三日目の夜の個室にて

1

「だった?」

「あら、つい口が滑ってしまったわ。ええ、もう居ないのよ。彼女の夫と、二人の子供と。あのひと達の家が小さくて、警備も大したことがなかったのがまずかったのよね。……と言うか、当時、あの子達の家を建てた社宅全体が襲われたのよ」

「全体」

「そうね、もう数年前だから、貴女こちらに居たかしら?」

「いえ、その頃は夫と共に東南の国へ。向こうの藩国の一つと国ができるだけ友好を結んでおきたい、ということで三年ほど滞在していたんです」


 地名を言うと、アイリーンはああそこ、とすぐに反応した。


「あそこは、そうね。宝石の産出でも知られているし。でもその周囲の藩国の王達は結構ぼんくらばかりだと聞くけど」

「ええ。ただ夫が赴任した場所の王は、伝統を重んじつつも、新規に取り入れなくてはならないことは淹れよう、としていました。私は私で、そこの夫人達と結構交流も多く」

「あの藩国ということは、王には沢山の夫人が居た?」

「ええ。第一、第二夫人は王が生まれた時から決められた、部族の代表の女性で。第三夫人からが王の好み…… というか、愛した女性だと聞きました。実際、第一、第二夫人は王よりずっとお歳上で……」


 正直当時のことを思い出すと、多少うんざりするところはあった。


「最低三人居なくてはならない、っていうのも、なかなかね」

「昔私が居た辺りでは、支配者であるならば、相当数の女性を集めて子を産ませ、その中で最も優秀な者を後継者にすると聞きました。怖いのは、その時の負けた者達は皆……」


 私はさっと手を首の横で動かした。

 おお怖い、とアイリーンは肩をすくめた。


「それに比べれば、そっちの藩国は何人も居たとしても、夫人達が皆できるだけ仲良くしていよう、という様子が見られて良かったです」

「でも、どうして第一、第二夫人は生まれつき決まっていたの?」

「その辺り、今一つ私にも難しいんですが、宗教的問題というものがある様です」

「宗教」

「私達はまあ、一応国の教会のもとに戸籍を作っているくらいですから、何だかんだ言って国では一宗教、という感じですが。その藩国の場合は、二つの宗教の信者が同じくらい居たんです」


 西の、私が使われていた場所で信じられていたものと、それとは違うもの。


「あまり考えたこと無いけど、そういうのもあるわね。この先旅するなら、ちゃんと考えておかなくちゃ。そう言えばメイリン、貴女の生まれた国ではどうだったの?」

「私の生まれたところですか?」


 思い出す。

 父母はどうだったろうか。自分自身は。


「さほど意識はしていませんでしたね。それこそ天が見ているとかその程度です。今一応、国の教会に属しては居ますが、そのせいでしょうか。あまり私は神というものに対する信仰心というものは無くって。不遜でしょうか?」

「そんなこと無いわ」


 両手で頬杖をつきながら、アイリーンは笑う。


「神様だって試練ばかりくれるのだったら、信じがたくなるというものよ」

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