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 それからというもの、奥様は私にできるだけ家に帰るな、と言って下さったのね。

 お給金を渡さなくてはならないし、とお断りしようと思うと。


「どれだけ渡しているの?」


 そう訊ねてくださったの。

 私はこれこれこのくらい、と素直に話したら、奥様もう怒りに怒って。


「何ってこと! 夫にも言わなくちゃ!」


 そう言って早足で旦那様の私室へ向かって行ったのよ。

 聞かれた時は昼間ではなく夜だったしね。

 すると旦那様までやってきて。


「九割を渡しているとは本当か?」


 と。

 何のことだろうとうなづいたら、はあ、と額を押さえたわ。


「どうなすったのですか?」


 私は訊ねたの。何をそうこの方々はため息をついているのだろうと。


「あのねアイリーン。貴女の給金のうち、伯爵令嬢をわざわざ雇っているのだから、ということで交渉された際のお金は、毎回銀行の伯爵家の口座に入れているのよ」


 え、と私は目を見開いた。


「あの、それでは私が毎回手渡しでいただいているのは」

「あれは貴女自身が使っていいお金。どうして新しい服や何やらが増えないのか不思議に思っていたのだけど、そういうことだったのね…… 貴方」

「ああ全く。あれだけ受け取った上に、この娘の小遣いまでほとんどせびっていたのか……」


 私は初めて聞くその話にもう驚くばかりで。


「その様子だと、実家では貴女に話をしていない様ね」

「ええ…… 私はただ、給金が入ったら戻って来いと言われているだけで」

「それで九割! アイリーンの手元に残るのは本当に身の回りのちょっとした品しか買えない程度じゃないか!」

「あの、私は別にそれで不自由はしていないのですが……」

「いいえ、貴女の働きが良いこと、アリッサに良い影響を与えていること、それに何より私自身が貴女が来てから楽しいのよ、だからその分のお小遣いのつもりだったのに……」


 思わず奥様はハンカチを出して涙くんでいらしたわ。


「アイリーン、伯爵家への給金そのものは続けるけれど、これから先は、実家の方へ戻らない方がいいわ」

「え、でも……」

「でもじゃありません。伯爵家も伯爵家の誇りを本当に何処に捨てたのだか…… 娘の小遣いまでもむしりとっていくなんて……」

「でも、私が帰らなくなったら、きっと帰って来いと催促が」

「それにはこちらで用事があるから居てもらうということできちんと伝えておくわ」


 奥様の力強い言葉に私も思わずぽろぽろ涙を流してしまったわ。

 おかげで、新しい服を作る布地とかを自分で買いに行く様にできるようになったし。あとは本かしら。

 男爵家にはさほど多くの本が無かったし。

 買い物にアリッサと一緒に行くことも増えたわ。裁縫道具とか、布とか、色んなものを選ぶ訓練をした方がいい、と奥様がおっしゃって。

 そんな中、アリッサが兄君の、後の夫の誕生日に刺繍の入ったハンカチを送りたいから教えて欲しい、って言ってきたの。

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