落としどころ

江戸湊からの矢銭問題が片付いたのは話を始めてから大体6時間後ぐらいだった。

太田道灌は夕日を背にしながら江戸城に帰って行ったが、その背中は怒りとも、屈辱とも、最悪の展開は免れ何とか受け入れられる落としどころで決着した事で安堵したかのような背中だった。


豊嶋家にも面目があるし、道灌にも面目がある。

ただ道灌の場合、太田家としての面目だけでなく主君である上杉定正の面目にも関わって来るため、意地でも今回の件が自分の指示だとは認める訳にはいかなかったはずだ。

まあそこに付け込ませて頂いたんだけど、恐らく道灌はそれが分かっていたから余計に屈辱だったと思う。


矢銭の件は、調べが付いただけで13年で約23000貫文が道灌の元に流れていた。

当然道灌としては23000貫文を即時支払えと言われても、払えなくはないとは思うけど、確実に太田家が財政難になる為、支払わないだろうし、実際に分割で満額払うのも拒んだ。

俺からしたら予想通りだったが叔父である泰明は不満だったみたいで最後まで満額を払わせたい感じだったが最終的には12000貫文を3年に分けて毎年4000貫文を豊嶋家へ支払う事になり、道灌は今回の事には関与しておらず木島が自身と一族を繁栄させる為に長年に渡り矢銭を横領しその大半を道灌の家臣が知らずに受け取ったと言う事で決着した。


木島一益は証人として支払いが終わる3年後までは生かされるものの、支払いが終わったら斬首、そしてその一族は追放。

そして道灌の話では川越に居る太田資忠に仕えている木島秀益は、罪人の子として追放するとの事だった。

まあ本当に追放するのか、闇に葬られるのかは知らないが道灌も資忠も家臣として召し抱え続ける理由が無くなった訳だから当然と言えば当然であるが…。


そして今回の件で本当に道灌が約束通り金を支払うのか信じられないとの事を言うと、かなり怒った表情で道灌は誓紙を出すとの事だったが、俺が「誓紙と言っても所詮は紙切れ一枚ですよね? しかもこの乱世、関東だけで今までどれだけ誓紙を交わしてそれが破られたのでしょうか? 約束を守っていただく自信がおありでしたら、道灌殿の御父君である道真殿に3年程石神井城に滞在して頂き私に師事をして頂くのは如何でしょう?」 と言ったらメッチャクチャ怒って「ふざけるな!!!」 と怒鳴っていた。


父親を、しかも家督を道灌に譲っているとはいえ扇谷上杉家の元家宰である太田道真を石神井城に住まわせ豊嶋家嫡男を師事するとの名目とはいえ、実際は暗に人質として差し出せと言うのは流石に無謀な条件だった…。

道灌が呑んで人質に出したら親を人質に出す親不孝者と噂を流そうと思ったんだけどな…。


ただ道灌も誓紙を差し出すのでは納得しないと思ったのか、それともこれを機に豊嶋家を取り込もうと思ったのか、娘を俺の嫁にと言い出した。

これには父である泰経も叔父である泰明も驚いていたが、最終的には道灌の申し出を受け入れることになった。

因みに、当初返還される矢銭は10000貫文だったけど、嫁を迎えるにあたり結納の品を用意する必要があり、鎌倉時代以前よりの名家である豊嶋家としてはそれ相応の結納品を用意しなければ面目が立たないが、木島に矢銭を横領され豊嶋家の財政状況が悪いという事でチクチク道灌にもっと金を返せと迫った結果12000貫文になったと言う経緯がある。


道灌としては娘を人質同様に嫁に出し事を納めようとした所、藪蛇になって追加で2000貫文払う羽目になったと言った感じだ。


それにしても5歳児に嫁ってどうなん?

話によると道灌の娘は4歳らしいけど、普通4歳の娘を人質同然に差し出す?

道灌が非情なのか、この時代女性は道具と言う考えなのか、恐らく後者なんだろうけど現代の感覚がある俺からしたら非情な父親にしか見えないな。


その後、輿入れの日取りなどを取り決めはしたが、まだ双方が幼い場合は結納だけして妙齢になったら輿入れするのが当然だとは思っていたら、一月後には石神井城に輿入れするとの事だった。


早いな…。

結納の品を用意するにも財政難とは言ったもののそれなりの物を用意しないと豊嶋家の面目が立たないし、とりあえず、反物は商人に用意させるとして、壺に移した日本酒とインスタントコーヒーの空瓶に移した砂糖でも贈っておこう。

砂糖と言ってもグラニュー糖なんだけど、どうせこの時代に砂糖とグラニュー糖の違いなんて分からないだろうし、真っ白な砂糖が瓶一杯に入っていれば品目が少なくても相応の物を結納の品にした事になるだろう。


それにしても転生して半年少しで嫁取りか…。

5歳児だから嫁を貰ってもぶっちゃけ困るんだよね。

実質、4歳児のお守だもんな。

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