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ピローグはこの北の国ではあちこちで食べられている揚げパンだ。
総じてその名となっているが、中身が大きな肉詰めになっている場合はメインの食事になる時もある。
今目の前にある様なジャムを入れた拳骨くらいの大きさのものはお菓子だ。
「あまりうちの国では見ないわね。揚げ菓子は」
「そうですね。このクッキーもそうですが、甘さがなかなか」
つまみ上げるクッキーも、やはりジャムが真ん中に入っている。
「お茶を呑む時にジャムを添えるということもあるんですから、甘みが好きなのではないですか」
「あら、私達の国だって、甘いものは好きでしょう?」
「私達の国のお菓子は、ベースになるものは甘さは控えめではないですか? その上に甘いソースを掛けるようなものが多いと思うのですが」
「そう言えば、貴女の昔居た国では甘いミント・ティーが暑い最中に飲まれていたって言っていたわね」
「ええ」
氷などそう簡単に手に入らない土地では、ミントのすうっとした刺激が涼しさを感じさせるものがあった。
「刺激が強いぶん、甘みも強くないと負けてしまうんですよ」
「そうなのかしら。そうなのかもね。こっちの国の場合は、寒い時に飲むお茶だから甘いのかしら」
「夫が言っていましたが、何でも、こちらの国の寒い時期には、皆強い酒を飲む様です。それで身体を温めるというような。だけど本当に寒くてどうしようも無い時は、とんでもなく強い酒も効かないくらいで」
「甘いものも、それに近い効果があるということかしら」
「旅人達は、少ない食料で行き来するエネルギーを得られる様な食事をしなくてはなりませんから。それで甘みの強いものが増えたのではないか、と夫は言っていましたが」
なるほどねえ、と言いながらアイリーンはさく、と音を立ててジャム入りピローグにかじりついた。
私もそれにならう。
するとふふ、と彼女は笑う。
「どうしました?」
「いいえ、こういう食べ方も、特等や一等ではできないのじゃなかったのかな、と思って。向こうは常に廊下にボーイが待機している様な場所でしょ」
「人目が無い方が?」
「うーん、そういうことではなく、特等らしい仕草を求められなくて済むって言うのが大きいかしらね」
そう。
彼女が二等というのは確かに少し奇妙ではある。
彼女の資力なら、特等や一等で優雅な旅をするのが当然だ。一室が広々とし、すぐ近くにボーイが待機している。
こうやって自分で窓から売り子の少年を呼ばなくとも、頼めば簡単に買ってきてくれるはずだ。
その様なことを言ったら、彼女はこう返した。
「だってそれじゃつまらないでしょ」
くすくすと笑みを浮かべながら。
そんなことが、二日目の夕方と、三日目の早朝にもあった。
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