火種

領地を貰い、農業改革を始めて早半年、最初は領主の嫡男とはいえ5歳児の思い付きに付き合わされて迷惑感満載だった領民もこの頃になるとかなり…いや凄く好意的になった。

一部は既に盲目的な信者と化した領民もいるぐらだ。


まあそれもそのはずで、堆肥が全田畑に行き渡らなかったので、むしろそれを逆手にとり、堆肥を使った田畑と今まで通りの田畑に分け、稲作は正条植えを実施し、稲作に向かない場所ではジャガイモ、サツマイモ、ニンジン、麦に稗、粟、蕎麦を植えさせているが、堆肥を使った田畑の生育状況が使ってない田畑と比べると段違いな上、正条植えをした事で田には昨年とは比べ物にならないぐらい青々とした稲が生い茂っているからだ。

しかも最優先で作らせた中耕除草機が大活躍で田の草むしりをする負担が大幅に減ってその分、治水工事などに参加する事で日銭を稼げ、既に今まで以上に豊になりつつあるからだ。

とはいえ、中耕除草機の数が限られている為、皆で仲良く使いまわして貰っている。

半年で一家に一台とまではいかなかった…、と言うより一定数出来た後は水汲みポンプを優先した結果でもあるけど…。


それにしても何処から金が? と思うだろうけど、実はひょんな事から資金がそこそこ潤沢になったりなんかした。

きっかけは、毎日箱に補充される転生前に持っていた物、その中の牛肉だった。

今でもスネ肉じゃなくて肩ロースとかにしとけば良かったと思うけど、スネ肉を買ってしまったものは仕方ないと割り切ってはいるが、毎日スネ肉が300g補充されると結構困る。

しかも冬なら数日は持つが夏になればすぐに痛んで腐ってしまう。


そこでこの時代でも作れる冷蔵庫的なものは無いものかとネットで調べていたら二重ポット式冷蔵庫が簡単に作れそうなので試しに作ってみたら見事成功した。

ただ構造が簡単なので売ったらすぐにまねされてしまうので現在は石神井城のみで使用をしているが、その際に知り合った商人にインスタントコーヒーとスティックシュガー、風邪薬を売れないか相談したら是非取扱いたいと言われたので定期的に販売をしている。

因みに日本酒も買いたいと言っていたので専用の壺を作ってそれに入れて少量だけ販売している。

何故ありったけ売らないかと言うと、豊嶋家一門衆、重臣衆に大人気で最近事あるごとに石神井城に集まっては宴会を開き飲み尽くすからだ。

そしてカルパスも大人気で直ぐ食い尽くされる。

獣の肉で出来てるって教えてもカルパスは気にならないらしい。


その結果、石神井城の片隅に建設された倉庫には空の一升瓶、空のインスタントコーヒーの瓶、風邪薬の瓶が転生してから今日までの日数と同じ数だけ保管されている。

瓶ごと売っても良いんだけど、この時代ガラス製品は輸入品ぐらいしかないうえ、今後ガラス製品を作る際に珪砂など集めて粗悪な物を作るより現代のガラスを溶かして作りなおした方が良質な物が出来ると思ったからだ。

因みに饅頭と最中も大人気でこちらは来客に出したり家臣に与えたり、大泉の開拓を手伝ってくれている原田時守や白子朝信にあげたり、よく働いた者などにあげたりしている。

饅頭も最中も大人気なんだよね…。

父と母が欲しいと行って来た時、丁度在庫切れだったんだけど、それを伝えたら凄いショック受けてたし。

翌日補充されたのを真っ先に渡したら次からは必ず数個残しておくようにと言われたぐらいだ。

饅頭と最中の中に中毒性の物質でも入ってるのか?


そんなこんなでインスタントコーヒーとスティックシュガーの売り上げでそこそこ金持ちになってしまった。

それを大泉一帯の開発に湯水のごとくつぎ込んでいるので発展が著しく、領民の信頼を得るのの助けとなったと言える。


ただ、インスタントコーヒーとスティックシュガー、風邪薬の販売を開始した事で、弊害…、と言うか争いの火種も生まれてしまった。


その為、今日は領地視察を中止させられ、石神井城の主殿で父である泰経と叔父である泰明と共に来客の相手をさせられている。

その来客が江戸城城主であり、扇谷上杉家の家宰でもある太田道灌だ。


なぜ太田道灌が石神井城に来ているかと言うと、俺が売った物は石神井川を下り、江戸湊の商人に売られ、そこから更に別の商人や国人等に売られていく。

江戸湊の利権を持っている豊嶋家は江戸湊の商人が儲かればその分、矢銭が多く入る…、はずだった。

だが現状は大して矢銭は増えず今迄より少し増えたと言った感じだったので、父に「おかしくない?」と何気に言った一言で密かに調査が開始され、江戸湊の商人から太田道灌が矢銭を得ている事が判明したからだ。

それも調べれば調べる程、かなり昔から江戸湊から矢銭を得ていたようでそれに激怒した父が道灌に抗議をし今日に至っている。


ここで疑問になるのが江戸を領地にしている太田道灌が江戸湊から矢銭を得て何がおかしい? という事なのだが、これは俺が生まれる前、父である泰経がまだ俺と同い歳の頃で先代の当主が豊嶋経祐だった頃、道灌が当時江戸を治めていた国人の江戸氏を霊夢の告げと言って弱体化していた江戸氏を婉曲に退去させた事に端を発している。


弱体化していた江戸氏を支援する見返りに江戸氏から江戸湊の利権を手に入れていた豊嶋家は当然のごとく反発し、合戦も辞さないと言った強硬姿勢だったらしいが、当時の扇谷上杉家家宰であり道灌の父である太田道心が仲裁をし、江戸湊の利権は豊嶋家のものとし、その利権を太田家が害さないという事で豊嶋家が折れたと言う経緯があったらしい。


にもかかわらず、江戸湊の利権は豊嶋家が持っているように見せかけて裏で本来豊嶋家の懐に入るはずの矢銭が道灌の懐にかなり前から入っていた。

かなり前からって、何故気付かないんだよ!!

って思ったが、どうやら江戸湊に派遣している家臣が道灌と通じていたらしい。

これで道灌は意図的に江戸湊から得られる矢銭をピンハネしていたと判断された。


俺から言わせたら気付かない方が悪いと言いたい所だけど、豊嶋家の嫡男として口が裂けても言えないのが口惜しい。


さて、目の前に居る太田道灌はどういう対応をするのか。

とりあえず、5歳児らしく口出しせず大人しく話を聞いてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る