第15話:木曜日のエピローグ

警察署のベンチに廉太郎たちは座っていた。彼らの周りには彼らの両親が来ており、苛立つ者や我が子を心配する者など三者三様であった。


道子は後者で怒りもしなければ呆れもせず、ただただ廉太郎の事を心配していた。俊哉は仕事があるから行けない、と連絡があったようだ。


「もうすぐ終わるのかしらね?」


時計の針は、夜の11時を指そうとしている。


「もうそろそろ終わってほしいな」


廉太郎は連続する手続きに辟易して、そう言った。そこから5分ほど待つと、制服姿ではなくスーツ姿の人物が廊下の向こうから真っ直ぐ廉太郎に向かって歩いてきた。


「有川さんでしょうか?」

「ええ、はい……」


道子が不審げに返事をした。


「私、こういう者です」


刑事は上着のポケットから警察手帳を取り出して、道子に自身の写真と名前を見せた。


「少し、息子さんと話しさせてもらってもいいでしょうか?」

「え、ええ……」


道子が不安げに了承すると刑事はベンチに座る廉太郎に向き直り、なるべく廉太郎と視線が合うように腰を落とし、中腰になった。


「君が、有川廉太郎君……だよね?」


眉が濃く一直線で、一重でありながらパッチリとした目が妙に印象的な刑事だ。


「はぁ……、そうですけど……」


廉太郎は何を聞かれるのかと、おずおずと返事をした。


「まぁ、そんなに構えないで。僕は刑事の森長と言います」


そう言って、先程道子にもしたように上着のポケットから警察手帳を出して、廉太郎に見せた。確かにこの人は森長という名字で、顔と写真が一致した。


「その刑事さんが何の用でしょうか?」


森長は、警察手帳をポケットにしまい込みながら言った。


「君達は、どうしてあの犯人の所に行ったんだい?」


柔らかな口調とは裏腹に廉太郎達を咎めるニュアンスを含んだ言い方だった。


「それは……」


廉太郎は言い淀んでしまう。昼頃、ここの警察署の受付にいた警官に本当の話をしたら門前払いをくらったためだ。どうせ、言っても信じてくれないだろうと諦めが廉太郎の中にはあった。


「どうした?言いづらいことがあるのか?」

「……いえ」

「そういえば、君達、お昼頃、うちに来たらしいね」


ここでいう『うち』とは警察署のことである。


「あ、ええ。来ました」

「その時に宮崎が、例の通り魔の犯人だって言ったんだって?」


そのセリフを後ろで聞いていた道子が怪訝な顔をした。


「ええ。本当です」


母の前だから嘘を付きたかったが、これはどうしようもない、と廉太郎は観念して相槌をうった。


「どうして、そう思ったんだい?」

「それは……」

「ここで言い淀むのか。じゃあ君が言いづらい事は、どうして犯人が分かったか、という事なんだね」

「……」

「だんまりは肯定として捉えるよ」

「……」


廉太郎はなんと言おうかと逡巡した。ズルいと言おうか、本当の事を言おうか、と迷った。


「どうして言いづらいんだろう?」

「……」

「それは……」


廉太郎が黙っているのをいい事に森長は次から次に喋り立てる。


「『超能力』を使ったからだ」


廉太郎は森長の言葉に目を見開いてしまった。森長がそれを見逃す筈もなく、ニヤッと不敵な笑みをこぼした。


「図星だね」

「……大の大人がそんなことを言って楽しいですか?超能力だなんて……」

「いや、いいんだよ?そんな構えなくて。そうか『ギフト』か……」


森長の言葉の最後は自身に訴えかけるように消え去り、廉太郎の耳にはハッキリとは聞こえないほどの声量だった。


「刑事さんは僕が超能力で犯人当てましたって言ったら信じるんですか?」


森長は面食らったような顔をしたが、やがて穏やかな顔をして、

「うん。信じるよ」

と言った。


廉太郎は、その言葉の真意を測りかねた。


「け、刑事さん。廉太郎にはそれが用だったんですか?」


道子が目の前で繰り広げられる荒唐無稽な会話に嫌気がさしたのか、もしくは我が子への助け舟のつもりなのか廉太郎と森長の会話に割って入った。


「いいえ、お母さん。本題はここからです」

「……」


道子は黙ってしまった。


「いいかい。廉太郎君。君は犯人が何故、君を狙ってきたか理解しているかい?」

「え、ええ……」


母に目配せをして相槌を打った。これからこの刑事は何と言うのだろうか?その内容で母が傷つきはしないだろうか、ということを廉太郎は考えていた。


「そうか、それなら早い。君にとってはとても辛いことかもしれない。辛くないかもしれない」

「……」

「宮崎が君を狙った理由は、君のお父さんに原因があると宮崎が言っている」

「え!?ど、どういう事ですか!?」


道子は、動揺しながら森長に詰め寄った。


「廉太郎君。君のお父さんは宮崎に対して、日々パワハラとも取れる態度を示していたみたいなんだ。そして、それは君のお父さんだけでなく、その組織の一部にも広がったらしい」

「そ、そんな……」


廉太郎よりも道子の方がショックだったようで、顔が一気に憔悴した。


「そうやって組織が宮崎を邪険に扱うようになってから当然彼の中にもストレスが溜まっていった」


憮然とした態度で森長を廉太郎は見つめた。森長もその視線を真っ直ぐに受け止めた。


「そのやり場のないストレスを誰かにぶつけたくなったのだと」

「それが僕を狙った動機ですか?」

「そういうこと。君がパワハラの元凶の息子だから」

「そう、ですか……。それにしても、よく僕が息子だって分かりましたね?彼」

「ああ。君のお父さんのデスクの上に何枚か写真があって、その内の一枚に君が写っていたらしいよ」

「はぁ……」


家族思いなのをアピールしたかったのだろうか?父の心情や人となりがだんだんとぼやけてくる。家と外とで随分と人が違う。どれを信じたらよいのか、もう廉太郎には分からなくなっため、ため息とも返事とも分からない曖昧な返事をした。


「それと通り魔の動機も同じだよ。君の睨んだ通り、この夏の3件の事件は宮崎が犯人だった。自供したよ。あいつが」


全然心が晴れないエピローグ。通り魔の犯人を捕まえたのに、どうしてこんなにもモヤモヤするのだろうか……。


「やっぱりですか……。宮崎はどうなるんですか?」

「まあ、殺人事件と未遂と傷害が2件だからね……。結構重いと思うよ。でも、動機が動機だし情状酌量の余地はあるかもね」


動機……、パワハラによるストレス。

原因を作ったのは、今ここにはいない父を含めた会社の同僚たち。


「でも、お手柄だったよ」

「え?」

「警察は宮崎を全然マーク出来てなかった。やり方はどうであれ、我々よりも先に犯人を捕まえたんだ。お手柄だよ」

「全然……、嬉しくないですね……」

「まぁ、そう言うなよ」

「……」

「君を含めた5人には感謝状が送られる。多分、また後日、ここに来てもらうことになると思う」


チラ、と道子に目をやる。心ここにあらずと言わんばかりに口をパクパクさせて金魚のように放心していた。森長刑事の後ろから制服を着た警察官が来て事情を説明した後、廉太郎達は解散した。


その夜、へとへとになって帰ってきた廉太郎を出迎えたのは心配した顔をした父だった。


「れ、廉太郎!?大丈夫か!?警察にやっかいになったんだって!?」

「ただいま」


内心父を許すことはできていない。心の整理が出来ていないが、平静を装う。道子は何も言わずに靴を脱いで洗面所へと向かっていった。


「大丈夫だったのか?ケガしてないか!?」


父は動揺を隠さず心配して見せる。これは父の本性なのか、作り物なのか廉太郎は測りかねながら、


「大丈夫だよ。ケガしてない。後、賞状くれるってさ」

「しょ、賞状?な、何で?」

「後で話すよ。今日はもう疲れた」


廉太郎達が家に着いた時には、もう既に日付が変わっていた。


「そ、そうか……。今日はもうゆっくりお休み」


その優しさが鼻についた。

そして、最後に質問しようと考えた。


「ねえ」

「うん?」


階下の父を見下げるように言った。


「父さんの会社に宮崎って言う人いる?」

「あ、ああ。いるよ?変な奴だけど……」

「そっか……」

「それがどうかしたのか?」

「何でもない」


廉太郎はそう言って自室へと向かった。

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