第21話 アリシアの機転

 ピンチを乗り越え、合流したミューアとアリシアは首狩り族と対峙する。

 当初の首狩り族の個体数は三十体ほどであり、戦闘開始時は数の差で不利な状況であったが、逆境をものともしない奮闘のおかげで相当数の敵を討ち倒すことができた。残るは族長も含めて十体となって、これなら勝利の目も見えてきたといえよう。


「このクソエルフどもめ! オラの勢力をボロボロにしてくれた礼はタップリしてやらんとなぁ!」


「人間を攫い、挙句には処刑をするアナタ方が悪いんです!」


「フンっ! それこそが我らの生きザマ、快楽! 貴様にとやかく言われる筋合いはないわ!」


「首狩り族の生きざまを他種族に押し付けないでください! そういう身勝手さが罰として巡ってきたから身を滅ぼす事態になったんですよ!」


 アリシアの脳裏に浮かぶのは、故郷にて自分の身に降りかかった不幸である。理不尽に大切なものを奪われ、蹂躙される苦しみを充分に理解している彼女だからこその怒りなのだ。


「いいぞ。言ったれ、アリシア。アンタらの生きざまとやらは、オークと同等レベルの低俗なモンだってな」


「だからオークなんかと同じにするなと言った! オラは首狩り族の族長ぞ!」


「オークの兄弟とアタシらは戦ったんだがな、アイツらも殺しを楽しむ種族だと自称していたぞ。つまり、テメェと言ってることは同じだったんだよ」


「な、なんだと…!」


「そんなテメェらに遠慮はしねぇ……叩き潰すだけだ!」


 ミューアの啖呵に触発されたアリシアは、魔弓を構えて矢を射る。この先手の一撃が戦闘再開の合図となり、首狩り族も反撃とばかりに突撃を敢行した。


「前衛はアタシが預かる。アリシアはアタシを守ってよね」


「お任せください。ミューアさんは私が守ります!」


 アリシアにウインクするミューアは、剣のグリップを両手で握る。そして闘志を漲らせ、刃が魔力に呼応するように薄く発光していた。


「首狩り族なんざ、アタシの敵じゃねぇ。こうなりゃ徹底的にやらせてもらう!」


 駆けだしたミューアは、すれ違いざまに首狩り族の一体を切り裂く。相手は四本の腕を駆使して武器を振り回す連中であるが、ただ暴力的なだけでテクニカル要素はまったくない。そのため、単調な動きさえ見切ってしまえばミューアの敵ではないのだ。


「次ッ!」


 また一体を撃破するミューア。後方からのアリシアの援護射撃は心強く、目の前の敵に集中するだけでよい。


「これ以上、ミューアさんを傷付けさせはしません!」


 負傷したミューアの苦しむ顔はもう見たくない。その一心でアリシアは射撃を続けていく。


「ぬぅ…! 何故、こうも押されるのだ…ッ!」


 対する族長は、エルフの攻撃で次々と子分が撃破されていくのを間近で目撃して、いよいよ焦りを感じていた。殺しをするために生きてきた自分達が、逆に全滅の危機が迫っている事を信じたくなかった。

 残った三本の腕に構える武器を振り下ろし、ミューアを叩き潰そうと迫る。


「結局は力任せの攻撃かよ。頭の良さを活かした賢い手段とやらはネタ切れか?」


 軽口を叩いて挑発しながらミューアは回避し、逆に族長の脇腹に斬撃を加えた。しかし、大きな体は防御力も高く、致命傷とはならない。


「ちょこまかと……だが、いつまで避けられるかな!」


 傷をものともせず、族長はジャンプしてミューアの近くに着地する。ズシンと地面が揺れるような感覚をミューアは感じ、勝負を決めるべく族長の頭部に狙いを定めた。


「もう終わらせてやる!」


「コッチのセリフだ! オラの勝利で終わりだ!」


 族長は見た目によらず機動性が高く、ミューアの至近距離まで詰める。これで攻撃を叩きこめば避けるのは容易ではない。

 しかし、エルフが二体いたことを族長は失念していた。目の前の挑発するミューアに対して逆上し、是が非でも捻り潰そうとしたのが彼の命運を決定づけた。


「なにっ!?」


 武器を振り下ろそうとした瞬間、体にワイヤーがグルグルと巻き付き、動きが止められてしまう。挙句にはワイヤー先端のアンカーが首に突き刺さって肉を抉り、族長は悲鳴を上げながら仰け反った。


「ば、ばかなッ…!」


 ワイヤーを操っていたのはアリシアだ。魔弓では大柄な敵に対して効果が薄いと自覚していたため、落ちていたワイヤーを使って敵を拘束して動きを鈍らせたのである。


「ぬぉおぁあああ!! 勝ったと思うなよ、小娘め!」


 いつの間にか子分の首狩り族は全滅し、もはや族長一人だけになっていた。こうなれば自分を助けてくれる味方はおらず、一人で窮地を脱するしかない。

 残った体力を使い切る勢いでアンカーを切断しようと全身に力を籠める。

 だが、せっかくアリシアが作ってくれたチャンスを逃すミューアではない。


「悪いけど、一気に決めさせてもらう!」


 ミューアは剣を振り抜く。それに対抗するように族長も武器で防御を行おうとするが、アリシアがワイヤーを引っ張ったせいで転びそうになる。

 そこに、強烈な一撃が叩きこまれた。


「ぐあっ……」


「終わったな……」


 族長の頭部は真っ二つになり、絶命して一切の動きを止めた。

 もう戦いの喧噪もなく、渓谷には川の流れる静かな音だけが響いている。


「アリシア、お手柄だよ。臨機応変さは戦場で生き残るのに大切なことだ」


「無我夢中でした…でも、今回も生き残れて良かったです。連れ去られたノブルさんや、ロートの皆さんも助けられましたしね」


 今回の一番の目的は、首狩り族によって拉致された人々を救い出す事であり、その目的は見事に達成できた。アリシアが振り向いた先、ノブルが護衛を務めていたロートの住民達も安堵した様子で互いの無事を喜んでいる。


「危ない場面もありましたが、一件落着ですね。さて、ロートに戻るとしましょう」


 一応、断頭台も破壊しておき、アリシアとミューアが先導してロートの町へと帰還するのであった。






 首狩り族の脅威から解放されたロートは二人のエルフを英雄として迎え入れ、町一番の酒場にて、もてなしの宴を催してくれる事になった。


「エルフ族の方もお酒は飲まれるのですか?」


 ロートにて最初に出会った警備兵のカナルがミューア達にペコリと頭を下げながら近づいてくる。


「ああ、アタシらエルフ族でも酒は普遍的な娯楽の一種だよ。エルフの掟で十八歳になるまでは飲めないけど、アタシはこれでも十八歳だからな。人間族もそうなのか?」


「このロートが所属しているビロウレイ王国でも十八歳がお酒解禁の年齢ですよ。他の国では二十歳以上とされている事もあるようです。それはともかく、今回はご活躍でしたね。まさか首狩り族を倒してしまうなんて、お二人は強いんですね」


「アタシ一人じゃ死んでいたかもしれないけど、アリシアが一緒だったおかげで辛くも勝てたんだ」


「アリシアさんとは長いお付き合いなんですか? なんだか、お二人って凄くお似合いな雰囲気ですよね」


「いや、実は出会ったばかりなんだよ。でも、なんでかな……アリシアには気が許せるというか、一緒に居て安心するんだよな」


 まだアリシアとの出会いから数日程度しか経っていない。しかし、既に戦友としての信頼関係が構築されるレベルになっていて、だから強敵相手にもアリシアとなら勝てると信じられるのである。


「ふふふ。それは、ミューアさんにとってアリシアさんが運命の相手だからですね」


「う、運命の相手!?」


「そうですよ。でなけりゃ、知り合って間もない相手に、そのような感覚を覚えることはないでしょう?」


「ま、まぁそうかもな」


 ミューアは、近くのテーブルで一心不乱に食に喰らいついているアリシアへと視線を移す。

 一匹狼として活動してきたとはいえ、それなりに他者との交流があったわけだが、そうした他の人々とは違う特別な感覚をアリシアに感じているのだ。


「しかし、よく食べるなアリシア」


「ここ最近、お腹いっぱいに食事できる機会が無かったので、つい……もしかして、はしたないエルフと思われてしまっていますかね!?」


「んなことはないよ。一生懸命に食べてるアリシアは可愛かったよ」


「も、もう! からかってますね!?」


「ははっ、そういう反応も可愛いよ」


 ぷくーっと頬を膨らませているアリシアにウインクを飛ばし、ミューアはお酒を口にする。ミューアにしてみても、こうした平和な時間は久しぶりな事なのでリラックスしていた。

 少し酔いの回り始めた中で、小動物のように肉に齧りつくアリシアを眺めながら一息つくのであった。


  -続く-

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