第20話:週末のドア

自身のベッドで目を覚ます。

フラフラと上体を、起こすと目指時計に目をやる。いつもの起きる時間だった。この時間が体に見に染み付いているのだろう。


「今日は部活だ」

と空虚な心を持ったまま部活へと行く支度をした。


あの後、ほとんど覚えていなくて気が付いたら自室のベッドで眠っていた。父とも結局は顔を合わせなかった。帰ってきているかどうかも廉太郎には分からなった。

リビングへ降りてもシンとしている。結局、父は昨日帰って来なかったのだろうか?と訝しみ、駐車場を見たる。


我が家の車が止まっていはなかったのをみるに、俊哉はこの家に帰ってきてはいないのだろうと考えたが、そんなことはもうどうでもよくなって、顔を洗うことにした。

顔を洗い、部活へ行く格好をし、家を出た。朝食は近くのコンビニで調達することにした。


今日も空はいい天気だ。廉太郎の心とは対照的である。廉太郎は不思議だった。

自分はフッた側なのに何故にこんなに心に穴が空いたような気持ちになるのか、と。

そんなぼんやりとした雲一つない空が何となく憎く感じるのは自身がフッてしまったからだろうか。


心の中で後悔にも似た感情がモヤモヤと巻き起こっている。そんな気持ちを払拭させようとコムニアスを起動して新着メッセージを確認するも、誰からもメッセージは無かった。



                  ♢


高校の正門で長嶋が廉太郎に声をかけた。


「よう。廉太郎!」 

「お、おう。長嶋」


二人は簡単に挨拶を交わすと道場を目指して並んで歩き出した。

長嶋は昨日よりも元気のない廉太郎を心配そうな視線で見つめる。


「どうした?何か全然元気無いじゃん?」

「いや……」


それだけ言うのが精一杯だった。父の悪事を知った時以上のショックが廉太郎を襲っている。自分が傷つく立場じゃないのに、頭では分かっていても心はそれが理解できないようだった。


長嶋も暖簾に腕押しと見て、黙ってしまった。二人は無言のまま道場にたどり着き、道着に着替え始めた。


部活が始まっても廉太郎のだらしのない動きは終始続き、仲間達に嗜められる。


「有川!しっかりしろよ」

「廉太郎、今の動きはヤバいよ。下手くそすぎ」

「有川君!どうした!今のは打ってくるべきだったぞ!」


何を言っても廉太郎の耳をすり抜け、外へと出ていった。

休憩時間。廉太郎は、ボーッと道場の開け放たれた窓の外を見ていた。


「長嶋君、有川君がどうしてしまったか知ってるかい?」

「昨日遊んだんだよ。そん時は普通……、まあ、おじさんの事もあるにはあったけど、あそこまでじゃなかったんだ。途中から変になって……、んで、今日はもっと変になってた」

「じゃあ、昨日なにかあったとみるのがいいね」

「うん。俺達が別れた後に、何かあったのかも」


耳打ちし合うように友人が話している。廉太郎はその会話が聞こえていても意図的に無視した。


確実に疲弊してきている。

心が。

会話に入る気力も出ない。


一体何を自分は腑抜けているのか、と喝を入れたくもなるがすぐに入れたところでどうにもならないと思うとそんな気もたちまち無くなる。


近藤がチラと廉太郎に目配せしたが、部員達に

「休憩終わり!」

と大声で言った。



                  ♢


もちろん廉太郎は乱れた足運びに乱れた手さばきでその後も散々たるものであった。

帰り道に見かねた長嶋が声をかけた。


「お前、ホントに大丈夫か?」


夕暮れの空にカラスが鳴きながら飛び交う。二人は肩を並べていつものT字路を目指した。


「うん。何か今日はごめん……」

「何で謝るんだよ?」

「何となく」

「まあ、そんな日もあるさ。そんなになるって、昨日なんかあったのか?」


真面目くさった目で長嶋は廉太郎を真っ直ぐに見据えた。その視線は廉太郎の悩みを見透かそうと努力しているものだった。

その視線が、喋っても無駄、と思っていた廉太郎の考えを変えた。宮崎の時も友人達に話す事で事件を解決する事ができた。


だが、今の悩みはあれとこれとは全く別次元のもとであの時のような崇高さは全く持ち合わせていない。下卑たくだらない悩みだと一蹴される可能性だってあったが、ここ一ヶ月の怒涛の出来事に廉太郎は疲弊してきていた。


だから、喋った。


「実は、お前や生野と別れた後、浜野さんと駅のホームで電車を待ってたんだ。その時、彼女に告白された」


厳密に告白された、と受け取ってもいい内容だったかは判断しかねるが、廉太郎の回答を機に去っていってしまったのをみるにそう判断できた。


「え!?お前、何て言ったんだよ?」

「好きな人が別にいるって」

「そしたら?」

「どっか行っちゃった……」

「どっか行っちゃった……じゃねえだろ?」

「……」

「俺も恋愛経験バリバリってわけじゃないけどさ……、そういう時とかどうすりゃいいのかぐらいは分かるぜ」

「んなこと言われたって……」


廉太郎は、長嶋の叱責に頭をかいて言い訳する他なかった。


「その後は?」

「全然、覚えてない。気が付いたら家にいた」

「それでお前、心ここにあらずって感じなのか……」


眉根をひそめて神妙な顔をする。本当に廉太郎の事を心配しているのだろう。


「自分でもバカバカしいと思うよ。自分はフッた方なのに何でこんなに沈んでいるんだろうって……。彼女はもっと傷ついている筈なのに……」

「本当にな。俺はフラれたことはあってもフることはないからお前の気持ちは分からないけど、それはお前が人の気持ちが理解できるってことなんじゃないのか?」

「……」

「確かに彼女は傷ついているかもしれないが……」

「……」

「お前も同じように傷ついてるってことの証だろ、その感傷」


そう言った長嶋の顔がおかしくて廉太郎は鼻で笑った。


「フッ……ハハハハ」

「何がおかしいんだよ!?」

「だってすごいキメ顔なんだもん」

「いや、かっこいいこと言ったろ?」

「いーや。さっきのキメ顔のせいで台無しだよ」

「クソ!俺の渾身の一撃が!」

「ああいうのは自然に言わなきゃ。顔から俺かっこいいこと言ったろ?って雰囲気が漂ってきたよ」

「ハハハ!俺もまだまだだなぁ……」


お互い笑いあったことで、廉太郎の心は少し軽くなった。


「ありがとうな、長嶋」

「ほんとに気にすんなよ。お前のも浜野ちゃんのも、傷はいつか癒えるさ」


この言葉も随分と歯が浮くようなセリフだったが、廉太郎は茶化すことなく、

「うん……」

と言って夕暮れの空を見上げた。



                  ♢


「ただいま」


部屋の明かりが漏れている。俊哉が帰ってきた証拠だろう。本来であればそのまま二階に上がっていくところであるが、リビングによることにした。


「お、廉太郎。おかえり」

「ただいま……」


バッグも降ろさず呆然と自身に視線を合わせてくる息子を不審に思ったのか俊哉は声をかけた。


「どうした?バッグ、置いてきたらどうだ?」

「ねえ、父さん」

「ん?」

「昨日……、どこ行ってたの?」

「会社」

「1日泊まりで?」

「昨日だけ。今日は別だぞ。朝早くからドライブしたくてな」

「ふうん……」


嘘だ。


何故に白々しい嘘をつくのか。着服やパワハラだけでも充分なのにこれ以上隠さなくてはいけない事をまだ、腹の中に抱えているとでも言うのか。この父は。

廉太郎の心は、一連の出来事により潰れ始めている。


「父さん、どうして嘘をつくの……?」

「嘘じゃないさ……」


俊哉はフイっと廉太郎から視線を外した。その所作が嘘くささを助長するのを俊哉は理解していなかった。


「父さん!本当のことを言ってよ!どうして嘘をつくんだよ!?」


廉太郎が珍しく大声を出したため俊哉はあっけにとられた顔をした後、優しいまなざしを廉太郎に向けた。


「父さんは嘘は言っていない。本当なんだよ」


駄々っ子に言い聞かせるが如く、優しい口調で言った。


廉太郎は直感した。父はしらを切り続けるつもりだ、と。

そちらがその気ならこちらにもできることがある、と。


猛る視線を俊哉に向けるも、俊哉はその視線を慈愛に満ちた視線で受け止め、しらを切りとおす。


これ以上は埒が明かないと、廉太郎は二階へと上がった。

バッグの中から、スマホを取り出していつものようにベッドに寝っ転がり、スマホに目をやるとメッセージが来ていた。


〈廉太郎君!ごめんね!〉


愛華からだった。うさぎが土下座しているスタンプも届いていた。


〈気にしないで。忙しかったんでしょ?〉


以外にもすぐに返事は返ってきた。


〈ほんとにごめんね。昨日も友達と遊んでて……〉

〈それなら仕方ないよ。僕も昨日は生野達と遊んでたんだ〉

〈私と連絡が取れなかったから?〉

〈そう〉

〈そっかぁ。じゃあ、埋め合わせする!〉

〈埋め合わせ?〉

〈遊びに行こうよ!今度!〉

〈いいね。今週の土曜日はどう?〉


廉太郎は、いつも連絡が取れない土曜日を提案してみた。今のうちから言っておけば、土曜日に愛華と遊ぶことは可能なのではないかと踏んだからだったし、丁度、部活も休みだったからだ。


〈ごめんね。土曜日は……〉


しかし、廉太郎の思惑通りにはならず、断りの返事が返ってきた。土曜日に出会う「友達」というのは随分と大切されているなと嫉妬した。


〈そっか。じゃあちょっと考えるね。部活そこしか休みじゃなくて……〉

〈そうなんだ……〉


文面からだと感情が読み取れないが、残念がってくれているようには思えた。すまぬ!と言っている猫の侍が言っているスタンプを送った。


〈じゃあ、大丈夫な日教えてね〉

〈うん。また連絡するね〉


お互いバイバイというスタンプを送ってメッセージのやり取りを終えた。ベッドの上にスマホを投げ出し、シーリングライトをぼんやりと見つめて一考する。

土曜日はやることがない。ならば父の行動を確かめる時間にあてるのはどうだろうか?と。


俊哉は廉太郎に嘘をついてまでまだ隠したい事があるように感じられた。本当に会社に行っているのか、調べるのもありだと思った。


本当に会社に行っているのであれば、それでいいし、調べて無駄になることはないと踏んで行動することにした。


父が車に乗ってどこかに行っているのは間違いない。投げ出したスマホを再度手に取り、『追跡する方法』と検索してみた。


検索結果は配送業者の荷物追跡にかかわるページばかりだったが、あからさまに運送会社のページである者は除外し、それ以外を一つ一つ開いて確認してみる。


「ん……?」


ふとあるページを開いた時、廉太郎は手を止めた。そのページは物を亡くした時にどう探すかというページで、ページの中腹にスマートトラッカーが紹介されていた。


「スマートトラッカー……?」


スマートトラッカーとは何だろうかと検索してみる。


「これなら……いけるか……?」


説明を一通り読み込む。

スマートトラッカーとは、形状は様々だがキーホルダーのようになっている機械であり、この機器を鍵などにつけておいて、スマホのアプリを見てみると今どこにあるのかが分かるというものだ。


これを車の中に仕込んでおけば父の居場所が分かるのではないか?そう考えた。

早速、大手通販サイトでスマートトラッカーを購入した。



                  ♢


翌日、部活から帰ってくると玄関に段ボールが置いてあった。側面には大手の通販サイトの名前が大きく書かれている。


「ただいま」


リビングの入り口から父の顔がひょっこりと出てきて、

「おかえり、それ代引きで来てたからお金払っといたよ」

とだけ言うと礼を言う隙すら与えずにすぐさま引っ込んでいった。


段ボールを抱えて二階の階段を上った。自室にバッグを下ろして、段ボールを早速開けることにした。


大きな段ボールを開けると、その中心にちょこんと注文したスマートトラッカーが一つだけ梱包されていた。


「これを父さんの車に入れればいいのか……」


一応念のため説明書に目を通しておくが、特段注意すべき事項は無い事を確認した。

トラッカーの側面に差し込まれたプラスチックを引き抜くと動き始める仕組みで、電池を交換したりすることはできない。使い捨てだ。


「これを父さんがいない間に、車に隠しとけばいいんだ」


トラッカーは、小さいため意図的に探そうと思わなければ探し出せない。

スマホにアプリをインストールし、起動してちゃんとトラッカーが動作している事を確認した。初期不良がなくてホッとした。


トラッカーを手に取り、夕食を調達しに行くことにした。この時に車に仕込んでおこうと考えた。


一階に降りて、リビングに顔を出す。ソファでくつろぐようにテレビを見ていた俊哉に一声かける。


「今から夕飯買ってくる。父さんは?」

「いらないよ」


俊哉は、テレビから目を離さずと返答した。


有川家では車の鍵は玄関先に置いてある。それを拝借して玄関を出る。車のドアの開け締めの音が俊哉に聞こえるかも、と懸念はしたが、あのテレビに夢中になっている様子だと、気付かないだろうと判断した。


無意識のうちに忍び足になり、車に近づいて、後部座席側のドアに手をかける。ピーと音がなってドアが開いた。後部座席の、背もたれと座部の間にスマートトラッカーを挟み込んだ。


「よし」


静かにドアを閉め、コンビニまで足を伸ばした。



                  ♢


それから数日は部活に明け暮れ、日々を過ごした。

もちろん、この間も愛華と連絡は取り続けた。

そして、土曜日がやってきた。

雀の冴えずで目を覚ますと、ベッドから起き上がってカーテンを思い切り開けた。今日も外は快晴だった。


「今日もいい天気だ」


廉太郎は早速、俊哉が出かけてないか確認する為に一階へと素早く移動した。

リビングを覗くも案の定、誰もいなかった。

廉太郎は焦らずいつも通りに朝食、顔を洗う等のルーティンをこなした。

そして、全て万全な状態の上でスマホのアプリを起動した。


「へぇ……ちゃんと動いてるじゃん」


スマホに表示された地図の上を青い点が移動している。青い点をタップすると現住所が現れた。あまり馴染みの無い地名だった。


少しずつ点が移動している様がおかしくてぼんやりと眺めていた。すると点はどこかの建物の周辺で止まった。道路の上では無く、敷地の上に止まっているようだ。

青い点をタップして住所を確認する。どうやら住所は廉太郎の高校の最寄り駅、つまり、いつも降りている駅の周辺のものだった。


「ん?これいつもの駅じゃないか……」


たまたまここに止まったのかどうかを判断するために少し待つことにした。10分経っても動きがない。


この付近の建物に入ったのだろうと廉太郎は考えた。一体ここは何の建物だろうか?と先ほど表示させた住所を検索した。


「え?あれ?この住所、あのホテル街か?」


検索に結果は、前に愛華と迷い込んだあのホテル街であった。父がこんなところに何の用であろうか。行って確かめるしかない。


現場さえ押さえれば俊哉も白を切れないだろう。会社を謹慎になり、母を探そうともせずにこの男はこんな所で一体何をしているのか。直接問いただすべく廉太郎はすぐさま立ち上がった。



                  ♢


「先輩。こ、こんな所に用があるんですか……?」


浜野は顔を赤らめながら言った。二人はホテル街の付近にいた。廉太郎がホテルに入ることがあるかもしれないと思い、浜野を呼んでおいたのだ。

先日の事があったから、会ってくれないのではないかと踏んでダメ元で頼んでみたら以外にもあっさりとOKされたので、廉太郎は女心はよく分からないと感じた。


インターネット等でホテルには一人で入れないとかまことしやかに噂されているので、一応警戒されないように女の子と入ることにしたためだ。


「ご、ごめんね。頼めるのが、は、浜野さんしかいなくて……」

「え?そ、それって……」


浜野はモジモジとしている。浜野は今日もコンタクトレンズで、小綺麗にオシャレしている。学校でのメガネの彼女と今の彼女とでギャップがあり、そのギャップが魅力的にみえた。


「へ、変な意味じゃないんだよ!ちょっとついてきてほしくて……」

「どこにですか?」

「いや、あのホテルに……」


廉太郎はトラッカーが印したホテルを指さして言った。


「やっぱりホテルですか!?」


浜野の顔はより一層赤くなったように見えた。


「あ、君とそういうことするとかじゃなくって、どうしてもあのホテルに行きたいんだよ」

「何か特別な理由があるんですか?」


ようやく二人の間に真剣な空気が流れ始めた。


「うん。絶対に行かなくなちゃいけないんだ」

「分かりました。私もお腹をくくります!」

「ごめんね……、変な事を頼んじゃって……」

「いいえ!大丈夫です!」


お互いに決意のこもった視線をぶつけ合うと、大きく縦に首を動かした。

二人は駐車場へと入っていった。ガランとした駐車場に一台の車が止まっているのが目に入った。


「やっぱり……」

「え?この車がどうかしたんですか?」

「この車、うちの父の車なんだ」

「え!?」


浜野のなんとも読めない表情をした。何と言おうか迷っているのだ。それでようやく出た言葉は

「先輩のお父さん、こんな所で何を……?」

だった。廉太郎は俊哉の車をから目を話さずに

「それを確かめるために、ここに来たんだ」

と言った。



                  ♢


高鳴る鼓動を抑えられずホテルのフロントに二人で足を踏み入れる。きらびやかな内装に二人はたじろぐ。


「せ、先輩。これからどうするんですか?」

「え?えーっと……。あ、あれで部屋を選ぶんじゃないかな?」


部屋の写真が掲示板に張り出されるが如く並んでいた。それぞれの写真の裏側にはライトが備えられているらしく、使用されている部屋は暗くなっている。


「明るいのが開いてる部屋……かな?そうじゃないのが使用中の部屋か」

「一個だけ消えてますね……」

「そこにいるってことだろう」


同じフロアの空いている部屋を探す。


「ここがいいかな……、どうすればいいんだろ?」

「え?どうすればいいんでしょうね?」

「この部屋の写真押してみよう!」

「え!?押して大丈夫ですか!?」


廉太郎は浜野の静止を聞かず、写真を押してみた。実際にはタッチパネルになっていたらしい。何か起こるかと身構えたが、特に何も起こらない。だが、選択した部屋は暗くなっている。


「こ、これでいいのかな……?」

「さぁ……?」


二人はお互いに首をかしげる。


「と、とりあえず行ってみよう!3階だよね」

「そうみたいです!」


二人は隅のエレベータに乗り込むと3を押した。静かに動き出し、あっという間に目的のフロアに着いて、チンと音がなってエレベータのドアが開く。


ドアから一歩踏み出すと、一本の廊下が二人の前に現れた。その廊下は奥に小さな窓と、装飾されているライトも艶めかしい物が選択されているせいで昼間の時間帯にもかかわらず夜のように錯覚してしまう。


「どこがあの部屋だ……?」


廉太郎は独り言ちて、何かに恐れるようにすり足で、何かに警戒するように小さく歩を進める。ドアの前を一つ通りすぎる度にドアの番号を確認する。

そして、いくつかのドアを過ぎた時、廉太郎の前に一つのドアが現れた。


「ここだ……」


それが廉太郎の望むドアだった。

だが、廉太郎は知らない。

このドアが廉太郎にとっての終末のドアであることを。


「浜野さん。いい?」


廉太郎は後ろをついてきている浜野に確認する。


「わ、私は大丈夫ですよ……」


その答えを受けて、右手をドアに伸ばしていく。



そして、そのドアをノックした。

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