第16話:賞賛される月曜日
後日、警察署から連絡が有り、高校の制服を着て警察署へと赴いた。
本当は今日は愛華と合う約束をしていた日なのだが、今日の事を伝えると行ってきたら?というメッセージを貰った。
警察署の受付で生野とバッタリと出会った。
「よう」
あれきり5人は会う事は無かった。誰とはなしに会うのを避けていたのだ。
「元気にしてたか?」
生野は楽しそうに聞いてきた。久しぶりだからか、心なしか嬉しそうである。
「いや……」
生野とは対照的に、廉太郎は暗い顔して首を横に振った。廉太郎の顔を見て、生野の顔も曇った。
「そうか……」
生野を含め、廉太郎を除く四人も宮崎が犯行に及んだ理由等を警察から聞いていた。
「まあ、行こうぜ!暗くなっててもしょうがないし!」
廉太郎は努めて明るく振る舞った。本当は有川家は先の事件があってから家の雰囲気は暗くなった。
明らかに道子が俊哉を避けているためだ。廉太郎は両親を慮ってか、平等に接した。
しかし、それは廉太郎の心に少なからず暗い影を落とす原因になっていた。
「そうだな」
指定された階の会議室へと向かう。廊下には長嶋、近藤、浜野がいて、その背後には制服姿の女性警察官が立っていた。
「あ!先輩!」
浜野の元気な声が響いた。廉太郎と生野は3人と合流し、輪を描くように5人は立った。
「心配したんですよ!先輩!」
浜野はいつも通りとはいわず髪を下ろし、メガネをかけていなかった。
「今日もコンタクト?」
「はい!先輩に会うためです!」
「ははは。ありがと。でも、ホントは写真とるからでしょ?」
「あ。バレちゃいました?」
5人は、ははは、と声を上げて笑った。
「有川君も大丈夫か?」
近藤は廉太郎を心配した。
「何とか」
廉太郎は苦笑した。
「これで部活が再開できるな」
長嶋が言った。
「あ。それもそうだな。近藤、どうなの?警察は通り魔捕まえたってもう世の中に言ってんじゃん?」
「昨日、先生とは話ししたよ。部活再開できるって」
「いつから?」
「明日、明後日にでも。決まったらコムニアスでメッセージ送るよ」
「つーか、日曜日も先生と話してんのか?疲れねーの?」
「いいや。剣道の話をするのは楽しいからね」
「そんなもんかね?」
ふーん、と長嶋は流した。
「君達、そろそろいい?」
後ろで5人の会話を見ていた女性警察官がそろそろ時間だからと声をかけてきた。
「はい」
「有川君ってどの子?」
「あ、僕です」
廉太郎は右手を控えめに上げた。
「君が最初に賞状を受け取って。全員賞状を受け取ったら、5人で写真撮影だから。その時有川君は真ん中ね」
「はぁ……」
「なーんで、有川ばっかり」
生野が口をとがらせ講義した。
「しょうがないだろ。今回は廉太郎が主役なんだから」
長嶋がそれを窘めた。
「僕らはおこぼれで十分だよ」
「いや、キャプテンは宮崎を気絶させたでしょ。おこぼれでレベルじゃないよ」
「そうですよ!私なんか交番に入っただけです!」
「まあ、生野がもたついてたからね」
「うるせー」
「じゃあ、君達!入って!」
廉太郎を先頭に5人は会議室へと入っていった。一歩足を踏み入れた途端にフラッシュの洗礼を受ける。カシャカシャカシャとシャッターをきる音が鳴り響いた。
廉太郎は中央に立っていた初老の制服を着た男性警察官の前に立った。
マイクスタンドを隔てて初老の警察官と廉太郎は向き合う。すると再びシャッターがきられる音が鳴り響いた。
ひとしきりシャッター音が鳴り響いた後、先程までとは打って変わってシンと静まり返った。
初老の警察官はそれを合図に、後ろに佇む女性警察官から書状を受け取り、咳払いを一つ。
「おほん。えー……、有川廉太郎殿。貴殿は……」
書状の内容を読み始めた途端にまたもやシャッターがきられる。このようなやり取りを5回繰り返した後、全員で集合して写真を撮った。
「何だよぉ?これ……」
警察署の帰り、駅前の公園に集まった。公園のベンチに座った途端に生野が愚痴り始めたのだ。
「何って、感謝状だろ?」
廉太郎は右手に丸められて黒い筒に入れられた感謝状を生野に見せた。
「いや、分かってるよ。そういう事じゃなくて!」
「紙以外貰えなくて残念がっているんだろう?」
近藤がニヤニヤと笑った。
「まあ、大方その通り」
「確かに感謝状以外になにか貰えないかなって期待はした」
長嶋も生野に同意した。
「私はあまり期待しませんでした」
浜野は率直に言った。
「僕もだ。有川君もだろう?」
「うん。僕は自分のこの数字の秘密さえ分かれば、後はどうでもよかった」
感謝状の代わりにもらったものは、崩壊しかかっている日常だ。
「廉太郎もあんまり気に病むなよ?」
「うん……。僕はいいんだ。でも、母さんが……」
「……」
皆一様に黙ってしまった。廉太郎に何と声をかければよいのか分からなくなった為だ。
しばらくそうしていると、生野が何かを思いついたように、あ、と声を上げた。
「どうした?」
「なあ、これからカラオケ行かね?」
「カラオケぇ?」
「あ!いいですね!行きたい!行きたい!」
「廉太郎もどうだ?気分が晴れるぜ!」
廉太郎には、生野が気を使ってそんな提案をしたことが分かっていた。
「行くよ」
だから、無下に断るわけにはいかなかった。
「じゃあ、そこのビルにさカラオケあんだよ!行こうぜ!」
生野を先頭にぞろぞろと5人はカラオケへと向かった。
「あー!歌った!歌った!」
生野がビルから出ると伸びをした。
外はもう日が沈みかけていた。随分と長い間カラオケに入り浸っていたのだ。
「随分長い間、歌ってたな」
「僕は初めてだったよ。カラオケ」
「キャプテンはそうだろう」
「おや?勝手な決めつけは身を滅ぼすよ?」
「これに関しては当たってた」
「ふふん……」
「有川先輩、歌上手でした!」
廉太郎は浜野のおべっかにドギマギした。女の子に褒めてもらうことなど何年ぶりのことだろう?
「いや、それ程でも無いよ」
廉太郎は首を横に振った。
「いやいや!私、聞き惚れちゃいましたもん!」
ここまで持ち上げてくれるのは、とても気持ちがいいものだと思った。
「え?浜野ちゃん。俺の歌は?」
生野は自分を指差しながらにやけた顔で聞いている。
「先輩は……。まぁまぁでした!」
「えぇ……?これでも有川よりかは上手だって言われてたんだけどなぁ」
「ふふふっ。でも、私には有川先輩が一番上手に聞こえました」
「そ、そんな……」
生野はガックリと肩を落とす。
「はははっ。ちなみに有川君は気分はどうだい?」
「何となく気が晴れてきたよ。ありがとう、皆」
「何だよ~。水臭いな、俺たちの仲だろう?」
生野が恥ずかしいのか照れくさそうに言った。すかさず長嶋が茶々を入れる。
「恥ずかしいならそんなセリフ吐くなよ」
「おまっ!?いいだろ!?たまにはさぁ」
「浜野さんにいい所を見せようとしているのかい?」
「えぇ!?コンドっちまで!?」
ははは、と近藤は声に出した後、真面目くさった顔になって
「前にも言ったろ?困ったことがあったら言ってくれって」
「あ、ああ。覚えてるよ」
「こんな事しか出来ないかもしれないけど……」
「私達を頼ってくださいよ!」
廉太郎は4人の顔を順々に見据えていった。自分にはこんな仲間たちがいてくれるのだと痛感した。例え、両親や楓があてにならなくても、皆や愛華がいてくれる。自分はなんと幸せなのだろう、と廉太郎の心の中に安堵が広がっていった。
「みんな、ありがとう」
だから自然とそんな言葉が口を出た。
それから浜野がもう帰らないと行けない、というので解散することになった。
家へ帰る途中、堂島医院の前に差し掛かると楓が病院を閉める作業をしていた。あのメガネの男はいない。
「楓ねえさん」
廉太郎が声をかけると、楓は声の主を探してキョロキョロとあたりを見回した。
「こっちだよ」
廉太郎は楓に近づいて再度声をかけた。そうすることでようやく楓は廉太郎を見つけることができた。
「あ、レンちゃん」
「今、終わりなの?」
「うん、もう帰るよ」
そう言いながら自動ドアが動かないかどうか上から下まで指差しながらは確認している。廉太郎はそれが終わるのを待った。
「終わり!一緒に帰ろ!」
長い黒髪が揺れた。
「聞いたよ。何か、通り魔の犯人捕まえたんだって?」
歩き始めて数分、おもむろに楓が称賛をこめて口にした。
「え?誰から聞いたの?」
久しぶりに楓に褒められた気がして、廉太郎はむず痒く気恥ずさもあったが、純粋に嬉しかった。
「ん?おばさんから」
「母さん……何でも喋るから……」
「うふふ、まぁ、おばさん、昔からお喋りよね」
「そうだね」
「まあ、レンちゃんが誇らしくなって嬉しかったんでしょ?」
「そうかな……」
「そうよ。でも!もう二度とこんな危ない事をしないで」
急に楓が語気を強めた。
「え?ど、どうしたの?急に」
道子にさえそのような事は言われなかった。
「レンちゃんにもし何かあったら、私も含めて色んな人が悲しくなるわ。二度とやらないって約束して」
楓は、左手の小指を廉太郎に向けた。廉太郎はぼうっとその指を見ていたが、やがて自身の右手の小指を結んだ。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本、飲ーます。指切った」
楓が歌い、互いの指を離す。昔、こんな事があったな、と廉太郎は懐古した。
「レンちゃん、本当に駄目だからね!」
「分かったよ……」
廉太郎は、不承不承に応えた。
その後は他愛もない会話を繰り広げ帰途についた。
夕飯を食べ、お風呂も入ってベッドに倒れ込む。
警察署に行って、カラオケ行って、と中々にハードだったせいか、睡魔が襲ってきた。
「疲れた」
独り言ちると机の上に置いておいたスマホが鳴動した。
「近藤かな?」
部活を明日か、明後日には始めると言っていたから、その連絡かもしれないと思い、廉太郎はスマホを手に取った。
画面にはラブリーフラワーと近藤からメッセージが届いていることが表示されていた。
「近藤のから見てみよ」
画面をタップすると、
〈みんなも知っている通り、通り魔の犯人が捕まった。なので、明後日から部活再開が決定した。午前中から夕方までみっちりやるぞ。覚悟しておいてくれ〉
部活が最近出来なかった反動でこころなしか近藤が張り切っているように感じた。
次に愛華からのメッセージを開く。
〈廉太郎君、聞いたよ!通り魔、捕まえたんだって!?〉
〈すごいじゃん!〉
立て続けのメッセージの後にうさぎがクラッカーを鳴らしているスタンプが来ていた。
嬉しかったが、それをなるべくおくびに出さないように廉太郎は、努めて平静を装った文体でメッセージを返す。
〈そんなこと無いよ!たまたま犯人だっただけ!〉
すぐに返事が返ってくることは無いだろうと踏んでスマホをベッドに投げ出したが、投げた途端に鳴動したため、慌てて拾い上げた。
〈いやいや、カッコいいよ。ホントに……〉
『カッコいい』……。女の子に言われたい単語の第3位のワードだ。
〈僕一人だけの手柄じゃないし、生野とか長嶋もいたよ〉
〈どうして私を誘ってくれなかったの?〉
話が急展開した。
〈危ないじゃん?〉
〈え?他に女の子もいたって聞いたよ?〉
そんなことを誰に聞いたのか、と訝りながら疑問をそのまま入力した。
〈誰に聞いたの?〉
〈友達〉
〈よく知ってたね。その友達〉
浜野や近藤が自分からこの事を吹聴するとは思えない。愛華と廉太郎5人はの間に共通の友達は居ないはずだった。
一体友達とは誰なのか。
〈私も警察の人に感謝状貰いたかったなぁ〉
〈貰ったからって特に何も無いよ(笑)〉
〈感謝状がもらえるでしょ(笑)〉
〈まあね(笑)〉
〈話変わるけど、マリシアスコードやらない?〉
〈いいよ!この前友達にまた装備をもらったんだ〜〉
〈じゃあ、あっちで〉
〈うん〉
廉太郎はそう言って、マリシアスコードのアプリを起動した。
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