第2話 訪れる者
2
探偵事務所「アゲハ」の探しもの支部。美咲はその受付を担当している。アゲハが少人数で発足したのはもう十年ほど前のことで、街の人々からの依頼に応えていくうちに規模も知名度も少しずつ大きくなっていった。その中で昨年作られたのがこの「さがしもの支部」である。
「もしもし赤羽さんですか? クルリちゃん、見つかりましたよ!」
探偵事務所、とはなかなかアバウトなもので、依頼内容の幅は日に日に広がりを見せている。そしてその多くを占めるのが「○○さがし」の依頼だ。
「今メンバーがそちら向かってると思います! いやぁ良かったです、早くに見つかって」
このさがしもの支部では基本的に、何かの捜索のみを行っている。例えばペットの犬だったり、アクセサリーだったり、行方不明になってしまった家族だったり。
「え、えぇ、お代は申し訳ありませんが、そのメンバーに渡してもらえればと、はい」
いなくなってしまった者、物を「捜す」だけではない。見つけてほしいものを「探す」ことだって仕事だ。手に入りにくい商品だったり、何かしら悪めの組織が活動しているアジトだったり、恋人の浮気相手……だったり。世の中は「さがしもの」で溢れている。
コンコンッ
「ごめんくださーーーい」
「では失礼いたしますー。……はいはい、どうぞー」
今朝女性から依頼された捜索を無事に完了した夕方のオフィス。ブラインドから差し込むオレンジ色を受けながら、美咲はまた一人でそこにいた。
「お久しぶりです。美咲さん」
「あぁ、
美咲が電話を切ったタイミングでゆっくりと入ってきたその男性は、フードがカエルのようになっている白いパーカーに果物柄の長ズボンを身につけ、足元の裾を少しだけまくり上げていた。
「二か月ほど前……でしたか。俺の定期入れを見つけてくださって」
早乙女はそう言いながら、慣れた様子でソファーに腰を下ろした。
「あの時はどうもありがとう」
「いえいえ」
美咲も流れるように棚からカップを取り出すと、紙のフィルターにコーヒー粉を入れ始めた。
さがしもの支部ができた当初から美咲はここの受付を担っており、早乙女もかなり初めの頃からここを頻繁に訪れている。そしてさがしものの捜索を依頼した後は短時間、このオフィスでコーヒーを飲みながら美咲と軽く話をするのが早乙女のルーティーンだった。
「それで今日は久しぶりに、何を依頼しに来たんですか」
両手に一つずつカップを持ち、ソファーに戻ってきた美咲が問いかける。
「それが……、さがしものを、探してほしくて」
「え?」
咄嗟に放たれた奇妙な台詞に理解が追い付かず、美咲はただ呆然とした。早乙女はそういう反応が返ってくることを薄々感じていた様子で、すぐさま説明を加える。
「ここ二か月間、さがしたいものが何も見つからないんですよ」
「はぁ」
「何か、さがしものってないですかね?」
「……っていう依頼、ということでいいですか」
「そうです」
「なるほどぉ……」
美咲は、なるほどぉ、とは一つも思っていなかった。意味が分かっていなかった。
「二か月前までは、月三、四回くらいのペースでさがしものを依頼してたじゃないですか」
「えぇ。凄い頻度で物を失くす方だなぁって思ってましたよ」
「そんな言い方しないでくださいよ。俺だって失くしたくて失くしてるわけじゃないんですから」
「じゃあさがしものの依頼がないっていうのは、良いことなんじゃないですか? わざわざ、さがしものを探さなくても」
「俺もそう思ったんですけど、でもここ最近、やっぱり寂しくて」
「寂しい?」
早乙女の視線は徐々に下がっていく。
「この事務所でコーヒーを飲みながら、ゆっくり美咲さんと……あぁいや、ゆっくりここで時間を過ごすっていう、このひと時が無いと寂しいんですよ」
「まぁ確かに、それは私も分かります」
慌ただしい外の世界から離れ、少し高いところからコーヒーをすする。そんなささやかな幸せを、美咲も日々実感していた。
「だから、何かさがすものを」
「まぁよく分からないですけど……でも、ここはさがしもの支部なので。早乙女さんのさがしもの、一緒に探しましょう」
美咲は軽く前のめりになりながらそう言うと、カップの取っ手を強く握りしめた。
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