△▼呪いのゲームの構造についての検証△▼

異端者

『呪いのゲームの構造についての検証』本文

 木々が紅葉し始め、肌寒くなってきた季節のことだった。

 僕、高校の科学部である森野史郎は教室の窓の外を眺めながら、下校の準備をしているところだった。

「ねえ、シロー! 呪いのゲームって知ってる?」

 背後から唐突に声が掛かった。

 振り返ると、案の定、活発そうな女の子が立っている。彼女は瀬戸由紀。こんな馬鹿に明るい性格ながら、オカルト部に所属している。これだけ活発ならスポーツでもすれば良いのにと思うが、本人にはその気はないらしい。

「さあ?」

 僕は明らかに興味なさそうな返答をした。

「やっぱり知らないの! あのさ――」

 どうやら、返答の意味が分からなかったようだ。少しは空気を読めと言いたいが、言ったところで無駄だと思い直した。

 こんな風に、由紀はことある毎に勝負を挑んでくる。毎度毎度オカルトな題材を科学で証明できるかという風に……よくネタが尽きないと感心する。

「呪いのゲームってのはね――」

 彼女は呪いのゲームについて説明している。その内容をまとめるとこうだ。

 呪いのゲームというのは、ゲームをプレイしているプレイヤーの精神を徐々に蝕んでいき、最終的にそのプレイヤーを自殺に追い込むというものだ。

「よくある都市伝説だろ?」

「え~? 今ネットで話題になってるよ」

「ネットなんて嘘だらけだ。少しは本を読め」

 正直、この手の噂話は信じられない。特にインターネットの情報は嘘だらけだ。動植物の分類一つとっても、存在しない科や属があったり、誤情報が平然と記載されていたりする。そのため、一つのサイトを鵜呑みにせずに幾つかのサイトで確認する必要を迫られる。

「だいたい、そのゲームのせいで自殺したかどうかなんてどう判別できる? 他人に話せないような事情があったのかもしれないし、その時プレイしていたのがたまたまそのゲームだったなんてこともあり得る」

 由紀はちょっとひるんだようだった。

 ――良し! 今回は面倒なことにならずに済みそうだ。

「それは確かにそうだけどさ……じゃあ、ゲームで自殺させることは無理ってこと?」

「それは……」

 僕は少し考えてみる。理論上だが、無くはない。

「それは、できなくはないと思う。ただ、そんなことをする人間が居るかどうか――」

「それなら、誰かがするかもしれないじゃない!?」

 理論の飛躍し過ぎだ。

 僕は確かに「できなくはない」と言ったが、実際にする人間が居るとは言ってない。

「だからと言って、100%成功する方法でないし、実際にする人間が居るとは思えない」

「それじゃあさ……証明、できる?」

 彼女は睨みつけるようにそう言った。――まずい。良くない流れだ。だが……

「そのゲームの現物はあるのか?」

「あっ! 確かに持ってない」

 そうだ。現物が無くては証明できない。

「それじゃあ、検証しようがないな」

「む~、なんか強引に話を終わらせようとしてない?」

 彼女は子どものように頬を膨らませた。

「気のせいだ。気のせい。それじゃあ、僕は帰る」

 僕は鞄を手にすると歩き出した。

 彼女のことだから、また何日かすれば違うオカルト話を仕入れてくるだろう。その時はそう思っていた。


 四日後、その日は土曜で学校は休日だったが、由紀からの突然の電話があった。時刻は午前十時を少し回ったところだった。

「ねえ……助けてよ!」

 スマホからの第一声がそれだった。それだけで切羽詰まっていることが分かる。

「落ち着け。何があったか順を追って話すんだ」

 こういう場合、相手につられて取り乱してしまうのは良くない。冷静に対処すべきだ。

 しばらくの間、彼女のすすり泣く声が電話越しに響いた。

 僕は相手が話し出すのを待つしかなかった。慰めようにも、その理由を知らなければ気休めもできない。

「前に……呪いのゲームって、話したの……覚えてる?」

「ああ、でもそんな物は――」

「それが、あったの! それ以外考えられないの!」

 急にヒステリックな声になった。

「だから落ち着け! 何があったのか説明するんだ!」

「うん…………分かった」

 由紀は涙声で説明しだした。

 それによると、由紀の従弟の男の子が自宅で首を吊って死んだというのだ。遺書もなく、思い当たる理由もない。ただ、最近あるゲームに夢中だったという話だ。

 彼女との関係は聞かなかったが、おそらくは年下のその子を弟のように見ていたのだろうということはなんとなく分かった。

「それで、そのゲームが原因だと考えられる理由は?」

「……だって、他に思いつかないもん。私はシローみたいに頭良くないから、分からないだけかもしれないけど」

 再びすすり泣く声が聞こえた。

 こんな時、自分はどうすべきだろう? 僕は気の利いたことが言えるような人間じゃない。だからこそ、科学に、理論に逃げた。誰かの機嫌を取ったり、慰めたりできる人間でなくとも、知識と技術さえあれば生きていけると思ったからだ。

 だが、こうも現実を目の当たりにすると、それが無力であると思わざるを得なかった。

 この状況で自分ができること、それは――

「そのソフトは、まだあるか?」

「え? おじさんたちに聞けば貸してくれると思うけど……」

「なら、それを持ってきてくれ。本物かどうか検証してみる」

 自分にできることは、それしかない。

 呪いを、いや呪いの正体を白日の下に引きずり出してやるのだ。


 四時間後、由紀はゲームのディスクを持ってやって来た。

 僕は彼女を自分の部屋に入れた。

 いろいろな機械や器具が並ぶ部屋に由紀を座らせる。

 思えば由紀をこうして部屋に入れるのは久しぶりだ。彼女曰く僕の部屋は「無愛想な部屋」らしいが、自分では特にそう思ったことはない。必要な物を必要な所に置いているだけだ。以前は由紀をこうして呼ぶと母が嬉しそうに様子を見に来ていたが、今回は明らかに暗い雰囲気だったので空気を読んだようだった。

「これが、そう……」

 バッグからゲームソフトのパッケージをのろのろと取り出す。

「そうか、それを少しの間貸して――」

 僕が手を伸ばした瞬間、由紀がサッと手を引いた。

「どうした?」

「…………ん、じゃうよ」

 うつむいた顔から呟くような声が聞こえる。

「何?」

「……死んじゃうよ! これをしたらシローだって!」

 彼女は目に涙をためて僕を見ていた。

「…………死なないよ。僕は」

 僕は彼女の目を捉えてはっきりと言った。

「そもそも、死んだ子は夢中になって長時間プレイしていてそうなったんだろ? おそらく、サブリミナル効果だとしても短時間では効果は出ない」

「え? サブ……」

「サブリミナル効果」

 僕は自分の仮説を由紀に語った。

 サブリミナル効果とは、映像や音楽に認識できないように一瞬だけメッセージを忍び込ませることで、それを見た人を無意識下にコントロールすることをいう。もっとも、現代ではあまり効果が無いという説が有力であるが、テレビ放送等で禁止されていることからも逆になんらかの効果はあるのではないかと考えられる。また、実験されていたのはゲームのように長期間に渡って長時間見せるものではないことから、長時間繰り返しした場合の影響はある可能性は否定できない。

「――つまり、自殺を誘因するメッセージがサブリミナルで仕込まれている可能性が高い」

「でも、どうやって確かめるの?」

「実際にそのゲームを起動して動画を撮る。撮影フレームレートを上げれば、ほんの一瞬であっても数枚は引っかかるはずだ」

 幸い。録画・編集できる環境はある。あとは実行に移すだけだ。

「引っかかったら、犯人を捕まえられる?」

 由紀の目に少し希望が宿った。

「それは、どうだろう……禁止されているだけで違法とまではいかないと思う」

「そう……」

 明らかな落胆。それでも事実を捻じ曲げる訳にはいかない。

「だけど、これでサブリミナルが明らかになって、その事実が公表されれば、これ以上の被害を止めることができるかもしれない」

「そっか…………そうだね」

 彼女の目に少し光が戻ったように見えた。

「だから、そのソフトを渡してくれ」

 僕はゆっくりと手を差し出した。

 ぎこちない動作で彼女はソフトを差し出す。そして言った。

「シローは、死んだり……しないよね?」

「ああ、僕は死なないよ」

 僕ははっきりとそう言って、ソフトを受け取った。

 由紀が少し笑った気がした。


 僕は由紀を帰すと、早速動画撮影の準備を整えてゲームを起動させた。

 起動できるゲーム機がちょうど自宅にあったのは運が良かった。

 内容はなんてことはない格闘ゲームだ。僕はコマンド入力が得意ではないので格闘ゲームはあまりしないが、好きな人ならオンライン対戦で何百時間もできるかもしれない。そして、そんなにも長期に及ぶサブリミナル効果の実験はおそらく行われたことが無いだろう。つまり、多くの人にとって未知の部分に触れている訳で……そう考えると、不謹慎ながら少し興奮してしまった。

 適当にプレイすることと間を開けることを繰り返して二時間。それだけすれば十分だと思ったので、ゲームを終了して動画撮影を止めた。

 撮影した内容をPCで確認する。撮影された動画を一コマずつ並べた物の中に不審な物が無いか確認する作業なのでほぼ手作業(というか目作業)になるが、機械には撮影された物が不審な物でないか判別する能力が無いので仕方がない。

 膨大な作業だが、由紀のことを考えるとやめる訳にはいかない。黙々と作業を進める。

「どういうことだ?」

 見終わったのは深夜だった。

 僕はその結果に愕然とした。無かったのだ。

 撮影された動画の中に

 ――やはりサブリミナルは考え過ぎか? それとも、何か見落としが?

 疲れ切って、ベッドに横になった。

 本当に単なる自殺で、ゲームは何も関係ないのか? それとも、何か根本的に間違っているのか?

 無意味な問いが頭の中をぐるぐると回っている。今夜は眠れそうになかった。


 翌朝の日曜、いつの間にか少しは眠っていたようで、目が覚めるとゲーム機からソフトを取り出ししげしげと眺めた。

 ――そもそも、あのソフト自体が細工された物なのか?

 寝ずにぼんやりと考えて思い至ったのはそれだった。

 もっとも、細工されていてもこの前のスマホのアプリの解析とは訳が違う。PCに取り込んで解析しようにも、膨大なデータ量である上に複雑な暗号化がされているだろう。非合法な改造や解析ツールもあるが、それを使っても多数の画像の中に紛れ込んだサブリミナル画像を探し出すことは困難だろう。

 当然、サブリミナル画像を仕込むにもその複雑な構造を理解する必要がある訳で……待てよ、自分ならどうする? もっと楽に見せる方法が…………ある!

 スマホを手にすると由紀に電話して言った。

「今すぐ借りてきてほしい物がある」


 由紀は、その一時間後やって来た。

 まだ虚ろな感じで、紙袋に入ったそれを差し出す。

「おじさんたち、もう見たくもないから返さなくていいって」

「分かった……手荒なこともするかもしれないから、その方が都合が良いよ」

 僕は袋からそのゲーム機を取り出すと、自宅のゲーム機を外してそのゲーム機を接続した。

「何か、分かったの? ……というか、何をしてるの? ゲーム機を外して、また同じ種類のゲーム機を付けるなんて」

「リビングで待っていてくれ。二時間も掛からないはずだ」

 僕は彼女を追い出すようにリビングに追いやると、昨日と同様の作業を始めた。


 動画撮影は一時間で終えて、その分PCでの確認を早く始めた。

 ――予想通り、か。

 僕は自分の予想が当たっていたことに少し満足した。

 あとは……ゲーム機から接続を外すとドライバーを手に分解を始めた。ドライバーが合わないところがあれば、壊してでも内部を確認するつもりだった。


「結論から言うと、ゲームソフト自体には何も異常は無かった」

 リビングに待たせていた由紀の所に行くと、まずそう言った。

「え? じゃあ呪いのゲームって……」

「あくまで『ソフトには』だよ。ハード、んだ」

 僕はこうして説明を始めた。

 通常こういったゲーム機、ハードは複雑に暗号化して素人が安易に改造できないようにしてあるが、少なくとも一点だけ暗号化ができない部分がある。それはゲームをテレビに出力するための配線で、一般的なテレビに出力するためには当然ごく普通の電気信号に置き換える必要が生じる。

「分解したら基板からテレビに出力している配線に、本来なら無い配線が接続してあったから、そこから映像に割り込んでサブリミナル画像を表示させていたんだろう」

 僕はそう言うと印刷した数枚の画面を見せた。

 「死ね」、「自殺しろ」、「生きる価値は無い」――そんな鬱鬱とした言葉が表示されている画像をプリントアウトした物だった。

「これが、このゲーム機を使ってゲームした時にサブリミナルとして表示されていたんだ。無意識下にこれを繰り返し見せられ続けたら……おそらく……」

「…………酷い」

 由紀がぽつりと言った。握りしめた手が震えているのは怒りか悲しみか。

「それなんだけど、一体このゲーム機をどこで買った?」

「……それが、リサイクルショップで中古で買ったって前に聞いた。状態の良いのに安く買えて良かったって喜んでた…………それなのに」

 彼女の目には、涙がにじんでいた。

「中古か……きっと改造した奴がわざと流したんだな」

「こんなの殺人じゃない! 警察に――」

「警察がサブリミナル効果と自殺の因果関係を認めるとは思えないな」

 僕は冷静を装っていった。彼女の従弟が死んだという事実よりも、彼女の動揺する様子に心動かされていたが、それを表に出さないように努め、冷酷な事実を突きつけた。残酷かもしれないが、自分まで感情に飲まれてはいけない――そう感じていた。

「じゃあ……私、店に行ってくる!」

「おい! 待て!」

 彼女は僕の制止を振り切って飛び出した。

 彼女の足は速い。戸惑っている間にもう姿が見えなくなっていた。

 やむなく、おそらくそこだろうと推測を付けたリサイクルショップへと走った。


「なんでよ! どうしてよ!」

 案の定、カウンターで店員に向かって噛み付いている由紀の姿があった。

「ですから、個人情報なのでお教えできません」

「だから、人が死んでるのよ! それでも犯人をかばうっていうの!?」

 彼女の必死だが、店員はさもクレーマーに対するように迷惑そうな顔をしている。

 これではいくら問答を続けても同じだろう。

 僕は彼女を無理矢理抑え込むと、そっと彼女の耳元に囁いた。

「これ以上続けても無駄だ。他の手段を使おう」

 彼女の体から力が抜けるのが分かった。

「あ、どうも。お騒がせしました」

 僕は形ばかりの謝罪をすると、彼女を連れて店を出た。

「本当に、他の方法があるの?」

 彼女はすがるような目つきで僕を見た。

 この目で見られると、なんとかしてあげたいと思ってしまう。我ながら感情に流されるのは、情けないと思うのだが……。

「あることにはある……が、ちょっとばかし邪道な手段だから大っぴらにはできない」

 僕は由紀に寄り添うように歩いて帰った。


 自宅に着くと、早速自室のPCに向かう。部屋の片隅には由紀が所在なさげに座り込んでいる。

「ねえ、何をしてるの?」

「ハッキング」

 僕は躊躇なく答えた。もちろん違法だ。

「その中古のゲーム機を買った日付は分かる?」

「えっと、確か――」

 あのリサイクルショップは大手チェーンだ。膨大な量の伝票等も紙でなくコンピュータ入力で管理されている確率が高い。

 内部に潜入すると、早速聞いた日付であの店で売れた同機種のゲーム機の情報を探す。見つかったのは一件、ビンゴだ。これで後は売った人間の個人情報まで辿れればある程度のことは分かる。

 売却した人間の個人情報はすぐに見つかった。その住所をネット上の地図で探す……が、ここで手が止まった。

「どうしたの?」

 由紀が心配そうにのぞき込む。

 存在しないはずの住所だった。もちろんネット上に記載されていない住所もあるが、この場合嘘だろう。名前もおそらくは偽名。

「くそっ! やっぱりか!」

 予想はしていた。それでも、辿る方法がぷっつりと途絶えてしまったことに変わりはない。僕はそれを彼女に伝えた。

「そんな、もうできることは何も無いの!?」

「いや、せめてこの事実をネットにさらしてやろう。これ以上の被害を防げるかもしれない」

 情けないが、それが今できる唯一の抵抗だった。

 僕はこの日、インターネットに画像と一緒に知りえた事実を記した。


 それから二週間以上がたった。

 僕はそれまでの出来事を教室で振り返っていた。

 ネットに流した情報は一部では話題となり、実際に分解して同様の改造を見つけた人まで現れた。多くの人がその改造元を辿ろうとしたがそれは無理だった。

 だが、それまでだった。それ以上は広まりもせず、画像を含めた情報自体が捏造であり、メーカーに対する営業妨害であると声高に主張する人が現れた。それにつれて話題自体が徐々に下火になり忘れ去られていった。

 由紀はあの後、知りえた事実を遺族に伝えたそうだが、その後どうなったかまでは聞かなかった。

 ひょっとすると、この騒動自体が仕組まれたものだったのかもしれない。ゲーム機の製造メーカーにとっては、イメージが大事だ。改造した中古では売れてもメーカーに利益は無いが、そのような改造を施されたゲーム機があること自体、マイナスイメージは避けられない。これはライバルメーカーにとっては追い風となるだろう。

 そういえば、画像を見た人のコメントには「素人の改造にしては良く出来過ぎている」というものもあった。

 そうだとすると、僕のしたことはライバルメーカーの期待通りの結果を生み出したのかもしれない。改造して流して、ユーザーにわざと見つけさせて、自発的に拡散させる。ある意味、究極のステルスマーケティングだったのかもしれない。

 ――たかがゲームで、人殺しか。

 その「たかが」で、億単位の金が動く。そして、倫理観よりも莫大な利益を欲する人間が確実に居る。

「難しい顔して、何考えてるの?」

 気付くと、由紀ののぞき込む顔があった。

 あれから彼女は、徐々にだが元気を取り戻しつつある。僕にとってはそれだけが救いだった。

「いや……これで良かったのかな、と思って」

 自分らしくない言葉だ。よりによって由紀にこんな弱音を吐くなんて。

「そりゃあ、確かに不満だけど…………私たちはやれることはやったんだよ」

「そうか……そうだよな」

 彼女は笑っていたが、どこか寂しげだった。


 外では風が音を立てていた。今年の冬は寒くなりそうだと思った。

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