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「夫はその当時、仕事でその家の御主人と関わることが多かったんです」

「正式な客人として?」

「ええ。夫は当時は大使ではなく、大使補佐の補佐、と言った辺りでした。所属は軍部でしたし」

「あら」


 口元に手を当てる。


「すると当時は、旦那様は軍の情報部に近いお仕事をなさっていたのかしら?」

「さあどうでしょう。私はその頃の夫の仕事に関してはよくは知りませんでしたから」


 そう、と彼女は微笑む。


「どうしてそう思うのですか?」

「そうね。やっぱり研究者がまず政府筋で雇われるとすれば、情報関係だと思ったから」

「何故です?」

「特に貴女の旦那様は、我が国からしたらまだ未知の国のこと――特に言語と習慣をよく知っていたのでしょう? こういう人材を一番必要とするのは外交というよりは軍部だわ」

「そうでしょうか。夫は軍事は外交の一部分だ、ということをつぶやいてはいましたが」


 そうね、と彼女はボーイを呼ぶ。

 お茶がそろそろ出過ぎて濃くなってしまったので割るお湯が欲しい、と頼む。


「構わないかしら?」


 同じポットを使っていたことから、彼女は私に問うた。

 はい、と私はうなづき、続けて頼んだ。


「牛乳をもう少し欲しいのですけど」

「あら、使いすぎてしまったかしら」

「いえ、私が牛乳を多く入れる趣味なので……」

「そうなの。そう言えばジャムはもういいの?」

「牛乳を入れた茶には何も入れない方が私は好きですから」


 そう、これは昔の癖だ。

 牛乳を入れた茶に甘みはつけない。

 昔の癖で甘くするのは、濃く出したミント・ティーだ。

 乾いた暑い風が吹きすぎる国に居た時には、それを甘くして飲んだものだった。

 牛乳の方は、砂糖抜きでスープのようにして飲む習慣の国に夫と何年か居たことからだ。

 どちらも乾燥した場所であることは同じだった。


「煮出したミルクティーの国には、到着の前日辺り、駅に止まるのじゃないかしら」

「そうですか。その時には売り子が出るでしょうか?」


 長距離横断列車は、止まる駅は少ない。

 だが停車時間は長い。

 物資の補給などで時間がかかる。


「次の駅は今日のお昼くらいね。私、あの国の焼き菓子が好きなのよ。売っていればいいんだけど」

「お買い求めになるのですか?」

「旅の醍醐味というものでしょう?」


 アイリーンはふふ、と笑う。


「駅に下りるつもりですか?」

「いけない?」

「いけなくはないですけど」

「だったら貴女も行きましょうよ」

「……私はちょっと。それにまだあの駅では、昇降客が結構あるのではないですか? 出るなら、人気の無い駅の方が」

「そう、じゃあ今日は窓から売り子を呼び寄せましょうか。その代わり、私の話の続きもちゃんと聞いてね。まだまだ続くのだから」

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