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 それでアリッサはお手本として、私にも一つ作って欲しい、と言ったのね。

 まあ後で判ったことだけど、それは口実だったのよ。

 イニシャルはまず絶対。

 その後どんな飾りをつけるのか、それはその相手のことをよく知った上で考えること。

 そういうことを言いながら、兄君の好きな色とか、刺繍するハンカチそのものを何にするか、とか色々彼女と話しあっったり、買い物に出かけたりしたものよ。

 そして兄君の誕生パーティがうちうちで開かれたわ。

 男爵家の人々は正直、あまり社交界に心からの友人というものは多く無かったの。そうね、社交界の中でも、事業主、郷紳の方々の方に親しい知り合いが多かったわね。

 で、アリッサは実のところ、兄君だけでなく、もう一つ作っていたのよ。

 その時やってきてくださった、兄君の親友のマーティン・グレイズ氏。

 寄宿学校を出た後、士官学校に途中編入し、現在は確か少佐だったかしら。

 まあね、うすうす気付いてはいたけど。兄君への贈り物をダシにして、自分の好きな殿方へも贈り物をした、という訳。

 そういうことか、と思って私はそんな彼女を微笑ましく見ていた時、兄君の方が、こう言ってきたのよ。


「妹が…… 貴女も私に作ってくれたと聞いたのだがそれは本当だろうか」


 私はアリッサの方に目を取られていたたので、唐突に声を掛けられてびっくり!

 でも確かに間違ってはいなかったので、用意していた包みを差しだしたのよ。


「こんなものでよろしければ」


ってね。

 彼はすぐにその場で解いて、そこに自分のイニシャルと、……そう、その時は、模様というより、私が彼に似合うと思っていた詩の一節を刺繍したの。

 アリッサはさすがにそこまではできなかったから、普通に兄君と、まあ本命の彼氏の好きな花を周囲から何とかして聞き出して、イニシャルの近くに上手くシンメトリに配置してしたわ。


「大地の緑なす丘に、風がそよ吹く……」

「お気に召さなかったでしょうか?」


 縁取りのすぐ上に、細かく綴った一節。私の好きな詩人のものだ。


「そんなことはない!」


 彼は慌てて打ち消した。


「今までこんなに素晴らしいものを自分にしてくれたひとは居ない」

「ご冗談を」

「いや、本当だ」


 さてどうしましょう、と私は思ったわ。兄君の熱意が伝わってきてしまったのですもの。

 さあそこで、助け船を出してくださったのが、やっぱり奥様だったのよ。


「まあまあ、……文字がこんなに綺麗に! アイリーン、今度私にも何か一つしてもらえないものかしら? そうね、スカーフにとか……」

「あ、はい、おやすいご用です」

「そんな」


 あからさまに兄君の表情が変わったわ。


「何もアイリーンは貴方のものではないでしょう?」

「そ、それはそうですが……」


 そして奥様は私を長椅子の方へ招き、横に座らせると。


「まだまだね。あんな態度じゃ」


 私は何と言っていいか困ったものだわ。

 兄君に好意は持っていたけど、だったらどうなのか、ということはまだこの時の私には何も考えが浮かんでいなかったもの。

 実際それが形になっていくのは、それから五年がところ経ってからだったわ。

 アリッサが更に上の学校に行きたい、と言い出した辺りよ。

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