第12話:木曜日のレコニサンス
翌々日の木曜日
当たり前になりつつある短縮授業を終え、1年生のクラスがあるフロアの階段で廉太郎達は集まっていた。
「キャプテン、遅いな」
長嶋がそう呟いた時、廊下の向こう側から、近藤と女子が並んで歩いてくるのが見えた。
「あ。来たよ」
近藤が自分たちの所にやってくるのを黙ってみていた。
「や。待たせたかな?」
爽やかな笑顔。
「結構待った」
「すまん。すまん」
近藤は茶目っ気たっぷりにそう言った後、自身の後ろにいる女子に前に来るように手で促した。後ろに隠れるようにしていた女子はモジモジとしながら前へと出てきた。
「彼女が浜野 舞さんだ。有川君、彼女であってる?」
「うん。この子だ」
浜野は、俯いたままで居心地が悪そうだった。しかし、次の瞬間に面を上げて、廉太郎を真っ直ぐに見た。
「あ、有川先輩!この間はありがとうございました」
そう言って、彼女は深々と素早く頭を下げた。
「あ、いや。いいんだよ。気にしないで」
「いえ。ずっとお礼を言いたかったんですが、うちの高校の人って言うこと以外分からなくて……。探してたんですけど、まさか近藤先輩のお友達とは知りませんでした。お礼が言えて良かったです」
廉太郎は、一つ年下ながらにしっかりしているな、と思った。
「本当にこいつに助けてもらったの!?」
生野が廉太郎の前に出てきて、廉太郎を指を指しつつ聞いた。
「ええ。助けてもらいました。あれ以降、ああいう事はありません」
「本当の話だったのか……」
長嶋もにわかには信じられないという顔をしている。
「では、有川君の話を信じなければならないな」
近藤は腕を組んで言った。
「話……ですか?」
浜野の眼鏡の奥から好奇の目が光る。
「あ。あぁ……。ちょっとね。危ない話」
「え?危ないんですか?」
「うん。危ない」
「どんな話なんですか?聞かせてください!」
「え?」
四人は声を揃えた。
「何?この食いつき方」
「せ、先輩の事、もっと知りたいんです!聞かせてください!」
「おい!有川!どういう事だよ!?何で、この子がお前のこと知りたいなんて言ってんだよ!!」
生野の目が釣り上がる。その背後には金剛仁王像が見える。いつかと同じような状況になった。
「え!?し、知らないよ」
「どんな話なんですか!?有川先輩!」
たじろぐ年上男子達とそれらをたじたじにする一人の女子生徒の構図が廊下を行く他の生徒たちの好気を誘った。
「有川君、ここは目立つから、場所を変えないか?」
「そうだな、廉太郎。キャプテンの言う通りだ!場所を変えよう!」
「う、うん」
例によって剣道部の部室へとやってきた。
部室は鍵がかかっているが、近藤がスペアを持っているため、侵入も容易だ。
板張りがひんやりしていて気持ちいい。
廉太郎達は、一昨日と同じようなポジションで座った。それに倣い、浜野もスカートの中が見えないように丁寧に座った。
「じゃあ、話をするよ?」
「はい!」
「信じるか、信じないかは君次第だからね」
廉太郎は何処かで聞いたようなフレーズを言ってからとつとつと話し始めた。
「……というわけなんだ」
「大丈夫なんですか?そんなことして……?」
「いや、だから危ないって言ってるの」
「あ〜。確かに危ないですねぇ」
廉太郎はだんだんこの子がしっかりしているのか、呑気なのか分からなくなってきた。
「でも、本当にそんな数字が見えるんですか?」
「うん。この数字が見えるからこそ、あの痴漢を捕まえられたんだけど?」
「あ〜、そっか……。じゃあ、先輩達はこれからその犯人の家に行くんですか?」
「まあ、そう決めたし」
「わ、私も行っていいですか!?」
「な、何でそうなるの?」
「せ、先輩と一緒にいたいからです!」
電車の中で見た浜野からは物静かな印象を受けたが、その印象によらず浜野は積極的な人間だった。こちらが俗に言う素の状態である。学校では眼鏡キャラを従順に演じているだけだ。
えーっと、と廉太郎がたじろいでいると、ふと、猛烈な視線を感じた。
生野だ。
「あ〜り〜か〜わ~!」
「だ、だから知らないって!」
「まあまあ、生野。こらえろよ。話もこれぐらいにして、そろそろ行かないか?」
「そ、そうだよ、生野。長嶋の言う通り、時間が無くなっちゃうよ!」
怒れる獅子をなだめすかすように有川が言った。その発言により各々クラスへ戻り、バッグを持って校門で再び集合することにした。
天頂にいた太陽は既に地平線を目指し始めている。
夏の暑さ厳しい青空の下、3人が愚痴る。
「あちぃ〜!」
「汗がやばいよ……」
「立ってるだけで汗ダラダラって、どういうこと……?」
近藤だけは涼しい顔で立っている。
「何で近藤だけ何ともないの?」
「ははは。心頭滅却すれば火もまた涼し!というじゃないか。逆に何故、君たちがやらないのか、聞きたいぐらいだ」
「それができるのはキャプテンだけだよ」
そんな会話をしているとわ、玄関口から走ってくる人影が。
「すみませ~ん!遅れちゃいました!」
「遅いよぉ」
「すみません。友達に捕まっちゃって……」
「持つべきものは仲の良い友人、ってね」
長嶋が皮肉を言った。そんな言葉をあえて無視して
「浜野さんも来たし行こう。もたもたしてたら犯人が帰ってきてしまう」
と廉太郎は言った。
浜野が長嶋の言葉に気分を害してほしくなかったからだ。
5人はぞろぞろと校門を後にした。
アスファルトの照り返しが暑さを助長する。暑い、熱い、と情けない声を出しながら3人は歩く。残りの2人は涼しい顔をしている。
「なあ……?」
「何……?」
「犯人をさ、捕まえたら、何か貰えんのかなぁ?」
「どうせ、賞状だけだろ?物欲に引っかかるようなものは貰えんさ」
「そっかぁ……」
「まあ、生野君。思い出をもらったと思えばいいじゃないか」
「近藤っちはいいよなぁ、そんな風に考えられて」
「ははは」
そんな下らない話をしていると、やがてあの交差点へとやって来た。
「有川先輩、どっちですか?」
浜野が聞く。
廉太郎は宮崎の家へと続く道を指さしながら、
「こっち」
とだけ言った。
「皆さん!こっちだそうです!」
「おー、行こう行こう」
先程出会ったばかりの浜野は、もう廉太郎達に馴染んでいる。
廉太郎はふと、足を止めて、人方向に視線を向けた。その視線の先には愛華の家がある道路がある。
廉太郎は今日、一緒に帰れなかった事を少し後悔していた。昨日も一緒に帰ったが、贅沢を言えば毎日一緒に帰りたかった。
「おーい、有川!どうしたー!?」
「先輩!早くしてください!」
「分かったぁ!」
4人は廉太郎を残して相当前へと進んでいたので、廉太郎は走って4人を追いかけた。
「ここだ」
陰鬱な住宅街のあのアパート、猿猴荘を指さしながら廉太郎は言った。
「すげぇ、ボロいんだけど……」
「何かこの辺りヤバくね?」
長嶋と生野が率直な意見を漏らす。浜野は廉太郎のズボンを握り、後ろに待機している。近藤は堂々と猿猴荘を見上げている。
「じゃあ、当初の目的通り少しこの辺りを歩こう」
近藤の発した言葉で5人は再びぞろぞろと歩き出した。猿猴荘の近所には、意外な事にコンビニがあった。
「あ。こんな所にコンビニ……」
「人くんのかよ?こんな所に建ててよ」
「ちょっと喉乾いたなぁ。俺、飲み物買ってくるよ!」
「俺も行くよ」
「私も!」
「有川君、僕らも行こう」
「うん」
広々とした駐車場を抜けて、コンビニに入る。外の熱気とは対象的に猛烈な冷気が襲ってくる。だが、温められた身体にはこの冷気が心地良かった。
店内には客が誰もおらず、開店休業中だった。
「生き返る〜!」
「僕は店員さんと話してくるよ」
「僕も行くよ」
廉太郎と近藤は、レジにいる店員の前にやって来た。
「いらっしゃあせぇ。お?高校生?珍しいね」
店員はやけにフレンドリーだ。短髪の金髪に耳のピアスが怪しく光る。いかにも悪そうな若者である。
「あの。ちょっと聞きたいんですけど?」
近藤はそんな風貌の人間であっても恐れず堂々と質問する。
「はいはい」
「この辺りに交番とか、警察署とかありますか?」
「表の道を真っ直ぐ、あっちに……そうだなぁ、4、500メートルくらい行った所に交番があるよ」
「あ、後、変なこと聞きますけどこの辺で変な人見たことありませんか」
金髪の店員は顔を傾けて空に視線を漂わせて、やがて頭を振りながら言った。
「いや、この辺がさ、既に変な所じゃん?変な人しかいないよ」
廉太郎は、アンタも充分変な人、と心中で言いながら近藤と店員のやりとりを見ていた。
「だから変な人がいても、もうそれは変じゃないんだよね」
この界隈では普通の人が変な人扱いで、変な人が普通扱いなのだ。
「はぁ、ありがとうございました」
近藤がお礼を言ったのを見計らって、生野がジュースをレジに出した。店員は差し出されたジュースにバーコードリーダーを当てた。
「128円ですねぇ」
「じゃあ、こいつで」
と生野はスマホを指さした。
「へい、じゃあ、そこにスマホを当てて」
生野は慣れた手付きでスマホをレジ横の機械に押し当てる。〈チャリーン〉と決済が完了した音がなると、スマホをポケットにしまい、レジの上のジュースを取った。
「ぁりがとうございましたぁ」
その次に長嶋が並んでおり、更にその後ろには浜野が並んでいた。
その光景を見て、廉太郎は
「俺もなんか買お」
と言って、ジュースを選びに行った。
「碌な情報が得られなかったな」
近藤は炭酸飲料を片手に残念そうに言った。
「でも、交番の位置は分かった」
黒い炭酸飲料が入ったペットボトルから口を話すと廉太郎は、そう言った。
「じゃあ、そっちに行ってみるか」
「そうしよう」
コンビニの車止めブロックに腰を下ろした長嶋と生野が会話している間、廉太郎は浜野の視線を感じ、彼女を見た。どうかしたの?と視線で送ったつもりだったが、彼女はニッコリと笑っただけで何も発しはしなかった。
「よっし!じゃあ、行こうぜ!」
生野は腰を上げると、飲み終えたペットボトルをゴミ箱に突っ込み、尻の埃をパンパンと払った。
それに合わせて、長嶋も立ち上がりジュースをカバンに仕舞い込んだ。
5人は店員から聞いた方向へ近藤を先頭に歩き出した。平日の午前中だからか二車線の道路はほとんど車が通らなかった。数分歩くと、その車道に面するかたちで交番がみえて来た。
「あ、あれか」
「そうみたいですね」
交番の前までぞろぞろと歩いていく。
「あのアパートからここまでだと、走ってざっと2分半ぐらいかなぁ?」
廉太郎は自身の脚力との兼ね合いからそう言った。
「俺はもう少し早く走れるかなぁ」
「僕もだ」
長嶋と近藤が声を揃えて言った。
「二人には敵わないよ」
「もしあの犯人が暴れたりしたら、ここに逃げ込むか。」
「もしくは、ここに警察を呼びに行くか、だ」
「それだったら、スマホで電話した方が良くないですか?」
「電話かけられるほど冷静でいられるかな?」
「無理ですかね?」
「やってみなきゃ分からないね」
交番の駐車場で5人の高校生が騒いでいても交番はシンとしていた。
「どう動くかは後で考えよう。じゃあ、もう少しこの辺を見て回ろうか」
近藤の一声で周辺を歩く。
遠くから響く蝉の音と共にずらずらと車の来ない道を歩く。夏の暑さが彼らの額に汗をかかせる。
夏服のシャツが汗で濡れて肌にひっつき、気持ちが悪かった。そうして、ある程度散策したところで再び猿猴荘へと帰ってきた。
「はあ、中々きついな」
「生野は部活しないからだよ」
「それはあるな……。はぁ」
「どうだった?キャプテン。ここら辺の地理は頭に入った?」
「うん。ある程度は」
5人は猿猴荘を見上げる。そのボロアパートのどの部屋にも明かりは灯っていなかった。
「じゃあ、一旦帰ろう。ここにいると犯人に出会うかもしれない。そろそろ帰ってくる時間に差し掛かってるし……」
廉太郎はスマホを取り出して時間を確認する。この廉太郎の一言で解散するムードになった為、5人は猿猴荘を後にした。
駅の繁華街で、電車組、徒歩組で別れ解散となった。
改札を抜けた先で廉太郎は立ち止まった。生野に別れを告げる為だ。
「じゃあ、生野。ここで」
「おう。有川。また、明日な」
「生野先輩、さようならです!」
「浜野ちゃんもそっちなの?」
「はい!」
おさげが揺れた。
「いいなぁ。何で?有川?」
「いや、俺に聞くなよ」
そこから二言三言会話をし、有川と浜野、そして、反対方向の生野は互いの進行方向の電車のホームへと向かった。
運良くホームに下りた時に電車が入ってきた。
「丁度電車が来た!」
「乗りましょ!乗りましょ!」
電車のドアが開くと二人は飛び乗った。
電車の中は冷房が聞いており、汗に濡れたシャツを冷やした。
「気持ちいい〜!」
「ホント」
「先輩達って本当に仲がいいんですね」
電車が動き始めたため、大きく揺れる。その拍子に浜野は廉太郎の手を咄嗟に掴んだ。掴んだのと同時に二人の視線はバッチリと合ってしまい、見つめ合うかたちになった。
「あ!す、すみません!」
「……」
お互い視線を反らした。二人揃って心臓の鼓動が早くなる。自分には小泉愛華という存在がいるんだ。落ち着け!と何度念じても鼓動は収まる気配は無かった。
ガタンガタンと電車が一定のリズムを刻む。二人は先程の出来事のせいでちょっとバツが悪かったが、このまま黙っていてもそれはそれでバツが悪いので廉太郎は口を開くことにした。
「さっきの話だけど……」
「え!?て、手を繋いだことですか?」
「えっ!?ち、違うよ、それじゃない」
繋いだ手の感触を思い出して二人揃って赤面する。
「あの僕達が仲が良いって話」
「あ、ええ。そんな質問しました」
流れる窓の風景に目を向けたまま廉太郎は続ける。
「僕と生野と長嶋は同じクラスだから、だいたいいつもつるんでるし、近藤は同じ部活だからそこで毎日顔を合わせてた」
「いいですね。仲のいい友達がいるって」
浜野の発言に悲哀を感じた廉太郎は彼女に視線を向けると悲しそうな顔をしていた。
「どうかしたの?浜野さんにだって仲の良い友達いるでしょ?」
「うーん、どうなんでしょう?皆クラスメートって感じで友達って感じの子はいないような……」
「……」
廉太郎はなんと言っていいのか分からず黙って彼女の顔を見た。
「あ!心配しないで下さい!学校は楽しいですから!」
浜野は笑ったが、それは空元気からくる無理矢理の笑顔に見えた。
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