第24話 黄金の魔弓が描く軌跡

 翌朝、アリシアとミューアは純度の高い魔結晶を求め、廃坑を目指してスティッグミを出立した。ノブルのおかげで装備も充実し、これなら魔物との戦闘でも存分に力を発揮することが出来るだろう。

 再び馬に騎乗するアリシアは相変わらず目を回しているが、これはミューアがスピード狂で速度を際限なく出しているのが悪い。


「ひゅ~……」


「ごめんごめん。馬に乗ると、ついテンションが上がっちゃって……」


 ミューアは休憩のために馬を止めて、アリシアを抱えながら地面に降りた。この状態のアリシアでは、もし魔物と戦闘となっても戦うことは不可能だ。


「ここで休んだら、廃坑までは徒歩で向かおう。スティッグミの町から離れたし、この先は魔物と遭遇する可能性が高くなるからね」


 町の近くは人間の兵士が警戒して回っているため、近づく魔物は追い払われて、ある程度は安全である。しかし、人の目が届かない荒野などは魔物の格好の生息地となり、町の防衛圏の外側に出る際には細心の注意を払う必要があるのだ。

 ミューアは近くに生えている木と馬を頑丈なロープで繋ぎ、背負っていた剣を立てかける。


「アリシア、魔弓の調子は大丈夫?」


「あ、はい。壊れている部分もありませんし、いつでも使えますよ」


 アリシアはノブルから譲られた黄金色の魔弓を手に持つ。太陽光を反射するために目立って仕方ないが、以前使っていた魔弓よりは性能が良いらしい。


「あの、私はエルフの秘薬の作り方を知らないのですが、素材とする魔結晶はそれほど良質でないとダメなのですか?」


「かなり性能の良い薬だから、素材も良質でないとならないんだ。普通に買えるような安物の魔結晶だと秘薬としての効果が付与されないのさ」


 高性能な物品を作るには、それに見合う質の素材を用いなければならないという事だろう。実際にエルフの秘薬は傷を瞬時に治すだけの力があり、普通の薬品とは段違いの効果を持っている特殊な物だ。


「そういえば、エルフ村での戦いで私は死にかけたと思うのですが、あの時の治療に秘薬を使ってくれたのですか?」


「うん、そうだよ。アタシがアリシアを見つけた時、腹が大きく裂けていたからな。もし秘薬が無かったら助けられなかったと思う」


 アリシアは服をめくり自分のお腹を改めて確認する。そこに傷は一切なく、瑞々しい滑らかな肌と形の美しいヘソがあるだけだ。

 その魅力的な柔肌に目を奪われるミューアは見つめながらゴクリと生唾を呑み込む。


「綺麗……すべすべしてそう」


 思わず言葉にしてしまったミューアは、ハッとして顔を赤らめる。


「えへへ、触ってみますか?」


「あえっ!?!?」


 アリシアもまた恥ずかしそうにしながらも、ミューアの手首を握った。そして、自分のお腹へと掌を触れさせる。

 きめ細かな感触が掌の全体に伝わり、高鳴るアリシアの鼓動に合せて脈打つ血の波紋までもを感じ取った。


「ど、どうですか!?」


「すごく…すごい」


 幼児並みの語彙力でミューアは答えて軽く手を動かす。すると、くすぐったいのかアリシアは小さな笑い声を漏らした。


「アリシアって、けっこうビンカンだよね」


 更に指をゆっくりと滑らせ、わざと刺激を与えていく。

 しかしアリシアは全く抵抗せず、ミューアの自由にさせていた。


「はうぅ……」


 軽くビクッと肩を震わせるアリシアの反応は、もはや淫靡の領域に達している。もし他の誰かに見られたら盛大な勘違いをされてしまうような光景だが、当人達はそれに気がついていない

 ミューアは熱を帯びる指先を更に移動させようとした、その時、


「な、なんだ? 何かが近づいてくる…!?」


 何者かが翼をはためかせる音を探知する。その音は次第に大きくなってきて、接近してきているのだと分かった。

 ミューアは咄嗟にアリシアを抱え、木陰に身を隠す。


「飛行型の魔物か…? ったく、邪魔しやがって!」


 二人きりの甘美な時間を妨害された事に憤りつつ、ミューアは空に視線を走らせて索敵した。

 すると、視界の端に黒い影が映りこむ。


「あれは、デモン・イーグルか? にしてはサイズがデカいが…?」


「デモン・イーグル、ですか?」


 アリシアもミューアが指さす先の飛行型魔物を捉える。高度は低く、地上から百メートルほどを飛んでいた。

 その容姿は動物のワシに似ており、漆黒の体に天空をも掴みそうな巨大な翼を生やしている。まさに空の王者という風格に相応しい勇姿だが、頭部は悪魔のように醜く歪んでいて、恐怖の象徴とも言える存在だ。

 

「コッチには気がついていないようだね」


 全長十メートルにも及ぶ巨体は隠れているミューアとアリシアを探知しておらず、大地に影を落としながら飛んでいく。行く先は、どうやら廃坑のある方向のようだ。


「行き先はアタシ達と同じってか……って、アレは!?」


 木陰から覗くミューアは身を乗り出し、驚愕しながら素っ頓狂な声を出した。その理由が気になったアリシアは、ミューアの視線の先にいるデモン・イーグルの背中を凝視する。


「まさか、アレはピオニエーレ!?」


「らしいな…!」


 なんと、デモン・イーグルの背中に乗っているのはピオニエーレであった。エルフの村を破滅させた元凶であり、アリシア達の追うべき存在だ。


「こうなればヤツを追うしかないな!」


「ですね。こんなところで会うとは…!」


「世界樹の枝を使ってデモン・イーグルを強化し、操っているんだな。あのイノシシ型の魔物のように」


「そういう事ができるって厄介ですね」


 通常、魔物とヒト族は相容れることはない。つまり、動物を乗りこなすように魔物に乗るなど不可能なのだ。

 しかし、ピオニエーレは世界樹の枝を用いて魔物を支配する事が可能であり、まさに目の前の事象がそうである。

 アリシアとミューアは駆け出して、デモン・イーグルに騎乗するピオニエーレを追うのであった。






 休憩地点から暫く走った後、丘を越えて廃坑のすぐ近くに到着する。黄土色の荒野の中に隆起した土山は地下の坑道へと続く入口となっているらしく、簡易的な木枠の扉が備え付けられている。

 この廃坑付近には魔物が生息している話を聞いていたので、交戦を覚悟していたのだが魔物は蔓延っていなかった。

 いや、正確に言えば、数刻前までは魔物のテリトリーだったのだろう。しかし、地下の廃坑へと続く入口付近には多数の肉塊が転がっている。それらは魔物の残骸そのものだ。


「魔物が沢山死んでいますね……一体どういうんです?」


「そりゃアイツのせいだな」


 上空を旋回しているのはデモン・イーグルだ。恐らくは、ピオニエーレの指示で廃坑近くの魔物達を殲滅したのだろう。


「チッ! 相手はコッチを見つけたようだな!」


 そのデモン・イーグルが旋回を止め、エルフ二人目掛けて急降下してくる。

 殺意を帯びた鋭い眼光に怯むアリシアはミューアに促されて魔弓を装備し、敵に狙いをつけた。


「ピオニエーレは乗っていませんね…?」


 デモン・イーグルの背に人影は無かった。となれば廃坑の中に居ると推測できるが、ともかく今は迫りくる敵に集中しなければ死は免れられない。


「当ててみせる…!」


 アリシアは黄金の魔弓に魔力を流し込み、光る矢を形成する。そして、デモン・イーグルに対して全力で射った。

 その矢の光は、前にアリシアが使っていた魔弓の矢よりも強く輝いていて、ノブルの言う通りに威力が高そうだ。

 だが、その攻撃を見切ったデモン・イーグルは軌道を変えることで射撃を回避してみせる。直線的で分かり易い攻撃では機動性の高い相手には通用しにくい。


「うっ、ぐっ……!!」


「どうしたアリシア!?」


 魔弓を使った直後、アリシアは頭を抑えて地面に膝を付いてしまった。どうやら激しい頭痛に襲われているようで、呻き声を上げて動けずにいる。

 しかし、敵は待ってはくれない。むしろ、敵対者が不調なのはチャンスでしかなくのだ。


「アタシがやるしかないな! こいよ!」


 デモン・イーグルは翼を魔力で包み込み、アリシアを守るように立ちはだかったミューアを切り裂こうと強襲する。

 

「負けるものかよッ!!」


 至近距離まで迫ったデモン・イーグルに向かって素早く振り抜く。そして魔力が集中して発光する翼とかち合い、激しい閃光が周囲を照らし出す。


「パワーがダンチだ…!」


 スピードの乗った一撃には、その分の威力が加算される。しかもデモン・イーグル自体が大柄であり、いくら身体能力の高いエルフであっても根本の力の差が生じてしまうのだ。

 ミューアは弾き飛ばされ地面を転がる。かろうじて怪我はしていないが、これでは勝機は薄い。

 デモン・イーグルは一撃離脱戦法の要領で、一度上空へと逃げて追撃の機会を窺っている。


「ご、ごめんなさい、ミューアさん」


「大丈夫なのか? 何があった?」


「矢を放った後、変なイメージのようなモノが頭の中に映りこんだんです。なんていうか、自分の目が射った矢に付いているような感じで、矢先の捉えた光景が脳の中で見えたんです」


「矢とアリシアの視覚がリンクし、脳内に映りこんだということか?」


 信じがたい事象であるが、アリシアの説明を簡潔に解釈すると、そういう事になる。


「しかも、その矢を動かせたんです。軌道を変えられたんですよ。それを試したら頭が痛くなっちゃって……」


「射った後に射線を変えられた…? つまり、思考による遠隔コントロールができる…?」


「もう一度やってみます。あのデモン・イーグルにも当てられるかも」


「無理はするなよ?」


「はい!」


 この黄金の魔弓による効果かはまだ明らかではないものの、特殊な射撃が可能であることをアリシアは理解した。

 となれば、それを利用しない手は無い。魔弓を構え、次射を放った。


「くっ……また頭が…! けど、視える! 視えますよ!」


 射った矢とアリシアの脳がリンクして、矢の捉える光景が映像としてリアルタイムに映し出される。目をつぶってその映像に意識を集中し、矢のコントロールを試みた。


「動け、曲がれ…!」


 デモン・イーグルは再び回避を試みて、このままでは直撃はしない。

 けれど、今度は先程とは違う。アリシアによって脳波コントロールされた矢が、光の尾を引きながらデモン・イーグルを追うように射線を曲げたのだ。


「直撃をかけます!」


 カーブを描いて飛翔した矢はデモン・イーグルの腹を貫く。

 遠隔コントロールもそうだが、大きな図体をも貫通するだけの火力を発揮できたことにもアリシアは驚いた。

 

「なんていう技なんだ…! 凄いよ、アリシア!」


 負傷して墜落したデモン・イーグルを見てミューアは快哉を叫び、アリシアを抱き寄せた。


    -続く-

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