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「それからというもの、私と夫はもう仕事にしゃかりきになったわ。夫は主に新規立ち上げ事業に関わっていたけど、それだけじゃあ済まなくて。そこで夫の側の親類縁者がまず群がってきたのよ」

「そちらの家族ではなく?」

「そこが私の実家の性根の腐っているところなのよ」


 彼女は苦笑する。

 いや、嘲っている様な顔にも見えた。


「自分達が即どうこうできるとは実際には思っていないのね。せいぜい、兄の仕事の口利きをしてやれ、とか、最近ちょっと身体の調子が悪いから金を用立てろ、とかそのレベルなのよ。で、私達は彼等にいちいち関わっている時間の余裕が無いから、とりあえず少しならいいか、と出してやってしまう訳。まずいとは思うわよ。ただ、正直関わるとまた私がずいぶん疲弊するのが判っていたからね。夫も出せる分は出しておけばいいさ、と言う訳。義母もまたいい人だから、姻戚になったひと達が困っているなら、と…… 特に、義母は義父が亡くなってから、すっかり気落ちしてしまって。そんなところに実家の母親が妙に親身な手紙とか出してくる訳よ。またこれが口が上手くてね!」


 溜まっていたものを吐き出す様に、アイリーンは言う。


「それで、お義母様はそれに対しては?」

「そこが微妙だったのよ。金を引き出そうって相手に対しては口が上手いから。ただ、夫がその辺りはがん、と言ってくれていたのよ。向こうがどれだけ家族の付き合いをしよう、と言ってきても、今まで私に対してこんな仕打ちをしてきた、今も何かと援助をもらいたいという姿勢が丸見えだ、もしも断るのが自分では嫌だったら自分が言うから手紙を見せてくれ、とちゃんとね」

「……本当に、いい旦那様だったのね」

「ええ、本当に!」


 絞り出す様な声になる。


「私ね、これと言って好きな男性のタイプとかって特に無かったのよ。メイリンはどう?」

「私ですか? そうですね、夫と好きな男性のタイプは確かに違うかもしれません。でも夫になってくれただけでも私にはありがたいと思います」

「そうね。ただそれで、メイリンの足枷になっていなければいいんだけど……」

「え?」

「いいえ、独り言」


 何だろう? 

 足枷。

 動きを限定するためのもの。

 その意味では現在は確かに夫はそうかもしれない。

 だけど、かと言って。


「むしろ今まで私の方が足枷だったと思うんですよ。あのひとには」

「そうかしら」

「そうですよ。だって私は東の国から売られてきた西の国の得体の知れない奴隷の様なものだった訳ですし」

「力になったこともあるんじゃない?」

「それは――」


 全く無いとは言い切れない。

 夫とて、目論見が全くのゼロだった訳ではない。

 ただの親切で引き取るにはリスクが大きすぎる自分なのだから。

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