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 ああ、とつい私は顔を手で隠す。

 結婚し、子供もできたというのに、やっぱりこのざまだ。


「仕方ないわ。長年やってきた仕事というのは、なかなか身体から抜けないものよ」

「でも、私はその生活はもう捨てたと思っていたんです。それに、そのことを知られたために、強請られて」

「技術があって悪いことはないでしょう? 少しベクトルを変えれば、それは貴女の夫を助ける武器にもなるのよ」

「でも、そうすると今度は向こうに残してきた家族が」

「大丈夫。そっちには電信で我が社の警備がついているわ」

「社の警備」


 そして電信。

 そうだった。

 この車内には電信がある。

 いくら動いているとは言え、それで遠く離れた国の方へ指令を送ることも彼女には可能なのだ。

 何せこの列車は彼女のものなのだから。


「いい? あの連中はね、メイリンに私を狙わせるために、エドワーズ大使を捕らえたのよ」

「だから、私のせいで」

「そうかもしれない。でもそれは過激派の連中や、その背後にある伯爵家と、成功のおこぼれに預かろうとする輩、ついでに北の帝国に対する牽制材料が一気に取れる好機にも変えられるのよ」

「遠くまで連中は手を伸ばしすぎましたね」


 そう中肉中背の眼鏡の男が言う。


「彼はこの部隊の参謀、リック・ロレンス。軍に嫌気がさして辞めた、頭のいい馬鹿よ」

「それは酷いですよブルックス夫人」


 髪を後ろに綺麗になで付けた参謀の彼は、カウンターの上から大きな巻紙を取り出し、がさがさと星座盤の上に広げた。


「現在、我々はこの辺りを走っています」


 地図だった。

 しかもそうとう大きな、鉄道網を網羅した。


「そして現在判明している、エドワーズ大使が捕まっている場所は」


 ここ、と次の駅にほど近い都市を示した。


「つまり我々は、ここで一時下車をし」


 つつ、と指を更に次の駅まで動かす。


「救出後、ここ、もしくは折り返しで再び合流することが必要です」

「前者だと必要な時間は?」


 オリガが問いかける。


「次の駅の停車時間は朝から夕刻まで。それから次の駅までに一日。救出と移動に一日半というところでしょう」

「無理が無いかしら」

「そこは現地との連携次第。私はこちらに居てそちらの連絡を待つから、皆で思い切りやっておしまいなさい」

「そりゃあ勿論」


 なあ、とブルックスの傭兵達は大きくうなづく。


「ただ奥様、私達がどうしても間に合わなかった時は如何致しますか?」


 オリガが訊ねた。


「その場合は報酬ではなく違約金ということになるわね。まあ、メイリンを連れて行って大使を救い出せないのなら、その時にはメイリンが貴女方を残らず殺すのじゃないかしら?」


 物騒なことを言わないで下さいよ! とオリガは大きな身体をぶるっと震わせた。

 だがアイリーンの言葉は嘘ではない。

 もし夫が生きて帰れないなんてことになれば、私は自分がどうするか判らない。

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