭と不明金を表にした紙を道灌に渡す。
うん、商人の帳簿が不明瞭なうえ、各商人の帳簿でどれだけ不明金があるかを説明しても時間がかかるし、途中で逃げ出される可能性があるから一目で分かるように表にしたんだよ。
PCに入っているExcel活用してるから数字もあってるよ。
一枚の紙に分かりやすく纏めてあるから本人は今までどれぐらい貰ったか覚えていなくてもこれならどれだけ豊嶋家の矢銭をピンハネさせてたか分かるはずだ。
うんうん、紙を手にする道灌の手が震えてる。
明確な数字と木島本人の自白、これだけ証拠があるんだけどどう言い逃れするんだろう?
「虎千代がこれを?」
これは…、帳面なのか? こんなものは初めて見る、いやだが見やすい、どの商人からの矢銭の額、豊嶋に納められた矢銭、不明となった矢銭。
四角い枠に縦横線が引かれていて、名前、、そして年ごとに分けて数字がかかれている。
一番下が合計額か?
だとしたらこの不明金と言うのが木島に納めさせた金か?
「はい、商人の帳簿を取り寄せるのは父上の家臣が行いましたが、それは某が作りました、計算は間違っておりません」
「これだけの額をワシは受け取った覚えはない、しかし木島はワシに命じられてこれだけの額を納めたという。 これでは埒があかん、しからば殿に申し出て裁定を下して頂く他なかろう」
「そうですね、しかし当事者、それも家宰であるお方のご主君では公平な裁定が下せない可能性がございます。 ここは関東管領である山内上杉家に裁定を下して頂くのが公平かと思います。 関東管領様は此度の事での利害は一切ございませんので中立と立場から裁定が下されるかと」
まさか関東管領に裁定を下して貰うなんて言葉が出て来るとは思ってもみなかったんだろうな、二の句が継げなくなっている。
しかも泰明が確かに管領様にご裁定頂けるならどのような裁定が下されようとも納得できると言い、父もそれに乗っかっている。
本来なら関東管領に訴えても間違いなく相手にされない、いやむしろ火種を持ち込んだ事で不興を買うだろう。
だが今の豊嶋家は違う、なんせ関東管領である山内上杉家の家宰である長尾景信の娘が父に嫁いでいる。
と言うかその娘が俺の母である。
言うなれば管領家の家宰家と婚姻関係にあるんだ、実際長尾家との関係は良好だから家宰である景信に今回の事を誇張して吹き込み根回しをすればむしろ豊嶋家に有利な裁定が下されるはずだ。
まあ当然、道灌から取り返した金の一部を謝礼として払う事にはなるが…。
「か、管領様にこのような事の裁定をお願いするなど、迷惑されるだろう」
この童は何を言っている?
世間知らずにも程がある、管領家に裁定をなどと馬鹿げた事を…、いやだが泰経の正室は景信の娘、現家宰の孫だ、本当に管領へ訴え出たらこちらが不利だ。
いや、不利どころか主君である上杉政真様の面目まで潰される恐れがある。
それを分かってこの童は言っているのか?
「此度の件、ご裁定を下して頂く以上、公平な方でなくては道灌殿も豊嶋家としても納得出来ずいずれは合戦になりかねないかと思います。 古河の足利成氏を討伐すると言う目的がある我らが合戦をして互いに血を流す事は管領様も不本意なはず」
「確かにそうだが、我が殿にご裁定を頂くのでは納得出来ぬと?」
「はい、道灌殿は扇谷上杉様のご家臣であり家宰でありますが我らは国人衆でございます。 いかに公平な裁定を下したと言われても主君が家臣、それも家宰を庇うのは当然と思われます。 なればこそ管領様にご裁定をと思います。 実は既に道灌殿にお渡しした紙と同じものと此度の件を書いた書状を管領様にお届けする為の使者を用意しておりますので、今すぐにでも管領様の所へ使者を出せます」
「いや、待たれよ! 話が終わっていないにも関わらずご裁定を仰ぐ使者を出すなど、管領様に対して無礼であろう」
太田道灌が慌ててる。
名将として後世に語り継がれる武将も流石に証拠と証人を抑えられた状態で関東管領の名前を出されると慌てるんだな…。
「では、道灌殿は如何にして此度の件を納めるのでしょうか?」
表面上は無邪気な子供を装い、痛いところを突っつく、子供とはいえ名門の国人衆の嫡男相手に怒鳴り散らす事も出来ず苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
さてさて、次はどのネタで痛いところを突っつこうかな。
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