第25話 再戦、ピオニエーレ

 デモン・イーグルを撃墜したアリシアだったが、頭痛でよろめいてミューアにもたれ掛かる。これは黄金の魔弓の特殊能力による反動であり、まだ扱い慣れていないせいで強い負荷が発生したのだろう。


「発射した矢を遠隔コントロールできるとはね……しかも脳内で念じるだけでなんて、普通の魔弓じゃあり得ないよ」


「この魔弓を使いこなすには訓練が必要ですね。でも少しコツが掴めてきましたし、威力そのものも高いので気に入りました」


「確かに性能は良いけど、アリシアは大丈夫なのか? 脳に大きな負担があるみたいだし心配だよ」


「初めてだったから痛みがあったんですよ。事実、二回目は一回目ほどの痛みはなかったです」


 ともかく、黄金の魔弓は強敵相手に有効な武器である事は確かだ。これを使えば飛行型の魔物であっても容易に撃ち落とせるだろう。


「しかし、ピオニエーレはいないね。ヤツは廃坑の中にいるんだろうか」


「恐らく、そうでしょうね。あのデモン・イーグルに周囲の魔物を殲滅させて、入り口付近に配置して警戒させていたのでしょう」


「よし、じゃあアタシ達も廃坑に入ろう」


 ピオニエーレという宿敵を目の前にすれば追わずにはいられない。

 二人は武器を構えたまま坑道の入口の扉を開き、地下へと続く階段を下っていくのであった。






 魔力に反応して発光する魔結晶を取り出し、その灯りを頼りに真っ暗な地下を進んで行くアリシアとミューア。

 入口から少し進んだ先、採掘によって大きく開けた空間に差し掛かった。ここには鉱物や魔結晶が豊富に埋没していたようで、大掛かりな発掘作業が行われていた証左と言えよう。当時の道具類なども放置されており、魔物の襲撃によって慌てて退避した名残も感じられる。

 そんな採掘部屋の奥にも光が灯っていた。ミューアの持つ灯りとは別のモノで、近くには人型のシルエットが立っている。


「見つけたぞ、ピオニエーレ!」


 ミューアは剣を差し向け、その名を呼ぶ。

 黒いマントを羽織ったエルフは、間違いなくピオニエーレだ。

 

「おやおや。こんなところでアナタ方と遭遇するとは。よく会いますね、わたし達」


「オマエは何をしにココに来たんだ? 暇潰しに廃坑見学か?」


「わたしはアナタ方と違って暇ではないので違いますよ。この前の戦いで負傷し、秘薬を切らしてしまったので、素材となる純度の高い良質な魔結晶を探しにきたのです。ココは以前、魔結晶の発掘量が多い坑道だったと聞いたことがあったので。それと、ついでにエルフの雷も埋まっていないかも調べようとしたんです」


「アタシ達と目的は同じだってのか……てか、そんなに真剣になってエルフの雷を探してんのかよ」


 ミューアにしてみれば、エルフの雷など伝承上にのみ存在する物だ。実在はせず、あくまで大昔の魔物との大規模な戦いを語る中で尾ひれが付いたのだと。

 だが、ピオニエーレの考えは違っていて、エルフの雷と呼ばれる強大な武器は確かに存在すると信じていた。


「アナタ方のように発想が貧困なエルフとは困りものですねぇ。こうして世界樹の枝という神秘があるのですから、これとリンクする武装があっても不思議ではないでしょう?」


「もし実在するならば、その世界樹の枝と共に保管されているだろうよ。けど族長邸にも無かったのだから、エルフの雷なんて武器は無いんだよ。そもそも、オマエはそんな武器を持ち出して何をするつもりだ?」


「魔物の軍勢を焼き払ったという圧倒的な力を手中に収め、わたしが全てのエルフ族をひれ伏させるのですよ。力を持つ者こそが他者の上に立つに相応しいと言うでしょう? そのためにですよ」


「アホくさ。テメェの幼稚な発想にはヘドが出る」


「別に理解してもらおうとは思っていません。全てのエルフの頂点に立ち、新たな族長となる。それが、ピオニエーレことわたしの使命なのです」


 ピオニエーレは左手に握った世界樹の枝を頭上に掲げ、自分がエルフ族の長だと主張しながら宣言する。あまりにも自信過剰な態度だが、卑屈さが全く無いので逆にすがすがしい。


「でもアナタの野望もここまでです! 私達がアナタを倒します!」


「ふん、言ってくれますね。外に配置しておいたデモン・イーグルを倒して調子に乗っているようですが、わたしも同じように仕留められると考えているのなら愚かです」


「仕留めてみせますよ!」


 アリシアは魔弓を構えて狙いを付ける。普段は温厚なアリシアでも、ピオニエーレは許せる相手ではない。

 そして、煌めく矢を勢いよく射った。


「その程度ではね!」


 射線上から逃れ、回避できたと余裕ぶるピオニエーレ。確かに普通の魔弓相手ならば問題はなかったろうが、アリシアの持つ特殊な黄金の魔弓には通用しないのだ。

 目をつむったアリシアは脳内に映し出されるイメージに集中し、ピオニエーレに向かって矢の進行方向を変更する。


「なんとっ!?」


 その前代未聞の技を目の当たりにしたピオニエーレは驚愕しつつも、無意識の内に防御の姿勢を取る。

 右手に装備していた大剣で体の前面をシールドし、矢の一撃を阻止してみせた。


「なるほど。あの機動性の高いデモン・イーグルをどうやって倒したのか気になりましたが、アナタの曲がる矢を用いて撃墜したのですね?」


「私の攻撃からは逃れられませんよ!」


「だから調子に乗るなと言いましたよね? わたしとてエルフの長を名乗る者なのですから、この程度で負けたりはしません」


 世界樹の枝を懐に仕舞いこみ、ピオニエーレは空いた左手で背負っていた杖を装備した。杖といっても歩行補助用の道具ではなく、れっきとした武装であり、木製のソレは全長百三十センチにも及ぶ長さを誇っている。


「こちらとて射撃はできるのですから!」


 杖を差し向け、その先端が光を帯びて収束していく。直後、魔弓から放たれた矢にも似た眩い閃光が解き放たれて、アリシア目掛けて飛翔する。


「魔弾攻撃…!」


 アリシアは咄嗟にバックステップで退避するも、先程まで立っていた場所に杖から撃ち出された魔弾が着弾して爆発し、巻き込まれて後方に吹き飛ばされてしまった。

 魔弓も杖も魔力を攻撃に転じさせる点は同じだが少し違いがある。魔弓は速度と貫通力が高く、杖は破砕力が高く着弾時に爆発を引き起こす。つまり、多人数相手での制圧力は杖の方が上なのである。


「火力はわたしの方が上ですねぇ!」


 アリシアとミューアの二人を同時に相手にするのであれば、杖は効果的な武器であり、もう一撃を放ってミューアをも牽制してみせた。矢による攻撃であれば防御も可能であるが、爆発を起こす魔弾を防ぐのは難しい。


「さあ! 覚悟をして頂く!」

 

 勝気になって再び魔弾を発射するピオニエーレ。

 しかし、杖による魔弾に欠点が無いわけではない。威力が高い分、魔弓よりも魔力消費量が多く、連射をしていればすぐに魔力切れを起こしてしまうのだ。

 数発の魔弾を撃ったものの、当初の目論見通りには事は進まず、ミューアもアリシアもギリギリで致命傷は避けていた。これではピオニエーレの魔力切れが先になるのは間違いない。


「チィ…しぶとい奴らですね!」


「今度はコチラの番です!」


 お返しとばかりにアリシアが矢を射る。魔弾による爆煙をすり抜け、遠隔操作されてピオニエーレの頭部を狙って飛び立つ。


「射線が曲がってくると分かれば、もう驚きませんよぉ!」


 秘技や必殺技というものは基本的に初見殺しであり、一度見てしまえば対策を取ることも可能だ。

 ピオニエーレは杖を縦に構えて魔力を流すと、彼女の体の周囲を球体の半透明が包み込む。


「どの包囲から近づいてこようと、わたしには当たりませんなぁ!」


 矢が急速に接近しているのにも関わらず、一歩も動かず不敵な笑みを浮かべて一歩も動かない。このままでは射線を曲げずとも直撃しそうだ。


「魔力障壁か! アレではアリシアの矢も無力化される…!」


 杖にはもう一つ繰り出せる技がある。それは魔力障壁と呼ばれるバリアで、杖から使用者の周囲に展開することができるのだ。

 魔力障壁の耐久度は高く、並み大抵の攻撃では突破することはできず、アリシアの矢は魔力障壁によって簡単に防がれてしまった。


「こちらの火力だって上がっているハズなのに…!」


 デモン・イーグルという巨体を撃破できるだけの威力を獲得したわけで、アリシアも自信を付けていたのだが、その自信すらも砕かれてしまうような事態である。


「でも無敵ってワケじゃない。人数もコッチのが上だし、打つ手はまだあるよ」


「そうですね。ココで仕留めないと厄介な敵ですし、絶対に勝ちます」


 いくら防がれようが通用するまで攻撃の手を緩めなければいいだけだ。それに、魔力障壁を使用している間は防戦一方となって攻めに転じることはできない。

 アリシアは闘志を失っていないギラついた睨みと共に、もう一度狙いを定めるのであった。


     -続く-

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