第20話 血に染まる渓谷

 ロートの近くにある渓谷は首狩り族の拠点となっており、そこにノブル達は囚われていた。アリシアとミューアが救助に駆け付けた時、まさに処刑が行われる寸前であったが、魔弓による奇襲で気を引いたことで処刑を中断させることに成功。無事にノブル達を救い出す事には成功したのだった。

 しかし、この場を切り抜けなければ依頼は達成したとは言えない。


「皆を守りながら戦うというのは大変そうだけど、やるしかないか」


「ミューアさんよ、この人達は私に任せてくれな」


「ノブルも戦えるんか? 体力は大丈夫?」


「問題ないさね。このナイフは借りるよ」


 赤いスカーフを風に靡かせるノブルは、ミューアから借りたナイフを構えて近づく首狩り族を威嚇している。その隙にミューアは剣を構えて敵へ襲い掛かっていく。


「おんどりゃエルフ共めが! オラ達の邪魔をするとは許せんぞな!」


 首狩り族の族長は怒りを露わにしながら、四本の腕全てに棍棒や斧などの武器を握る。他の個体よりも大柄で、身長は三メートルにも及ぶ彼が武器を纏った姿は威圧感満点だ。


「おい、オマエら! あのエルフ女を捕まえろ! そして断頭台で首を斬り飛ばしてやれ!」


 配下の子分達に檄を飛ばし、族長も戦闘に加わった。後ろで偉そうにしているだけでなく、自ら前線に出る勇敢さも持ち合わせているらしい。

 その巨体にアリシアは魔弓を引く。


「あのボスさえ倒せれば…!」

 

 そして矢を放ち、的確に族長へと飛翔していくが、


「やれるものかよ!」


 強い魔力を感じ取った族長は、先程の弓使いが自分を狙っていると直感し、武器全てを使って防御の姿勢をとった。

 

「ふ、防がれた!?」


「甘いわ、小娘!」


 魔力の矢は棍棒と斧によって弾かれて四散してしまう。族長はあざ笑い、アリシアが大したことの無いエルフだと見下している。


「その程度の力で喧嘩を売ってきたのか。度胸だけは褒めてやるが、賢い選択でなねぇな。オマエ、さては頭が悪いな?」


「失礼ですね! わ、私とてソコソコに学業成績は良かったんですよ!」


「ハ? よく分からんが、オラの子分といい、オマエといいバカばっかりで困る。少しはオラのような賢人を目指せよな」


 バカ呼ばわりされた族長の子分達は、いつもの暴言だと気にも留めていないが、アリシアは憤慨して頬を膨らませている。


「まあ、どうでもいい。まずはオマエからブッ殺してやるからよ!」


 棍棒でアリシアを指し示し、子分十体ほどを引き連れて走り出した。地響きさえ轟くような勢いであるが、アリシアは多少焦りつつも魔弓を構える。


「簡単にはやられません!」

 

 近づかれる前にアリシアは次射を放つ。その一撃は族長の手前にいた子分に直撃して絶命させた。


「ハッ、雑魚を倒したからと調子に乗るなよ!」


「仲間を雑魚呼ばわりするなんて……それでも族長なのですか!?」


「雑魚は雑魚だ。あのな、世界は弱肉強食で出来ているんだよ。弱い者は強者の駒にしか過ぎず、ただの道具なんだよなぁ!」


「そういう風に弱者を見下し、殺しを楽しむような相手に容赦はしません!」


 仲間の死をものともせず、突進してくる敵に対して弓を引く。

 だが、多勢に無勢とはよく言ったもので、アリシア一人で抑えるには限度がある。アッという間に距離を詰められてしまい、アリシアはアワアワとしながら逃げ回り始めた。


「逃げるな、エルフめ!」


「距離を取らねば殺されてしまうからですよ!」


 背後から迫る圧倒的な威圧感を感じつつも、アリシアは足を竦ませることはない。これは、多少なりとも修羅場をくぐり抜けてきたからこそである。そうでなければ恐怖に打ち負かされて、震えて足を動かすことすらできなかっただろう。

 しかし、そんなアリシアのアタフタした戦いは無駄ではなかった。族長を中心に数体を引き付けたおかげで、ミューアとノブルが戦いやすくなっているのだ。


「アリシアは無茶をして…! アタシが助けてやりたいが、ノブル達は大丈夫か…?」


 ミューアは襲い掛かってくる首狩り族を打ち倒しながらノブルの様子を見ると、優勢に戦いを進めて捕虜となっていたロートの人々と退避を始めていた。これなら安全圏まで逃げる事も可能だろう。

 となれば、アリシアを助けるために動いても問題ないはずだ。


「テメェらの相手は、このアタシだ!」


 啖呵を切って駆け、族長の側面から襲撃する。


「ぬぅ…! このカスエルフどもが!」


 族長は飛びかかってきたミューアを迎撃し、その体躯を活かしたパワーで弾き返す。エルフの二倍ほどの身長はダテではなく、体の大きさに比例するように強い力を発揮することが出来るのだ。


「チィ……ダンチだな、パワーは…!」


「ぬっふっふ。オマエ達のような貧弱なヤツにオラが負けるわけないのよ!」


「調子に乗りやがって……そういう傲慢さは足元をすくわれる直因なんだよ!」


 以前のイノシシ型魔物もそうだが、フリーランスのハンターとして生計を立ててきたミューアは、これまでにも巨大な魔物と戦う機会はあったのだ。それらを突破してきたミューアなのだから、これで及び腰になることはない。


「へっ、デカい二足歩行型は転ばせるに限る。オークみたいにな」


「オラをオークのような木偶の坊と一緒にするんじゃねぇ! オラはな、あんな図体がデカいだけのボンクラとは違うんだよ!」


「口だけは達者なのは同じだな」


「言わせておけば、小娘がッ!!」

 

 怒りに顔を歪ませ、族長は腰に巻いていたベルトを掴んで振り回す。普通の装飾品のような見た目をしていたが立派なワイヤーのようで、そのワイヤーの先端には細いフックのようなアンカーが何本も付いている。どうやら対象に引っかけて捕縛する目的の装備らしい。


「獲物狩りにはコレを使う。あの弓使いに喰らわしてやろうかと思っていたが、まずはオマエからだ!」


「そんな単純なモノに捕まってたまるか!」


「へへっ、甘く見るなよ! オラの技術を!」


 子分が迷惑そうにしているのも構わず、ブンブンと振り回して族長はワイヤーアンカーをミューア目掛けて投げてくる。


「直線的な軌道なんだから…!」


 スピードは速かったが、一直線に飛んでくるなら回避も容易い。

 体を軽く捻って避けてみせたミューアは、剣を握りしめて突撃を再開するが、


「甘くみるなと言った!」


「なんとっ!?」


 族長は勢いよくワイヤーを引き戻す。しかも今度は直線的な動きではなく、ミューアを薙ぐように軌道を曲げてきたのだ。

 となれば、更に回避運動を行う必要がある。このままワイヤーの餌食になるわけにはいかない。


「小賢しいマネを!」


「オラのワイヤーの性能はなぁ! ここからが真髄よォ!」


 ニヤリと族長が口角を上げた直後、ワイヤー先端のアンカーがズシャッと伸びる。投げる際には空気抵抗を少なくするためにアンカーの大部分が格納されていて、引き戻す際に獲物に深く食い込むよう飛び出す仕組みだったようだ。


「やられたっ…!」


 細く鋭利なアンカーの数本がミューアの太ももに突き刺さる。そして、そのまま族長のもとへと引きずられてしまった。

 肉を抉られるような激痛が走り、全身から力が抜けてミューアは反撃に移ることができない。このままでは命運は族長の手に握られたも同然だ。


「ミューアさん!!」


 しかし、ミューアのピンチを見逃すアリシアではなかった。勝ち誇るような族長の高笑いを耳にしつつ、首狩り族から逃走する足を止める。

 

「返してもらいます、ミューアさんは!!」


 反転し、追手に対して魔弓を向けた。その大振りな構えに、首狩り族達は強攻撃が来ると警戒して速度を緩める。


「道を開けて!」


 魔弓から矢が勢いよく放たれる。首狩り族達は射線上から飛びのいて被弾しなかったが、これこそがアリシアの狙いであった。あえて敵に大きな回避をさせる事で攻撃の軌道上からどけさせ、道を作ったのである。

 その空白となった敵集団の隙間をアリシアは駆けぬけ、掴みかかりを振り払って渾身の一撃を族長に叩きこんだ。


「うっ!? 矢が!?」


 矢はワイヤーを握る族長の手首を貫き、苦悶の悲鳴と共に後ずさる。

 この攻撃のおかげでワイヤーが族長から放れ、引きずられていたアリシアは解放された。だが、太ももにアンカーが刺さったままであり、出血が激しい。


「情けないよ、アタシは…こんな失態を犯すなんてさ……」


「戦いの中では何が起こるか分かりませんし、生きているなら反撃だってできますよ」


「けど、傷が……」


「お任せあれ!」


 アリシアはズボンのポケットから魔結晶を取り出す。これはエルフの秘薬として加工された物であり、以前にミューアから渡されていたものである。

 アンカーを抜き、魔力を流した秘薬を傷口にあてがう。すると、ドロドロに溶けた秘薬が瞬時に傷を塞いでいった。


「くぅ…この痛みさえ無ければ完璧な秘薬なんだけどね……」


 治療時に激痛が走るのは欠点であるが、完治するなら安いものだ。

 ミューアはフラつきながらも立ち上がり、アリシアと共に敵に向かい合う。


「さて…ここからが本番だ。一気に勝負を決めるよ、アリシア!」


「はい! 勝ちましょう!」


 首狩り族の生き残りと、族長もまた武器を掲げて咆哮を上げる。

 渓谷の激闘は、佳境に差し掛かろうとしていた。


   -続く-

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