第19話 ノブル救出作戦

 武器屋の娘ノブルを探してロートという町を訪れたが、その姿は見つからなかった。というのも、首狩り族という残虐な種族によってロートは襲撃を受け、ノブルは他の住人達と共に拉致されてしまったためである。

 

「お待たせしました。保安課の職員の方達と話を付けてきましたよ」


 アリシア達を町の保安課に案内した兵士カナルは、首狩り族討伐を正式な依頼として役人と掛け合ってくれていた。これで武器の貸与と、達成時の報酬も期待できる。


「ロートとしても、お二人には是非お頼みしたいとのことです。今回の依頼では首狩り族の討伐と、連れ去られた住人の奪還をお願いしたいと」


「任せてください! ノブルさんと共に、皆さんも救いだしてみせます」


 気合を入れるアリシアはグッと親指でサムズアップする。故郷を魔物のせいで失った彼女としてみれば、今回の事態は他人事とは思えないのだ。


「そして、この武器をお貸しします。剣ですが、よろしいですか?」


「おっ、ありがたい」


 簡素ながらも堅牢そうな剣をカナルから受け取るミューア。これで存分に戦うことができるわけだ。


「それでは、お願いしますね。こんな困難な依頼を受けていただき、ありがとうございます」


「まっ、アタシは元々フリーランスの傭兵だから、こういうのは慣れてるし」


「私も同行できればいいのですが……」


「ロートの防衛戦力を割くわけにはいかないだろう。アタシとアリシアに任せてよ」


 戦闘は人数が多い方が優位ではあるも、ただでさえ戦力の減った中で貴重な兵士を町から離れさせるわけにもいかず、そのためカナルは二人に同行できないのだろう。

 残念そうにするカナルに対し、ミューアはウインクしてポンと肩を叩く。


「じゃあ早速と出発しよう。間に合えばいいけど……」


 既に連れ去られた人々の処刑が終わってしまっている可能性がある。そうなれば手遅れではあるが、ともかく敵地へと向かうしかない。


「首狩り族は、このロートの近くの渓谷に拠点を構えているようです。具体的な地点までは不明ですが……」


「なら手当たり次第に探すしかないね」


 ミューアはアリシアと共に馬を預けている馬宿を訪れ、騎乗する。こういう時に機動性に富んだ馬は重宝されて、アリシアもいずれは自分一人で乗りこなせるようになりたいと思う。


「さあ行くよ、アリシア。覚悟はオーケー?」


「はい! 一人でも多く助けましょうね!」


「その意気だ」


 背後に乗ったアリシアに頷きかけ、馬は再び大地を駆けていく。





 ロートの近くには大きな河川が流れており、そこから川下の方に下ると、次第になだらかな谷間となっていって渓谷へと繋がっていた。どうやら地盤が緩い地域が川の流れによって削られて出来た地形のようだ。

 その渓谷に差し掛かって馬を降り、二人は徒歩で進んで行く。こうした不安定な足場では馬の歩行に適しておらず、敵に気取られないためにも慎重に隠れながら進むことを選んだのだ。


「敵はアレか…?」


 流れの速い河川の脇を歩く二人は、前方でなにやら煙が立ち昇るのを目にして止まる。恐らくは焚き火によって発生した人為的な煙で間違いない。


「誰かがいるな。岩場の影に隠れながら行くよ」


「魔弓を構えておきますね」


 いつでも戦闘態勢をとれるように、アリシアは背中に背負っていた折り畳み式の魔弓を手に持った。そしてロックを解除し、弦が張る。


「川の音だけでなくて、声が聞こえてきますね。しかも、結構な数がいるようです」


「ああ。かなり騒いでるね」


 二人は近くに転がる岩塊に背をつけ、覗き込むようにして声のする前方へと視線を向けた。すると、大きな河川敷にて多数の人型が蠢いているのが見える。その数は三十体ほどといったところか。


「首狩り族め……相当数いるな」


「アレはなんです? 首狩り族が囲っている中心部にある台のような物は?」


「断頭台さ。あれで処刑するんだ。で、落ちた首を戦利品として持ち歩くんだよ」


「なんて趣味の悪い……」

 

 首狩り族と呼ばれる種族は、人やエルフに近しい体格をしている。唯一違う点があるとすれば腕が四本であるという点だ。肩から左右に二本ずつ手腕が生えており、自在に動かすことが出来るらしく、それぞれに武器を握っている個体もいた。

 そんな彼らは断頭台を中心として、まるで宴会でもするかのように囲いこんでいる。


「ん? 何か話をしているな……」


 ミューアは首狩り族が会話する内容を聞き取るべく耳を澄ませる。エルフの聴覚は人間族よりも発達しており、集中すれば遠い場所の音を聞き分ける事も難しくはない。


「族長! 断頭台の準備が整いましたぜ」


「おう、やっとか! まったく、故障を直すのに時間かけ過ぎなんだよ、オマエら。これだからバカは困るンだよな」


「無茶言わないでくだせぇよ、族長。リペアスキルみたいな物を直せる能力があれば話は別でしょうが、オラ達はタダの一般人ですぜ?」


「進歩しろって言ってんのよ、オラはよ。まあいい。捕虜どもを連れてこい」


「うっす!」


 どうやら断頭台は壊れていたらしく、それを直し終えてテンションを上げているようだ。ということは、捕まった人達はまだ処刑されていないという事になる。

 族長と呼ばれた大柄な個体は寝ころびながら指示を出し、配下の個体は簡易的な作りのテントの中に入っていく。そこにノブル達がいるのだろう。


「アイツら、これから処刑をするらしいよ」


「間に合いましたね。皆さんを救えるチャンスです」


「だね。でも、待って。捕まっている人数を把握したいし、無暗に突っ込んで行っても捕虜を盾として利用してくるだろうから」


「なら、どうします?」


「ヤツらは捕虜を断頭台の前に並べるはずだよ。そうしたら、アリシアが捕虜の近くにいる首狩り族を狙撃して排除して。で、アタシが突撃を敢行し、捕虜に手を出せないように立ち回りながら近接戦闘を行う」


 ミューアの案に頷き、機会を待つアリシア。すると、ほどなくしてテントの中から数人の人間族が連行されてきた。


「ン……あの赤いスカーフを巻いている人間がノブルか?」


「ですね。まだ無事なようです」


 その人間達の中に、武器屋の店主と同じ赤いスカーフを巻く少女がいた。見かけもアリシア達と同じくらいの年齢であり、彼女が目的のノブルで間違いない。


「連れてきやした、族長」


「そんじゃ、さっそく断頭台の前に並べろ」


 ミューアの予測通り、首狩り族は人間達を断頭台の前に整列させた。

 一様に不安と絶望の表情を浮かべる彼らを見て、族長は下品な笑みを浮かべている。


「これからオマエ達には死んでもらう。オラ達の自慢である特製の断頭台でなぁ!」


 首狩り族は早く処刑をしたいとウズウズしており、ヨダレを垂らす者や、興奮で叫ぶ者もいた。


「おいアンタら! こんなコトをして、私の母ちゃんが黙ってないよ!」


「アァン? なんだぁ、オマエ。口の利き方がなってないなぁ?」


「極悪非道な連中に礼儀なんて必要ないもんね! それより早く私を解放しろよ!」


「ゴチャゴチャとうるさい奴だな。おい、コイツから首を刎ねてやれ!」


 ノブルと思わしき少女は族長に食って掛かり、ジタバタと地団太を踏んで抗議している。しかし、それは徒労でしかなく、イライラとする族長は部下にノブルから断頭台に掛けるよう命じた。


「アリシア、マズい! アタシ達も手を打とう」


「分かりました。私の攻撃の後、ミューアさんが突撃するんですね?」


「ああ。よし、始めるよ!」


 アリシアが弦へと魔力を流して矢を形成し、脚で踏ん張って狙いを定めた。こういう冷静な状態であれば、それなりの精度でロックオンすることはできる。

 次の瞬間、渓谷に一筋の閃光が走った。亜音速で飛んだ青白い光が首狩り族の一体を貫き、一瞬にして絶命させる。


「な、何事が起きたんだ!?」


 首狩り族の族長はビックリして目を丸くし、事態が理解できないという様子でキョロキョロとしていた。そんな中、視界の端で高速で動く物体を捉える。


「アレはエルフ族なのか!?」


「捕まった人達は返してもらう!」


 高速で駆けるのはミューアで、邪魔な首狩り族を薙ぎ払いながら捕虜の人間達の近くに到着することに成功した。

 

「遅くなったな!」


「だ、誰なんスか?」


「アタシはミューア。アンタはノブルだな?」


「ですけど、なんで名前を!?」


「話は後だ! ともかく、これで他の人も助けてあげてくれ」


 ノブルの手首を縛っていた縄をナイフで切り、そのナイフをノブルに渡して他の人間も解放するように促す。


「ミューアさんは上手くやりましたね! 私は引き続き、敵を攻撃します!」


 ようやく混乱の収まった首狩り族は、ミューアやアリシアに対して敵意と殺気を剥き出しにしており、これを撃破しなければ無事に帰ることは出来ないだろう。

 滾る魔力を魔弓へと流し込み、アリシアは再び首狩り族に矢を向けた。


    -続く-

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