第23話 魔結晶を求めて

 首狩り族の魔の手から救い出したノブルと共に、アリシアとミューアはロートを後にする。予想外の事件に巻き込まれたが、こうして無事に帰る事が出来る喜びを三人は噛みしめていた。


「なるほど。ミューアさん達は武器を購入するために母ちゃんの店に立ち寄って、そん時に私を捜索するよう依頼を受けたんだね」


 思い返せば、ピオニエーレとの戦闘で破壊された剣の代わりを求めて武器屋を訪れたのだ。しかし、店主から娘の捜索を頼まれてロートを訪れたわけで、その時は首狩り族との戦闘など想定もしていなかった。


「そういうコト。アタシの武器が壊れて困ってたんだ」


 ロートの保安課に借りた武器は返却してしまったので、今のミューアは丸腰であり、もし帰りの道中に魔物にでも襲われたら反撃の手段が無い。

 顎に手を当てる困り顔のミューアを見て、ノブルは立ち止まって荷車の中を漁る。ノブルが引いている荷車には沢山の武具が押し込められていて、これらは店で売るためにロートで調達した物品のようだ。


「なら、命を救ってもらったお礼として、この剣を進呈しよう」


「え? いいのか?」


「二人が来てくれなかったら死んでいたわけで、こんなのお安いもんさね。販売分の数は揃えられたし、私なりの恩返しをさせてほしいのさ」

 

 ノブルがミューアに差し出したのは、光沢の美しい白銀の剣であった。シンプルなデザインであるが堅牢な作りとなっており、切れ味も高そうだ。これなら簡単には壊れることもなく、様々な相手に有効なダメージを与えられるだろう。


「アリシアさんは弓使いだね? なら…コレなんかどう?」


 ゴソゴソと奥からノブルが取り出したのは、派手な金色の魔弓だ。特徴のある形状はしていないが、とにかくカラーリングが目を引く。これほど目立つ色の武器を実戦で使うのは、よほどの自信家か愚か者くらいだろう。


「凄くキラッキラな色ですね! カッコいいです」


 子供のようなリアクションをしながら黄金色の魔弓を構えてみるアリシア。当然ながらミューアは渋い顔をしているが、当の本人が気に入ったならいいかと特に何も言わなかった。


「この金の魔弓は、ロートのフリーマーケットで売りに出されていたものなんだよ。大昔に作られた物だけど、魔力の伝達力が高くて一般的な魔弓よりも威力が高いらしいよ」


「ほほぉ。攻撃の威力不足に悩んでいた私にはありがたい装備です。でも、結構イイ物なのに、どうして売りに出してしまったのでしょう?」


「持ち主さんがお金に困っていたらしくて、コレクションとして持っていたけど手放す事にしたって言ってたよ。世の中、世知辛いね」


 お金が無ければ生活できないわけで、元の持ち主も泣く泣く手放すしかなかったのだろう。

 だが、おかげで攻撃性能の高い魔弓をアリシアが手に入れられたのだ。これさえあればアリシアの射撃も有効打となり、ミューアにも並ぶ戦果を挙げることも期待できる。


「ついでにさ、ノブルは純度の高い魔結晶を持っていたりしない? 勿論、お金を払って購入するよ」


「ん~…純度の高い魔結晶は無いねぇ。安めの質の良くない魔結晶ならあるけど」


「そうか。実は、エルフの秘薬という回復薬を作るのに必要なんだ。純度が高くないと素材にならなくてさ」


 ミューアの持っていたエルフの秘薬は、外傷や内科的病状にも効果を発揮する特別な薬であり、ピオニエーレ戦と首狩り族戦にて使用したことで在庫を切らしていた。その素材として、魔結晶と呼ばれる魔力に反応する結晶体が不可欠であり、もしノブルが持っていたら購入しようと思っていたのである。


「となれば、私の母ちゃんに訊いてみよう。武具を取り寄せる流通ルートで、純度の高い魔結晶を手に入れられるかもしれないさね」


「じゃあ頼むよ」


 そうしてロート近郊の草原から移動を再開し、ノブルの故郷であるスティッグミを目指すのであった。






 夕刻を過ぎ、スティッグミへと到着した三人は、真っすぐに武器屋へと向かう。まずはなによりも、ノブルの無事を母親のカーレに知らせる事が先決だ。


「母ちゃん! ただいま!」


「ノブル! まったく、あんたはドコをほっつき歩いていたんだい!?」


「いやぁ、それが、ロートで首狩り族に捕まっちまって。アリシアさんとミューアさんに助けてもらったんさね」


「そんな事件が…ともかく怪我が無くてよかった」


 抱き合って再会を喜ぶ親子を目の前にして、アリシアは少し切ない気持ちになっていた。ノブル達のことは良かったと心底思うが、もうアリシアには帰る場所も、待っていてくれるエルフもいない。その暗澹たる気持ちが心に暗い影を落とし込む。


「これは、今回の依頼の報酬さね」


「あぁでも、もうノブルに武器をタダで譲ってもらったんで、これ以上は……」


「なぁに、遠慮しなさんな! これは正当な報酬で、武器はボーナスみたいなもんさね。だから受け取ってちょうだいな」


「じゃ、遠慮なく」


 ミューアにも一応は慎ましさがあって断ったのだが、早々に笑顔で頷いてカーレが差し出した袋を受け取った。

 中には金貨と銀貨が複数枚入っていて、これなら少しの間は食いつなぐことが出来る。


「母ちゃん、ミューアさん達は魔結晶が欲しいそうなんだ。純度の高いヤツをね。どうにか入手できないかな?」


「うーん……そういうのはレア物だから、あまり出回らないんだよねぇ。でも、強い二人なら採掘するという手段もあるよ」


「採掘?」


 カーレは頷き、店の奥から地図を持ってくる。スティッグミを中心とした小さな地図で、周囲の地形が記されていた。


「実は、スティッグミから少し離れた場所に廃坑があるんだよ。ここでは以前、石炭やら鉱石の発掘がされていて、魔結晶も掘り出されることがあったんさね」


 地図の上に指を滑らせ、スティッグミから南東に位置する坑道の場所をトントンと叩く。


「しかも、純度の高い物も時折発見されて高値で売れたんだ。しかし、今は閉鎖されてしまっている。何故なら、魔物のテリトリーになってしまっているからね」


「魔物、ですか?」


「坑道付近に魔物が出没するようになって、発掘隊にも被害が出始めたんだ。でも、町の戦力では対応することが困難で、結局は退散するしかなかった。もう何年も経っているから現状は分からないけど、きっと魔物が周囲に蔓延っているだろうさ。けど、アンタ達エルフなら魔物を蹴散らすこともできるだろう?」


 それは買いかぶり過ぎであるが、確かにミューアの戦闘力ならば多少の魔物は倒せるはずだ。そうして今は廃坑となってしまった坑道に向かい、魔結晶を探すのはどうかとカーレは提案しているのである。


「魔物との戦闘で怪我をしたら元も子もないけど、行ってみる価値はあるか。店でもし売っていたとしても、今のアタシの持ち金では買えないかもだしな。アリシア、付き合ってくれるか?」


「付き合う!? 交際するというコトですか!?」


「…いや、同行してくれるかという意味なんだケド」


「あー、なるほどなるほど。ええ、勿論行きますよ!」


 ポンと手を叩いて納得するアリシアは、ブンブンと首を縦に振って了承する。

 時折、こうした天然を炸裂させるアリシアであるが、そういう面もミューアは可愛らしいと思っている。


「ノブルに貰った武器も試してしたいしな。そんじゃ、アタシ達はこれで」


「気を付けて行くんだよ。何か必要な物があったら遠慮なく言ってちょうだいね。娘の恩人である二人のことは応援しているから」


 親指を立てて、グッとサムズアップするカーレとノブル親子と別れ、アリシアとミューアは店を出る。外はすっかり暗くなっており、廃坑に向かうのは明日とした。


「本当に良かったです。カーレさんとノブルさんが再会できて。待っていてくれて、心配してくれる人がいるというのは羨ましいです」


「そうだな。まぁでも、今は二人だ。アリシアのことはアタシが心配もするし、守るから」


 少し俯き気味のアリシアの心情を察し、ミューアは手を握って優しく声をかける。普段は明るく振る舞っている彼女の悲しみを理解するのはミューアだけであり、それを軽減してあげられるのもミューアだけなのだ。


「ありがとうございます、ミューアさん……私を見捨てないでくださいね。私も、あなたの役に立てるよう頑張りますから」


 まるで捨て猫のように、上目遣いでミューアに訴えるアリシア。もしミューアに見限られてしまったら、今度こそアリシアは孤独に身を沈めることになる。

 そんなアリシアに対してゾクゾクとした背徳的な感情を抱き、アリシアを独占しているという意識が心を揺さぶる。


「見捨てたりなんてしないよ。むしろ、アリシアがアタシに愛想を尽かさないか心配だ。なんていっても、アタシはロクでもないダークエルフだからな」


 その独占欲じみた想いを知られたら、間違いなくドン引かれてしまうだろう。

 ミューアは生まれて初めて抱いた欲を自分の中に仕舞いこみ、アリシアの頭を優しく撫でてあげた。


    -続く-

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