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「ええそうですわ。夫は様々な国の文化や言語の研究の権威の教授の下で学び、また自身でも課題を立てて現地まで赴くことが大学の頃からたびたびでしたの。ふらっと出かけては砂漠の国で一度死んだという電報が自宅に打たれたとかで、大変な騒ぎになったこともありましたわ」

「武勇伝なのね」

「そういうことが夫は好きなのです。まだ寄宿学校の頃から、何かと無茶をしたそうで…… 足にまだ傷跡が残っていたり」

「準男爵家でしたか。エドワーズ大使のご実家は」

「ええ。彼は三男でしたから、継ぐことはありませんでしたが…… いえ、きっとアイリーンはご存じでしょうね。夫は準男爵の子ではありましたけど、私生児の扱いでしたから」


 そう。

 アイリーンとは違う、本当に庶民の中の学のある女性からなる家庭教師、夫の父はその家庭教師との間に数人の子を儲けた上で家を出てしまったのだ。


「ただ彼の家系は頭が切れる人物が多く、お母様も庶民から出た家庭教師であるくらいですから、相当なものです。その息子達は皆、奨学金だの推薦だので上級の学校に入ったものでした」

「特に、貴女の旦那様は優秀だったそうね」

「夫は詳しくは言いませんが。それでも首席で卒業し、卒業論文は学会でも相当な話題になったと聞いています」


 彼は砂漠の国へと単身渡り、命の危険も感じたことが多々あった中で、様々な記録を取り、時には遺跡の調査もし、……ちょっとした以上のトラウマも抱えた中帰国している。

 そして戻ってまとめた論文で、それまで私生児だ何だと自分と何だかんだと言って蔑んできた周囲にやっと何かを叩きつけた気分だった、と言っていたことがある。


「そんな方が、教授にならず大使に?」

「講師の職では好きな研究もしながら食べていけなかったそうです。それでともかく他国に出られる職を斡旋いていただいたら、政府筋の外交の方でお話をいただきまして。主にやはり彼が当初有名になった砂漠の国に近い方で。言語や文化の理解がしやすかったということですから」

「そうすると貴女とは、東の国で出会ったという訳ではないのね」

「ええ」


 私は一呼吸置いて言った。


「私は砂漠の国の富豪に買われたのです」


 最初に私を買ったのは、隣国の人買いだった。

 その後、しばらく西へと道をたどり、海に面した都市まで移動した。

 そこに人身売買マーケットがあったのだ。

 私は十歳かそこらだったのだが、途中次々と加えられていく他部族の子供に比べて幼く見えたらしい。

 なかなか買い手が付かなかった。

 その中で、ある砂漠の国の富豪の奥方が、私に目をつけて買い入れた。


「私は運が良かったのです。買ってくださったのは、富豪の方そのものではなく、奥方の方でしたから」

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