第7話:急転直下の金曜日

「通り魔事件のせいで、今日から短縮授業になるから」

「えっ……」


担任教師の瀬野島がそう言った時、教室はシンと水を打ったように静まり返った。次の瞬間、イエーイと声が上がる。喜んでいるのは一部の生徒だけで、大半はがっかりした顔をしている。


この高校は、曲がりなりにも進学校だ。勉強しに来ている者が大半だから、短縮にされると非常に困るという点もある。唯一幸運なのは、もうすぐ夏休みになることだった。その間に事件が解決すれば二学期はいつもの日常に戻るはずだ。そして、廉太郎には事件解決の算段がある。


自分がこの現状を打破するんだ、と意気込むと皆が自分の事をヒーローのように持ち上げてくれる妄想をする。そして、最後には愛華と結ばれるのだ、といかがわしい妄想もするが、それにはあの宮崎を警察に突き出さなくては達成されない。この前はたかだか痴漢風情だったから、どうにかなったが今度は通り魔だ。今度も上手くいくかどうか分からない為、妄想するのをやめた。


短縮になったのは何も授業だけでは無い。部活もすっぱりと無くなってしまった。おかげで午後はまるまる暇になってしまった。

ホームルームを終え、いざ帰ろうと友人たちに声をかける。

しかし……。


「あー、ワリぃな。これから先生のとこ、行かないといけないんだ。先に帰っくれ」


生野は先生に呼ばれたので、これから職員室へ行くとのことで、ならば、と


「俺は小林先生のとこに行くんだ。近藤と一緒に」

「えっ!?僕は?」

「お前、呼ばれてないだろ」


小林は剣道部の顧問だ。その顧問のところに主将と一緒に行くというのだから、十中八九、部活の事だろう。

そこで蚊帳の外とは……。妙な疎外感を感じながら、廉太郎は一人で帰ろうとしたが……。


「有川君!」


学校の玄関で上靴から靴に履き替えていると声をかけられたので、声のした方を見るとそれは思いがけない人物が立っていた。


「一人なの?一緒に帰ろう!」


にこやかなで、爽やかで、可憐な笑顔。廉太郎が恋慕している愛華であった。

その笑顔や、急に声をかけられたことから鼓動は高鳴り、ドギマギして引きつった笑顔になる。


愛華はこちらの返事も待たずにせっせと、上靴を下駄箱に入れて、ローファーを取り出して履き始めた。

その一連の動作に心奪われる。うっとりと一挙手一投足を頭に焼き付けた。


「どうしたの?早く行こ?」

「あっ、うん」


左足の靴に軽く足をいれて、つま先を地面でトントンとやってちゃんと足を靴の中に収める。玄関の少し先で待っていた愛華と合流し、同じ歩幅で歩き始めた。


「聞いたよ。有川君、チカン、捕まえたんだって?」


出し抜けにそう言われた。


「えっ!?あ、ああ。よく知ってるね」


しどろもどろに答える。

さすがに、一昨日の話だから知っている者は知っているし、廉太郎が助けた女の子は同校の生徒なのだから、その手の話が広まっていたって不思議ではない。


「すごいよ!尊敬しちゃうなぁ」


尊敬!

廉太郎の中で女の子に言われたいワード2位の単語だ。1位はもちろん『好き』だ。


「え?ええ?本当?嬉しいなぁ……」


右手で後頭部をワシャワシャをかく。が、自分でもわかるほどの真顔。緊張のあまりセリフと行動と顔の全てが一致していない。自分が、普段どうやって生活しているのかがさっぱり思い出せない。


「うん、すごいよ。女の子達の中でも、有川君は凄いって、言われてるよ」


ニッコリと笑顔を返してくれる。愛華がこうして声をかけてきてくれただけでも嬉しいのに、女の子達の中でそんな扱いになっているとは。

廉太郎も思春期の男である。その手の話に全く興味が無いわけではない。普段はそのようなことをお首に出さないだけだ。


「きょ、今日は、どう、どうして、誘ってくれたの?」


どもり続ける


「今日?いつも帰ってる子達が先生に用があるからって」


廉太郎と同じ境遇だ。


「へ、へぁー」


へぇー、というつもりが間抜けな返答になってしまう。


「それにね、前から有川君と一緒に帰ってみたかったの」

「え!?そ、それって……!!」


廉太郎は有頂天になった。前から一緒に帰ってみたかった。愛華は、前から廉太郎に興味があった、その事実が廉太郎を極楽浄土へと連れて行く。

校門を出て、前の道路を二人で肩を並べてひた歩く。廉太郎が何度このシチュエーションを夢見たことか。それが、今日、夢で無く、現実になったのだ。


「有川君は、電車だよね?」


歩きながら質問される。


「うん」


いつも長嶋と別れるT字路に差し掛かる。そこを二人して右へ折れていく。


「あれ?小泉さんの家ってこっちなの?」

「うん。そうだよ。歩きでこれる距離だから」


こっち方面は宮崎の家の方面……。しかも、歩いて学校に来ている……。

もしかすると、愛華が宮崎の凶刃に倒れてしまうかもしれない。そう考えると、廉太郎の心の中で、宮崎を何としてでも捕まえ愛華を守る、という決意が新たに芽生えた。彼女を守れるのは自分しかいないのだ。

自然と右手にグッと力を入れてしまう。


「何してるの?」


それを見咎められ、

「な、何でもないよ。ハハッ……」

と言ってごまかした。


その後、廉太郎の緊張も次第にほぐれくだらない事で笑い合えるようになった。しかし、丁度いいところで、別れの瞬間がやってきてしまう。


「もう駅についちゃったね……」


残念そうに愛華は呟いた。その喧騒に消え去りそうな程の微かな呟きが風に乗り、廉太郎の耳へとしっかりと届いた。これは正に離ればなれになるのを惜しんでいるセリフじゃないか、と感づく。


「本当だ。でも……、この辺通り魔出るから家まで送るよ」

「えっ?でも……」


愛華は言い淀んだ。ちょっと急ぎすぎたか?と廉太郎は後悔したが、通り魔を口実に愛華の家を知るいいチャンスだし、実際に通り魔が捕まっていない以上、女子高生一人で帰るのは危ないというのもまた本音だった。


「通り魔、捕まってないんだよ?危ないじゃん?」


もうひと押ししてみた。うーん、と悩んていたがこの言葉がダメ押しとなり、愛華は静かに首肯した。

彼女の顔はこころなしか赤かったような気がした。


「私の家、こっちだから」


彼女が指差した方向はまさに宮崎の家へと続く道でもあった。

「行こう」


彼女はそう言うと一歩踏み出し、歩き始めた。廉太郎もそれに倣い彼女についていく。


「有川君て、お家で何してるの?」

「えっ?ゲームとか……、スマホでインターネットしてる……かな?」

「へぇー」

「小泉さんは?」

「私?私は……、本読んだり、友達と会話したり……、後、スマホでゲームしたりするかな?」

「スマホでゲーム……」

「有川君はする?スマホのゲーム」


廉太郎は腕を組んで、天を仰ぎ見る。


「いや、あんまりしないかなぁ」


そして、否定した。


「何かある?スマホのゲームで面白いやつ」

「うーん……。私は今、これやってるよ」


愛華はバッグに手を入れスマホを取り出し、慣れた手付きでゲームの画面を出した。画面には

『マリシアスコード』

とタイトルが映し出されていた。


「どういうゲームなの?これ?」


タイトルに唆られ純粋にどんなゲームか聞いてみる。


「ロールプレイングゲーム……っていうの?」

「RPG……」

「敵を倒して、レベルを上げてボスを倒す。お金払って強くしていくんだよ」

「へぇ……」

「それでね、知らない人ともチャットしながら一緒にできるんだよ。知らない人に何回か助けてもらったことがあるよ」

「家に帰ったらダウンロードしてみよ。一緒にできるのかな?」

「あ、できると思うよ。えーっと……」


愛華は何やらスマホを操作している。


「私の情報送るから、スマホ出して」


そう言われて慌ててスマホをカバンから取り出す。やがて、小泉愛華と画面に表示され、自身の電話帳アプリを除くと愛華の電話番号とメールアドレス、メッセージアプリのIDが登録されていた。


「このIDって何のアプリのやつ?」

「それは……、コム二アスのかな」


コム二アスは、数あるメッセージアプリの中でナンバーワンのシェアを誇り、アメリカ企業のコム二アスが作ったアプリだ。メッセージのやり取りは勿論のこと、音声での会話や写真や動画、ゲームなどができ、果ては条件さえ満たせば映画や動画サイトなどを一緒にストリーミングしながら会話する事もできる。

そのコム二アスは廉太郎のスマホにもインストールされている。


「ゲームできるようになったら教えて」


愛華と一緒に帰れただけでなく、更に電話番号とメールアドレス等の諸々の情報を得られるとは、まさに僥倖である。

そんな話をしていると十字路にやって来た。


この道を真っ直ぐ行くと宮崎の家へたどり着く。だが、愛華は、十字路を右に折れたので廉太郎もそれについていく。

廉太郎はほっと胸をなでおろした。

もし、宮崎と同じ方面だったらどうしよう、と内心不安があったからだ。


そのまま他愛の無い話をしているとやがて、

「もうすぐ私の家だよ」

とマンションが林立する区画へと差し掛かった時に愛華が言った。


それらの外観から高級感漂うものでなくて良かったと思う。身分違いの恋だったらどうしようと、これまた内心不安に思っていた。

廉太郎はキョロキョロとしながら、愛華の側を歩く。


「何か、珍しいことある?」


廉太郎の素振りがおかしかったのか愛華は、興味有りげな瞳で廉太郎を見る。


「あっ。いや、つい癖で……」


変な奴だと思われたくない一心で取り繕う。愛華はフフフっと笑うと


「ここが私の家だよ」


と目の前のマンションを指差した。


「へぇ〜」


ここが小泉家かとマジマジと見入ってしまう。


「じゃあ、ここでお別れね。今日はありがとう」


ニコリと笑顔をよこす。その笑顔に心を焼かれる。

今日という一日のために17年間生きてきたのだと言い張れる一日だった。


「こっ、こっちこそ、え、ありがとつ。ら、来週も、もし……」

「えっ?来週?」


調子に乗って来週の予定まで取り付けようとした廉太郎だったが、流石に不味かったか?と心臓が爆発しそうである。

愛華はそんな廉太郎の心情を知ってか知らずかうーん、と顎に手を当ててひとしきり悩んだ後、


「いいよ!来週も部活無かったら、一緒に帰ろ!」


二つ返事で了承してくれた。廉太郎は、本日二度の昇天をした。



                  ♢


その後、嬉しすぎてどうやって帰ってきたか覚えていない。

気が付いたら家の前だった。

天にも登る気持ちで玄関のドアを開ける。


「あら?おかえり。……、アンタ、何かあった?」

「えっ?」


どうして分かるのだ。


「顔に幸せですって、書いてあるわよ」


そんなに顔に出ていたのか。道中、かなりの不審者に映ったに違いない。慌てて取り繕う。


「ううん?何でもないよ」

「ふーん……」


母は納得の行かない顔で、早くカバンとか置いておいで、と言った。カバンやら制服やらを自室に置いてリビングへ向かう。道子はおやつタイムだったのか、夕方の情報番組を見ながら煎餅をバリバリ食べていた。

その姿はステレオタイプの専業主婦とまるで一致する。


「アンタ、何か随分と早くない?」


口の中でバリバリとなる音の奥から母の声が流れてできて、一瞬何を言っているのか分からなかったから、聞き取れた音から答えを導き出してから言った。


「うん。今日から本当に短縮授業になった。だから、来週から午前中終わりだよ」

「いつまで?」


そう聞いてくる道子の顔には落胆の色が見える。そんなに息子が早く帰って来るのが嫌か?と廉太郎は少し傷つく。

そんな事はおくびにも出さずに


「通り魔が捕まるまで」


端的にそう言った。


「じゃあ、お昼ごはんは、ここで食べるわけ?」

「そうなるね」

「そっかぁ……」


そう言って天を仰いだまま持っていた煎餅をひとかじりした。


「自分の部屋に行くよ。短縮だからたんまり宿題もあるし」

「晩ご飯できたら呼ぶわ」


そう言っている道子の視線は、既に情報番組に釘付けになっていた。

そんな母を横目に廉太郎は2階への自室へと向かう。勉強をする前に気になっていた、マリシアスコードをダウンロードする。アプリの容量は比較的小さく、すぐにダウンロードは終わった。


「まあ、10分だけ……」


勉強の前に少しだけプレイしてみることにした。

アプリを起動すると沈痛な音楽とともにタイトルが表示された。事前にRPGだと聞かされていなければホラーゲームと勘違いしそうな演出だ。

ニューゲームを選択し、ゲームを開始する。


するとキャラクターを作成する画面に切り替わったので、名前、性別、顔など細かく作っていく。このキャラクターを作る要素が好きな廉太郎は、10分という時間を優に超えて没頭してしまった。


ゲームを始める頃には既に1時間が経過していた。

そうしてヒットポイントやマジックポイントなどのステータスや『冒険に出る』、『チャットをする』、『装備ガチャをする』等のメニューが所狭しと並んでいる。


「これも課金要素があるんだ……」


ガチャはお金を払って、武器や防具をクジのように引き当てるシステムだが、廉太郎自身、追加で料金を払ったりすることを快く思っていなかった。

あまつさえ必ず強い装備が必ず出るというわけでもないから更に毛嫌いが強くなる。


だから、このゲームにも課金システムがあると分かった時、うんざりした。だが、今の自分と愛華の間を進展させるにはこのゲームしかないと思うと諦めもついた。

嫌ならお金を払わなければいいだけだ。

そう割り切ってゲームを楽しめばいい。

ただ、それとは別にキャラクターのステータスに『悪意』とある。


「何だこれ?」


悪意の数値は、1。この謎のステータスが今後ゲームにどのような影響を及ぼすのか、廉太郎には不明瞭だった。

なので、とりあえず『冒険に出る』を選んでみる。どうせこの手のゲームは、チュートリアルが完備されているのだから、そこまでやらないと他のプレイヤーと一緒に遊べないだろう。


案の定、ゲームを開始するとチュートリアルが始まり、このゲーム説明をしてくれる。

廉太郎からすると大方の予想はつくため、ろくに説明は読まずに画面をタップして先へ進む。そして、ふとタップする手を止めた。そこからの説明が気になっていた『悪意』に関する説明だったからである。


画面に表示された説明はこうだ。

『このゲームでは悪意を貯めることも重要です。悪意が高まるとキャラクターのステータスがアップします。悪意の上げ方は、町の人々に嫌がらせをしたり、他のプレイヤーに嫌がらせをすると上がります。清廉潔白なプレイと悪逆非道なプレイ、どちらをするかはアナタ次第です♪』


「何か、あの頭の数字みたいだ……」


現実のあの数字は増えても強くはならないが。

とりあえず全てのチュートリアルが終わったが、愛華に連絡する前に宿題を終わらせてしまおうと思い、スマホを机の上に投げ出して、バッグから教科書やノートを取り出した。学校で習っていない部分も宿題の範囲に入っているため、普段は学校に置きっぱなしの教科書類を重い思いをしながら持って帰ってきた。


「さて、やりますか……」



                  ♢


「レンちゃ〜ん、ご飯できたわよ〜」


丁度、宿題が全て終ったタイミングで母に呼ばれる。たまにこちらの行動を全て見透かしているのでは無いか、と疑ってしまう時があるが偶然だ。

むしろ廉太郎が、無意識に夕飯ができるタイミングに合わせて宿題を終わらせている可能性だってあるのだから。


「は〜い」


教科書とノートを閉じて、天井を仰ぎ見る。自然とギュッと目をつぶり嘆息する。自身で答えを見つけながら勉強するのはやはり疲れる。如何に教えてもらう事がありがたいことか痛感した。


返事をしたからには一回へ降りなければ。

よろよろと立ち上がり、少しだらけた拍子で階段を降りた。階下に近づくといい匂いが漂ってきた。


廉太郎の姿を認めると、

「今日は、鯛の煮付けよ」

と道子は言った。


その後は鯛の煮付けを味わい風呂に入り、いつものルーティンをこなした。

ようやく、愛華に連絡できるようになった頃には、既に11時を越えていた。


「起きてるかなぁ?」


コム二アスのアプリを立ち上げ、『友達を探す』というメニューをタップし、ID入力欄にもらったIDをコピー・ペーストする。そして、その欄の右側に位置する『探す』というボタンを押すと『ラブリーフラワー』なるユーザーが一人だけ見つかった。


「ああ、これで『愛華』か……」


愛でラブリーで華でフラワーという単純なネーミングルールだったが、廉太郎も『安太郎』という負けず劣らず簡易な名前だ。廉の漢字が廉価という単語を想起させる事からつけた名前だった。


コム二アスを本名でやるユーザーは、廉太郎のクラスでは少数派で、大概はニックネームや偽名を使っている。


早速、廉太郎はラブリーフラワーに対し、

〈有川だけど小泉さんの連絡先で合ってる?〉

と軽いジャブのつもりでメッセージを送った。そうするとすぐ様、返事が返ってきた。


〈合ってるよ♪ゲームのインストール終わった?〉


この宛先が愛華のものであって、ほっと胸をなでおろす。違う人のところだったらどうしようかとドキドキしていた。


〈うん。インストール終わった。ごめんね、遅くなっちゃって。宿題してたらこんな時間になっちゃった〉


くまがテヘッと言っているスタンプも同時に送る。すると、向こうからは大丈夫、と言っているリアルな顔のウサギが送られてきた。


〈じゃあ、ゲーム起動してそっちで喋ろ。そっちのキャラクターのID送ってくれる?〉


うさぎに続けてこの様なメッセージが送られてきた。

その指示通り、ゲームを起動し自身のキャラクターのIDを探して、コム二アスに貼り付けて送信した。


やがて、ゲーム画面に『メッセージが届きました。』と表示され、チャット画面に移行すると

〈有川君、こんばんは!〉

とメッセージが来ていた。コム二アスを終了させ、ゲームのみを起動させた状態にする。


〈思ったんだけど、随分手慣れてるね〉

〈そりゃ、いろんな人とやってるもん。慣れるよ〉

〈色んな人と……?〉


嫉妬の炎が湧き上がる。愛華とも会ったこともない有象無象の衆が、自分を差し置いて彼女とゲームするだと?と怒りに満ちる。しかし、その嫉妬を悟られぬように平静を装いチャットを続ける。


〈そう。クラスの子とか、たまに知らない人とも〉

〈ふぅーん〉


これ以上聞くと嫉妬の炎に焼き殺されそうなので、廉太郎は深入りしないようにしたが、向こうがそれを許さなかった。


〈いっぱいメッセージ貰っちゃうんだよね。それで何人かは装備くれたりするから付き合ったりするだけど〉


これ以上は耐えられそうになかったため、無理矢理話題を変えた。


〈それより〉

〈ん?〉

〈ちょっと遊ばない?僕、チュートリアルが終わってから全然やってないんだよね〉

〈あ。そうなんだ!じゃあ、やろやろ!じゃあ、部屋作るから作ったら招待するね〉

〈うん〉


そういうやり取りをして少し待つと

〈おまたせ!これが部屋のIDだよ。有川君だけしか入れないから、二人きりだよ〉


二人きりという単語がゲームの中だけのものであっても甘美に聞こえ、二人だけが共有する秘密が増えたようで廉太郎の心は踊った。

フィールドに降り立つと一人のキャラクターが立っていた。こちらの姿を認めると手を振ってきたので、こちらも振り返す。


〈私だよ〉

〈凄い強そうな装備なんだけど……〉


愛華のキャラクターは、ピンクの課長い髪に金色の鎧を着ている可愛らしいキャラクターだった。何とも愛華らしいと廉太郎は内心微笑んだ。


〈色んな人から装備貰ったの!いいでしょ〜〉


そう言って、愛華のキャラは廉太郎のキャラの周りを走って回った。


〈このゲームって装備のやりとりできるの?〉

〈うん。できるよ〉


お金払ってまで手に入れた装備をおいそれとくれるものだろうか?


〈じゃあ、行こう!今日はもう遅いから、簡単なクエスト、1つやったら終わりにしようね〉


そのような申し出があったが、廉太郎は週末だから夜更ししてもいいだろうと言いかけたが、ここでワガママを言って愛華に嫌われてしまう事を恐れ、愛華の提案を飲むことにした。


それから二人は、ゲームの中だけだが二人だけの世界を堪能した。廉太郎にとっては、通り魔もあの数字の事も何もかもを忘れることができた。


二人の仲は今日を境に急激に接近したのだった。

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