最終話 還るべき場所

 ピオニエーレを内包した巨大なティタン・ゴーレム融合体は、魔力の翼を生やして空へと上昇していく。極めて重量が重いためにノロノロとした低速ではあるが、このまま追撃を振り切ってエルフ村から脱出しようと必死なのだ。

 しかし、ここでピオニエーレの逃走を許すわけにはいかず、アリシアは制圧したコントロールルームにて打開策を考えた。その案は、グライフィオスによる砲撃でティタン・ゴーレム融合体ごと撃破しようというものである。


「グライフィオスの魔道砲を使うにしても魔力量は問題ないのか? ピオニエーレが王都に向けて撃った直後だけど……」


「少しではありますが、精製炉にて魔力の充填が行われています。最低限の出力でしか発射出来ないとはいえ、あの巨体を破壊するだけの威力は出せると思います」


 アリシアはグライフィオスの制御を行い、精製炉の魔力を砲塔へと流し込む。充填率は十パーセント以下で、この量では射程も極端に短くなってしまうだろう。

 だがティタン・ゴーレム融合体は目と鼻の先にいるため問題はなく、アリシアのコントロールを受けた魔道砲が射角を変更し、全ての元凶である怨敵へとターゲットロックを行った。


「ピオニエーレ……アナタもこれで終わりです!」


 そう叫ぶアリシアは魔道砲のトリガーを引く。

 直後、閃光が再び魔道砲から照射された。レーザー状のそれは轟音を轟かせつつ、数秒に渡り大地を照らす。


「アリシア・パーシヴァルがグライフィオスを…? うわっ!」


 まさに因果応報。最終兵器グライフィオスを使って大量虐殺を企てた悪鬼が、逆に自らに向けて使われることになったのだ。

 ティタン・ゴーレム内のピオニエーレは激震に見舞われながら、恐怖と同時に怒りの感情も露わにしている。アリシアなどという小娘如きに邪魔をされ、あまつさえは命を奪われようとしている現実に耐えられなかった。


「こんなバカなことはあり得ないのですよ! わたしこそがハイエルフ…選ばれし存在なのですから!」


 言葉と共に邪気を撒き散らすピオニエーレ。魔道砲の灼熱がティタン・ゴーレムの装甲を融解して、彼女の収まるコックピットフレームはドロドロに崩れていく。

 その様子をモニター越しに確認したアリシアは、決着が付いたのだなと安堵しながら制御盤から手を放した。


「これで、やっと……」


 魔道砲の照射は終わり、直撃を受けたティタン・ゴーレム融合体は内部の魔力が暴発して爆散。バラバラに崩壊して地面に落下していき、胴体部分はグライフィオスの土台となっている下層部の外装に落ちてクレーターを作っている。


「長い戦いでしたね。終わってみれば一瞬の事だったように感じますが……」


「だな。ピオニエーレとナスターシャ、エルフ村の惨劇を引き起こした二人の黒幕は消えた。ヤツらに悩まされる日々が遂に終わったんだ」


「エルフの雷と呼ばれた伝説の兵器も取り戻せましたし、ひとまずは一件落着ですね」


 決定打を叩きこんだグライフィオスこそ、一連の事件の発端となった物である。この超兵器を利用して全てを破壊しようとしたダークエルフは地獄へと落ち、ようやく平和への一歩を踏み出せたのだ。


「あとは、ビロウレイ王国を脅かす魔物をグライフィオスを用いて倒せば万事解決です」


「それが本来の使い方だしな。その前に、ティタン・ゴーレムの残骸の様子を確認しておこう。あの中にピオニエーレが入っていたわけだけど、もしかしたらヤツは無事かもしれないから」


 確かにティタン・ゴーレム融合体は破壊したのだが、その巨体に搭乗していたピオニエーレ自体の末路は見ていない。黒焦げとなって墜落した胴体ブロックの内部にて、まだ生存している可能性があるのだ。


「ですね。用心しておくに越したことはありません」


 しぶとく生き残ってきたダークエルフなのだから、きちんと生死確認はするべきだろう。実際、アリシアの魔弓に撃墜されても尚生きていたのだから。

 頷くアリシアは監視カメラを動かし、ティタン・ゴーレムの胴体が落着した場所を映し出すと、


「な!? ピオニエーレが!?」


 歪んだフレームの隙間から這い出てくるのはピオニエーレだ。これでもまだ死んではおらず、意地でも生き残ろうという根性は大したものである。

 しかし、感心している場合ではない。ピオニエーレは魔道砲の死角にいるため砲撃できず、直接手を下しに行く必要がある。


「精製炉の穴からならば魔弓で狙撃できます! 私の魔力量が少ないのでミューアさんの手も貸してください」


 アリシアは魔弓を担いで駆け出し、下の階にある魔力精製炉を目指す。そこに開いた大穴からならば魔弓による射撃が可能で、しかもアリシアなら翼を使って飛び出せる。

 

「任せろ。ん、コレって…?」


 後を追おうとしたミューアは、コントロールルームの端に何かが落ちているのを見つけて立ち止まった。キラリと光るソレはミューアにとって馴染み深い物で、アリシアにも教えてあげようとしたのだが、既にアリシアは部屋を出てしまっていたのでポケットに仕舞って追いかけていく。






「見つけた、ピオニエーレ! まだ飛んではいませんね…!」


 精製炉の穴から下を覗くと、ピオニエーレはまだ墜落現場から離れてはいなかった。体の痛みのせいで逃走しようも動けずにいたようだ。


「あの状態なら捕縛することも……」


「いや、待て。飛ぶぞ、アイツ」


 しかし根性は人一倍あるピオニエーレ。足が折れて歩行もままならず、脳震盪を起こしながらも生存本能に従って翼をはためかせた。


「アリシア、もうアレは倒すしかない。魔弓を!」


「はい!」


 アリシアは魔弓を構え、そのアリシアの手にミューアが優しく手を添える。アリシアの体内魔力量が少ない為、ミューアの魔力を補助として流しブーストをかけるという作戦だ。


「アタシの魔力はハイエルフであるアリシアのモノほど強くはない。よってメガ・アロー・ランチャーの性能を存分に引き出せはしないけど……」


 ハイエルフ専用機であるメガ・アロー・ランチャーは、アリシアかピオニエーレでなければ限界性能を発揮できない。そのため、アリシアの魔力を主導としたとはいえ純粋な力は出ないのだ。

 だが、ティタン・ゴーレムを降りた生身のピオニエーレを撃破するには充分だろう。


「それとな、さっきコレを見つけたんだ」


「あ、私の指輪ですね!?」


「ああ。ナスターシャに外されたと言ったじゃん? それがさ、コントロールルームに落ちていたのさ」


 先程ミューアが拾ったのは桃色の指輪だ。これはディガーマにて買ったペアルックの物で、ナスターシャに奪われ破棄されていた。

 ミューアは、その指輪をアリシアの”左手の薬指”にはめる。


「ミューアさん…?」


「一生のパートナーだろ、アタシ達は。共に最期まで生きる……な?」


「最期まで、いつまでも」


 ウインクするミューアに頷き返し、アリシアは残る力全てを絞り出して矢を作り出す。煌々と輝く矢は大技用のもので、強力な一撃をもってしてケリを付けようとしていた。

 

「いきますよ…シューティングスター!!」


 アリシアとミューア、二人の魔力を乗せた矢が放たれる。純粋なハイエルフの魔力だけではないので少し輝きが鈍く見えるが、それでもグライフィオスの魔道砲にも引けを取らない光量で解き放たれた。


「くっ、逃げのびてみせますよ…! 選ばれし存在なんですから、わたしは!」


 死にかけながらも飛翔したピオニエーレは地上からの攻撃を躱しつつ、再び空を目指していく。これでは砲撃の射角内に入るのだが他に逃走経路は無く、とにかく高く遠くを目指すしかない。

 しかし、さすがのハイエルフであっても満身創痍では不利を打開するなど不可能だ。魔弾で攻勢に出るのも、魔力障壁で防御を行う余力も失われている。

 

「アリシアさえいなければ……わたしは全てを手にれられたのに!」


 それが、最期の言葉であった。

 太陽を目指すように上昇していた彼女は、今度こそ閃光に包まれて身を焼く。断末魔の絶叫が虚空に響き渡り、自分の力を過信した悪魔は浄化とは程遠い怨念を抱きながらエルフ村へと還っていく……

 

 想い合う二人のエルフが解き放った流星はそのまま雲を貫き、空を裂いて宇宙にすら届かんとばかりに高度を上げていった。それは、まるで勝利を知らせる号砲のようで、生き残った戦士達が武器を降ろしながら見上げる。

 多くの命が散った惨劇の始まりの地にて、グライフィオスを巡る戦いはこうして終局を迎えたのだ。ハイエルフとして覚醒したアリシアと、族長家の使命を受け継いだダークエルフのミューアの手によって。






 エルフの村は平穏を取り戻した。いや、正確に言うと村は焼失して閑散としているので、もはや廃村そのものとなってしまっているのだが。

 ともかく、ティタン・ゴーレムなどという怪物兵器は消え去り、叛逆のダークエルフがこの世を去って動乱の兆しは今のところは無い。

 そのエルフ村の中心部にそびえ立つ塔、グライフィオスは今日も太陽光を反射しながら静かに佇んで、戦局を覆すような大火力は鳴りを潜めている。


「ここから村を復興させるのは大仕事だな。住居の多くは焼け崩れているから、立て直す必要がある。そもそも、エルフの住人が少ないんじゃ……」


「大丈夫ですよ。王都や他の街に避難していたエルフの方々が少しずつ戻ってきていますから、全てが元通りとはならなくても復興は果たせるはずです」


 あの襲撃の夜、村から脱出をしたエルフの数は少なくはなかった。それぞれが散り散りになって避難し、ビロウレイ王国内の街や村に身を寄せていたのだ。

 そうしたエルフ達はアリシアらによる村奪還の報告を聞いて次々と帰還し、想定よりも頭数が揃いつつある。

 とはいえ村が壊滅状態であることに違いはなく、皆で力を合わせて盛り返していかなければ種族の未来は暗いままになってしまう。


「ここがアタシ達エルフの帰るべき故郷だからな。種族全体のためにも、もう一度村を取り戻す。そして、そのリーダーとなるのはアリシア、きみだ」


「私には荷が重いですね……戦いが終わったらスローライフとやらを満喫したいと思っていたのですが……」


「のんびりとやっていけばいい。それに、アリシアは一人じゃない。アタシがいるんだからな」


 ミューアはグッと親指を立てる。

 実際、ミューアがいるからこそアリシアも前向きになれているわけで、その心強い笑顔が隣になかったら物語はとっくに終わっていた。

 グライフィオスのコントロールセンターでモニターを観測する二人は、無意識のうちに手を繋ぐ。


「そういやグライフィオスの魔道砲の調子はどうだ?」


「問題ありません。精製炉にて魔力の充填を行っていますから、それが終わり次第どのような出力でも撃てます」


「ビロウレイ王国内に蔓延る魔物を狙撃できるわけだ。人間族の女王のオーダーは達成しないとな」


「城は崩壊してしまったようですが、女王さんがご無事だったのは不幸中の幸いですね」


 王都の城が魔道砲の攻撃を受けた時、女王はたまたま城から離れていたために被害を免れたのだ。しかし、数多くの人員が城と共に消滅してしまったため、人間側の損失は計り知れない。

 ピオニエーレの引き起こした一連の事件により、両種族の交流関係断絶もあり得るかとアリシアは覚悟していたのだが、共闘して悪に立ち向かったベルギットらのおかげもあって最悪の事態は回避できた。今後は相互協力して復興を行うという宣言が採択され、むしろ関係を前進できたと言えよう。

 その一環として、グライフィオスを用いた魔物殲滅を依頼された。もともと、これは女王が以前から考えていたプランであり、ビロウレイ王国の平和のため有効に最終兵器を使う場面が来たのだ。


「どんなに恐ろしい武器や兵器でも、使い手次第で救世の手段となる。つまり、アリシアのような優しく思いやりのあるエルフならば、村だけでなく世界すら守れるってね」


「買いかぶり過ぎですよ。確かにハイエルフとしての資質はあるのかもしれませんが、なにも特別な存在ではありません」


「アタシにとってはアリシア・パーシヴァルは特別な存在だけどね?」


「えへへ、ありがとうございます。ミューアさん、私の手を離さないでくださいね」


 アリシアはミューアと繋いだ手をギュッと握りつつ、もう片方の手でグライフィオスの操作盤に触れた。唯一のハイエルフとして大役を果たすため、塔全体のシステムを起動する。




 これは、寄り添い合う二人のエルフを中心とした、新たなる伝承の幕開けの物語。

 アリシアとミューア、共に生きることを決意した彼女達の、始まりの一歩である。


         -完-

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村を焼かれたエルフの少女アリシアは、ワケありのダークエルフと旅に出るようです。~陰謀に巻き込まれたり人助けをしたりと大忙しですが、いつかはスローライフを謳歌したい!~ ヤマタ @YAYM8685

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