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「せっかく一週間もご一緒できるんですもの。貴女のことも知りたいのだけど」
「大したことは無いですわ」
いや違う。話しだすと長い。
だが大半はできれば忘れたくなる様なことばかりだった。
今の夫に出会ったことで、ようやく私は平穏な生活を手に入れたというのに。
「でも一週間だけのお付き合いなのだもの。通りすがりの、地面に掘った穴のつもりで話してみてもよくないかしら?」
「そうですね……」
地面に空いた穴か。
王様の耳はロバの耳とばかりに言ってしまうのも悪くはないだろう。
彼女がたとえ富豪の未亡人だとしても、この先の私達にそうそう関わりがあるとは思えない。
「何処からお話しましょうか」
「貴女のお好きなところで良くってよ」
ふふ、と彼女は笑った。
「私の話だって、とりとめがないでしょう?」
確かに。
葡萄の実を一つ吸うと、私は切り出した。
「ブルックス様は、これから東の果ての国までいらっしゃるのですよね」
「名前で呼んでいただけると嬉しいわ。今じゃそんなに呼んでくれる方もいないのよ」
「……アイリーン様」
「アイリーンでいいのよ。私もメイリンと呼ばせて頂戴。この旅の間だけ」
押しの強い人に私は弱いのだ。
「ではアイリーン、東の果てにいらっしゃるんですね」
「ええ。この先の終点から乗り換えて、更に東へ行く船が出ているから、そこから行ってみようと思うの」
「私はその終点辺りで、両親に売られたのです」
彼女は黙ってうなづいた。
私の外見からして、すぐにある程度の事情があるとは察せられるものだ。
そもそも私が大使夫人だということを証明するものを持っていても、あの駅の窓口は部屋を用意するのをためらった。
それはこの外見にある。
私は東の沈みゆく国から買われた子供だったのだ。
「ただ買ってくれたのが東洋趣味の物好きというだけでなく、私がたまたまちょっとだけ気が利いたり、言葉の覚えが早かったことから、使用人としてきちんと仕込もうということにしてくださいました」
「そうよね。だって貴女の言葉、とても音楽の様で素敵だもの」
「夫は変わった癖だと言いますがね」
「どれだけの言葉を話せるの? 私はせいぜい三つ。これから行く先の国は、ずいぶん変わった言葉らしいから、大変になりそうだけど」
「発音や単語はともかく、言葉の並びは同じなので、ひたすら語彙を増やしていきました。今では五カ国語は何とか。夫には負けますが」
「エドワーズ大使は夫の先輩にあたるのだけど、開校以来の語学の権威だそうね。確か、卒業論文のために、砂漠の国までふらっと出向いて周囲を心配させたとか?」
「ずいぶんよくご存じですね」
「社交界でも有名な話だったわ。だからこそ、花嫁も国際的な方を娶ったとか」
嫌み――ではない。むしろ褒めている。
少なくとも私にはそう取れた。
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