男爵未亡人は語る(4)

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 夫は私の実家の態度を知れば知る程、どんどん遠ざけて行ったわ。

 例えば親戚の就職の斡旋。

 兄の親友が仕事の口を探しているから何とかしてくれ。

 母の弟の息子が今度学校を卒業するから。

 父の姉の夫の弟が解雇されたから。

 ともかく何かしら理由をつけて仕事をせびってくるのよ。

 で、試しに雇ったことがあるの。

 ところが雇われた側ときたら、社長の縁がある、ってことを前に出しては大きな顔をする。

 商談に下手な口出しをして駄目にする。

 工場の監督に雇ったひとは、おべっかの上手いチーム長のところの評価を上げて、実績を見ない。

 そして何より、……工員の女性達に手を出したのよ。手当たり次第にね。

 時には、結婚するから、と言って辞めさせた後に遊興街に売られた子も居たのよ。

 その事実がわかった時、夫は私にその売られた子を探す様に頼んできたわ。

 そして無論、それをした社員は解雇。

 どれだけ紹介があったとしても、彼はともかくやったことを許さなかった。

 まあこの時の彼等の罵倒ときたら!

 でもね、その一方で私達は工員達には好かれたわ。

 労働争議という名の破壊工作で悲劇が起きてしまったことに対して、ごくごく普通の工員達は馬鹿馬鹿しい、余計なことしてくれやがって、という気持ちだったと聞いたわ。

 そもそも、そういうのが起こるところにありがちな雇い方をうちはしていなかっったのよ。

 中間管理職にも、工員達への福利厚生は欠かさないことを告げていたし。

 求人すれば新しい人員は入るから、と酷い使い方をするところが多いわね。今も。だから過激な連中につけ込まれるのよ。

 夫はうちが、上流階級の人々からは丁重に扱われた様に見えても、内心「この成り上がりが」と見られていた時の気分の悪さを良く知っていたわ。

 だからこそ、自分の使う工員達に対してそんな目で見ない様にしていたのよ。

 私もあのひとのその視点に大いに同感だったわ。

 私自身がそうだったもの。

 伯爵家だなんて言っても、没落した、他に寄生するばかりの家。

 送ってくる者は勘違い者ばかり。

 さすがに斡旋した誰もが誰も、一人としてうちでは使えない者だった時、彼はきっぱりと自分のところでこれ以上使うのは断る、と言ってくれたのよ。

 私がどれだけ嬉しかったか!

 お義父様やアリッサ達が一生懸命取り組んできたところに土足でどかどかと乗り上げてきて、せっかく耕した場所を踏み荒らしていくのよ。

 すると彼等、今度はこう言うのよ。

 代わりに相応の職の紹介状を書け、と。

 彼は彼等を上手く紹介する様な文章なんぞ書けない、ってぼやいていたわ。

 仕方がないからそこは私が代筆したの。

 紹介状の体裁はできているし、ぱっと見にはその本人を持ち上げている様な。

 でも見る人が見れば、明らかにろくなことをしていない、ってことが判るような、ね。

 さあこうなると、今度は実家の怒りは私達夫婦とお義母様に回ってきたわけ。

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