第17話:おセンチな火曜日

「僕は殺されるかと思ったよ」


廉太郎は饒舌にまくし立てる。愛華は、それを相槌を打っている。


「剣道部のキャプテンがさ、後頭部を竹刀で殴ってくれなかったらさ……」

「怪我とかしてない?」

「うん。この通り、ピンピンしてる」


駅前の公園。

今日は予てから約束していたデートの日だった。通り魔騒ぎで1日伸びてはいるが。


2人は公園のベンチに座ると、愛華が事件の話をしてほしいと迫ってきたので、取り立てて隠し立てする必要もない廉太郎は、犯人の動機をオブラートに包みながら説明をした。


「よかった!」


愛華はにっこりと廉太郎に微笑んだ。廉太郎には生きていて良かったと心底感じれる瞬間だった。


「じゃあ、どこ行く?」


事件の話も一通り終わったので今日の話に切り替えた。


「ん〜、どうしょっかなぁ」


愛華は人差し指を唇に当てて、空を仰いだ。そして、やがてこう言った。


「じゃあ、遊園地はどう?」


嫌がる理由も無い廉太郎はすぐにOKを出した。




「ごめんね。お金出してもらって……」

「いや、いいんだよ」


入園ゲートを通ると、愛華が申し訳無さそうに言ってきた。

廉太郎は残っていたお年玉を全て持ってきていた。愛華にお金を出させない、という廉太郎なりの漢の矜持があった為だ。


廉太郎がそうしたいからそうしているのだが、愛華は申し訳無さそうにするので、ダメ押しにもう一言かけておく。


「ホントに気にしないで!」

「うん……。じゃあ、お言葉に甘えて……」


入園ゲートから左右を見渡す。遠くの方に観覧車が見えた。


「何から最初に乗る?」

「最初はメリーゴーランドって決めてるの」

「決めてるの?」

「うん。何処の遊園地に行ってもそうしてる」

「へぇ……」


そういうこだわりを持つ人もいるか、と廉太郎は特に深く考えずに

「じゃあ、メリーゴーランドのとこ、行こう!」

と言って歩き出したが、すぐに愛華に呼び止められてしまう。


「廉太郎君!そっちじゃないよ!こっちだよ!」

「え?」


廉太郎すぐに踵を返した。


「こっちこっち」


愛華は廉太郎が歩き出した方向の道とは逆の道を指さしている。


「あ、ああ。そっち……。初めてくるから……。愛華ちゃんは何回か来たことあるの?」

「うん!この前も来たよ!友達と」

「へ、へぇ〜」


少し嫉妬を覚えた。


「行こ!」


エスコートする筈だった廉太郎は、愛華にエスコートされる立場になってしまった。

2人は、メリーゴーランド、ジェットコースター、お化け屋敷、コーヒーカップ、空飛ぶ椅子など次々に制覇していった。


「久しぶりに遊園地来たけど、楽しいもんだね」


廉太郎は随分昔に両親に連れられ遊園地に来たことを思い出した。一人息子だからか、両親は廉太郎のワガママにも誠意に向き合ってくれ、とても楽しかった。

フランクフルトが食べたいと言えば買ってくれたし、絶叫マシンに乗りたいといえば、絶叫マシンが苦手な俊哉が渋々付き合ってもくれた。


宮崎の動機に父が絡んでなければ、家の中はギスギスしなくて済んだのだが。

数週間前まで穏やかだった我が家の風景を回顧してしまう。


「ねえ!廉太郎君!」

「えっ!ああ」

「大丈夫?」


愛華は首を傾げて可愛らしく聞いた。廉太郎はそんな愛華の動作にドギマギしてしまう。親密になって約一ヶ月近く経つが未だに慣れない。愛華の一挙手一投足が愛らしく思えてしまう。


「う、うん。大丈夫だよ。疲れただけ……」

「え?疲れちゃったの?休憩する?あっちにベンチあるよ」

「ちょ、ちょっと休憩しようか?」


2人はベンチへと向かい、廉太郎は腰を下ろした。


「あれ?愛華ちゃん、座らないの?」

「私、アイス買ってくるよ」


アイスクリーム屋を指さして、そう言った。


「廉太郎君は何がいい?冷たいの食べれば疲れも吹っ飛ぶよ!」

「そうかなぁ?」

「そうだよ!さぁさぁ、何がいい?バニラ?チョコ?イチゴ?マンゴー?」

「その味、全部あるの?」

「全部あるよ!前来た時に見たのを覚えてるもん」

「前は何食べたの?」

「前来た時はぁ……、イチゴだったかな?」

「美味しかった?イチゴ」

「うん!とっても」

「じゃあ、イチゴにしようかな」

「オッケ~!」


そう言って愛華は、踵を返してアイスクリーム屋へと走っていった。


「元気だなぁ……」


廉太郎は独り言ちた。

ジリジリと夏の日差しに首元がやられ始めた頃、愛華は戻ってきた。

廉太郎に近づくと、はい、と言って、右手に持っていたイチゴのアイスクリームを差し出した。


このコーンの上にアイスが乗っているタイプを食べるのも随分久しぶりだな、と廉太郎は思った。


「早く食べなきゃ、溶けちゃうよ!」


愛華はそう言うなり、コーンのパリパリという音をさせながらアイスにかじりついた。幸せそうに頬張っているのを見てこちらも幸せな気持ちになった。その気持ちをトリガーにしてまたもや両親にアイスを買ってもらった事が脳裏にフラッシュバックした。


「食べないの?」


唇にバニラをつけた状態で、首を傾げて愛華は聞いた。


「あ、うん」


廉太郎はアイスを食べる。天空に燃える太陽の温度とは対照的に口の中はひんやりとして冷たくて気持ちがいい。そして、イチゴの味が口の中に広がった。


「美味しい」

「でしょ?ここのアイス、美味しんだぁ。廉太郎君にも食べてもらいたいなと思って」

「うん、美味しいよ」


アイスなんて久しく食べてなかったことを思い出した廉太郎は、あっという間に完食してしまった。


コーンを包んでいた紙を丁寧に折り畳むと、自分より先に食べ始めたにも関わらず未だにアイスを堪能している愛華を待った。


「ゴミ、捨てに行ってくるよ」


コーンの最後を口に放り込んだと同時に言った。


「あ、本当に?ありがとう」


そう言って、愛華は廉太郎と同じようにコーンの紙を丁寧に折り畳み、廉太郎へと手渡した。

それを受け取って、立ち上がりゴミ箱を探した。遠くにゴミ箱があるのを見つけると、早歩きでそこへ向かった。



「そういえばアイス、いくらだった?」


廉太郎はポケットを弄りつつ愛華に聞いたが、彼女は首を横に振って


「いらないよ。入るときのお金、出してもらったし」

と遠慮した。しかし、廉太郎は困った顔して、

「そうは言っても……」

と言いかけて、その後を続けるのをやめた。


この言葉の後は、自分が困る、と言いかけたのだがそれはあくまで廉太郎の気持ちであって、彼女の気持ちを汲んでないと思ったから止めたのだ。


「いいんだよ。私の奢り!」


困った顔した廉太郎の気持ちを察したのか、愛華はケラケラ笑った。


「それなら、お言葉に甘えて」


廉太郎も無理にお金を返そうとすると揉めるかもしれないと考え、それ以上は口を噤んだ。


「次が最後かな?」


愛華が時計を見ながら呟いた。廉太郎もそれにつられて時計を見る。


「ああ……そうだね」


太陽は未だ、地平線から顔をのぞかせていたから空はまだまだ明るかったが、帰る時間まで考慮に入れるとそろそろ園を後にしないといけない時間になっていた。


「最後は観覧車!」


愛華は、右手を天高く伸ばした。


「お?いいね」

「でしょ?行こう!こっちだよ!」


地図も見ずに愛華は、スタスタと歩き出した。あまりにも淀みなく移動をするので廉太郎は、驚きつつも後をついていった。


遠目から見ると小さく見える観覧車もその足元から見上げると途轍もなく大きい。

園のスタッフに誘導され、降りてきた観覧車に乗り込んだ。何年ぶりだろうか、これに乗るのは、と再び廉太郎は回顧する。


自分の今の置かれた境遇が過去の思い出を更に引き出そうと作用しているのだろう。こんなにも過去の楽しかった思い出を思い出すとは。


愛華は、ここまで狙って今日、自分を連れてきたのでは無いかとさえ、勘ぐってしまう。しかし、それは思い過ごしの何ものでもないことを廉太郎は分かっていた。


宮崎を逮捕した時の5人とそれぞれの両親……、いや、宮崎の動機の原因はもしかしたら、生野達の両親には伏せられているかもしれない。


でも、そのぐらい範囲だけである。それ以外の部外者が今の廉太郎の境遇を計り知ることは出来ないはずだ。と小難しい事を考えていると、むくれた顔した愛華に

「何考えてるの?楽しくない?」

と言われてしまった。廉太郎は慌てて、

「いやいや!そんな事はないよ!楽しい!愛華ちゃんと乗れて、本当に幸せ!」

と言い繕った。


「えー?本当にぃ?」


あまりの慌てっぷりに疑いの目を向ける。


「本当に!本当に!ただ、昔の事を思い出してただけ!」

「へぇ……、昔の事って?」

「ああ、家族で昔、観覧車に乗ったなぁって……」

「ああ、そういう……」

「うん。そういうこと」

「うちも昔乗ったなぁ観覧車……」


愛華は廉太郎の話につられて遠い目をした。


「そっちはどんな家族なの?」

「え?うち?ん〜……、まぁ……。普通だよ。小さい時は普通にこういう所に連れてきてもらったりしてたし……」

「普通」

「うん。普通。お父さんも普通に仕事に行ってるし、何だったらお母さんも仕事に行ってる」


廉太郎はほっと胸を撫で下ろした。身分違いだったらどうしよう等と内申考えていたが、愛華の家庭もごくごく普通、どころか両親が共働きである以上は家計が厳しい部分もあるかもしれない、と思うと安堵した。


「あっ!ほらほら、見て見て!」


安堵している廉太郎をよそに愛華は、一人はしゃぎ始めた。観覧車が遠くを見渡せるほどの高度まで上がってきた為だ。


「ここからの眺め好き〜」

「うん。キレイだね……」


空の比率は夜のほうが増えてきていた。そのせいか、眼下に広がる家やビルにはもう明かりが灯り、光の粒がそこかしこに点在している。遠くの方には、心霊スポットと名高い山が聳えており、人の住む場所と怪異の住む場所を如実にあぶり出している。


「ねえ……。そっちに座ってもいいかな?」


思わず廉太郎は、そんな事を口にしてしまっていた。突然の事だったからか、愛華は面食らった顔をしていたが、やがて穏やかに微笑むと


「いいよ」


とだけ言って少しだけ左にずれて、廉太郎が座れるスペースを作った。廉太郎は自分の所から空いたスペースに移動して、腰を下ろした。


「一緒に見る?」


愛華は、外を指さした。天頂部には三日月が、地平には夕日が。なんとも言えない共演が廉太郎の心を昂らせた。

言うなら今だ!


「あ、愛華ちゃん!ぼ、僕は君の事が!す、好きだ!」


思わず目を瞑って、両膝の上に乗せた拳をギュッと握って勢い任せにそう言った。その後、観覧車の中はシンと静まり返った。様子をうかがうように目を開けると、愛華の微笑んだ笑顔がそこにはあった。


「うん。知ってる」


静かに彼女はそう言って、廉太郎の唇と自身の唇とを重ね合わせた。




「そういえばさ、土曜日って何してるの?」


電車に揺られて廉太郎は質問した。


「え?あ〜、いつも友達と遊んでる……かな?」


自分と反対側の窓の外をぼんやりみながら愛華はこたえた。時間的に人はあまりおらず座ることができた。

遊び疲れていた2人は、真っ先にシートを目指して席を確保した。


「友達……ね」


それって、僕より大事なの?と聞こうとした瞬間、電車内に鼻の詰まったような声で、降りる駅へと到着する事が告げられた。


プシューと電車が止まる。


手を繋いで電車から降りた二人。廉太郎にとっては本来降りる駅ではないが、愛華をどうしても送って行きたかったのだ。


「行こう」

「うん」


愛華の手を引っ張って歩いていく。愛華の家まで近道しようと思い繁華街を抜けていくと、ホテルが立ち並ぶエリアへとたどり着いてしまった。


「あ!」

「どうしたの……?あ……」


ホテル特有のギラついたネオンが二人を歓迎する。


「あ、いや、そういうわけじゃないんだ」

「……」


高校生にもなればここがどういう場所かはふたりとも分かっていた。あたふたと慌てる廉太郎とは対象的に愛華は落ち着き払っていた。


「廉太郎君……」

「え!?ち、違うんだよ!?あ、あの、愛華ちゃん家まで近道しようとしたんだけど……!?」

「……いいよ?」

「え?」

「いいよ。入っても……」


そ、それは、と廉太郎は愛華の言葉の真意を想像すると鼓動が高鳴り、いらぬ想像が頭をよぎり始めた。


愛華の顔は真っ赤だ。それは暗がりでもハッキリと確認できたし、自分自身も恐らく顔が真っ赤なのだろう。頬が熱い感じがしていた。


言われた方でさえ、こんなにも恥ずかしいのだから、言った方は更に恥ずかしいだろう。そう思うと無下に断るのには気が引けたが……。


「ううん。きょ、今日は止めよう。ま、まだキスしたばっかりだし……。ご、ごめんね。愛華ちゃんが言ってくれたのに……」

「え!?ううん!いいんだよ!いいの!いいの!」


愛華は安堵しているようにも見えた。やはり緊張していたのだろう、と廉太郎は思った。気まずくならないように下らない会話をして家路を急いだ。





「少し勿体なかったかなぁ……」


ベッドに寝転がり天井のシーリングライトをぼんやり見ながら独り言ちた。

でも、お互いに初めてなのだから、もう少しこの距離感を楽しみたい、プラトニックな関係でいたい、と廉太郎は思った。


右手の人指指で自身の唇をなぞって、あの時のキスの感触を思い出す。これがファーストキスの味か、なんてセンチメンタルな事を考えていると、やがて睡魔が廉太郎を迎えに来た。

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