第4話 探していたもの

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「あのー、早乙女さん」


 なかなかさがしものが見つからず、ズルズルと時間だけが過ぎようとしていたその時、美咲が突然声の調子を変えた。ソファーに座る姿勢を整えて、早乙女の顔を見つめる。


「私、早乙女さんが探しているもの、分かった気がします」

「……え?」

「早乙女さんが探しているのは、恋人、じゃないですか?」


 急すぎるその言葉に、早乙女は慌てるしかなかった。


「え、な、なんですか急に」

「早乙女さんが今やっているのは『私と会うための口実探し』。それはつまり『恋人探し』……いや、間違っていたらすみません」

「……」


 二人揃って目線を下げる。夕日の明かりが、二人の影を作り出していた。


「もし……もしそうなんだとしたら。それが依頼なんだとしたら、結論は早いです!」

「……えっ」

「ずっと……あなたを見てきましたから」


 高鳴る胸の鼓動を感じながら、早乙女は次に話す言葉を頭の中に巡らせていた。「恋人探し」。目の前にいるのは、さがしものの依頼を請け負う、探偵事務所の美咲。ここに通い、彼女と話していたこれまでの日々が思い出される。そして、今日、この時。


「ということは、美咲さん。お、俺と、付き合っ……」

「付き合いません!」

「……え?」

「いやもうそんなことだろうと思っていたので早めに伝えます! 付き合えません!」

「え、いや、今の流れはさ」

「まず早乙女さん、何歳ですか」

「え。……64歳ですけど」

「ですよね! 自分のこと俺、とか言うからたまに分からなくなりますけど60歳越えてますよね! 私まだ22歳なんで! 無理です!」

「いや、でも年齢は別に……」

「じゃもうその服着るのやめてくださいよ! おじさんがフードに目の付いたカエルのパーカーとか着ない! あとフルーツの描かれてる長ズボンをまくらない! 64歳らしいファッションしなさい!」

「す、すいません」

「で、何ですって? 友達と金魚すくい? すげーなおい!」

「いや別にいいでしょそれは」

「そんな暇があるなら自分に合った洋服探しをしなさいよ!」

「あ、じゃあさがしものは洋服、ってことで……」

「それは後日依頼してください! てかそうですよまずなんだ『さがしもの探し』って! 聞いたことないわ! ネタ尽きたのか知らないけどもっとマシな口実で会いに来るでしょ普通は!」

「は、はい」

「あと夢! 持つな!」

「はい?」

「いや他の夢ならまだしも、64歳がパイロットの夢だけは抱くなよ! 免許とか既に取ってあるならまだしも、」

「取ってません」

「取ってないだろ! 絶対に諦めろ! 最近の作家にハマる暇あるんだったら夢を探しなさい! 夢を!」

「あ、じゃあさがしものは夢ってこと……」

「いい暮らし!」

「え?」

「いい暮らしを夢見なさい! 金魚すくわずに茶葉をすくう暮らしを! はい探した見つかった! おめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

「あと……」


 美咲による早乙女の「あら探し」は、まだまだ終わる様子を見せない。




 完

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