第17話 武器屋からの依頼
ダメージを受けつつもピンチを切り抜けたミューアとアリシアだが、ピオニエーレというエルフ村焼失の黒幕を取り逃してしまった。
「まったく厄介なヤツだ……せっかく討伐できるチャンスだったけど、あのイノシシを追えるだけの力はアタシ達にはないからな……」
戦いで魔力を消耗していたこともあり、これ以上は身体に負荷のかかる行動はできない。そのため、空腹で速度が落ちているイノシシ型魔物であっても追撃は不可能だ。
「こうも仕留め損ねて悔しい相手は初めてだ」
「でも、ピオニエーレと名乗る黒幕と会う事が出来たのですから収穫ですよ。あの姿は忘れませんし、黒マントの女がエルフ族と分かったのですから捜索のヒントになります」
「だな。しかしアイツはタダのエルフじゃない。アタシと同じくダークエルフだ」
ダークエルフとは罪を犯したり、一族の掟を破った不届き者に与えられる蔑称である。そういう意味では同族殺しという大罪を犯したピオニエーレはダークエルフで間違いない。
「けれど、私はミューアさんがダークエルフとは思えません。私を助けて下さる優しさを持ったあなたが、何故ダークエルフなのですか?」
「イロイロあったのさ……まっ、つまらない話だ」
過去を回想しているのかミューアは遠い目をしている。しかし、その内容を語ろうとはしない。怪我を治療したとはいえ体調が完全に戻ったわけではなく、疲労も相まって長話をする元気が無いのは当然だろう。
アリシアも気になるところであるが無理に追及しようとはせず、いずれ話してくれるだろうと好奇心を抑えた。彼女にどんな過去があろうとも、自分を助けてくれたという事実は真実である。
「さて、これからどうする?」
「私は…ピオニエーレを追おうと思います。あのエルフを野放しにしておくのは危険です。きっと世界樹の枝を悪用して、何か大きな災厄をもたらすような気がしてなりませんから」
「だろうな。既に動物を魔物に変化させるという使い方をしているし、今度は何をやらかすか分かったもんじゃない」
今回のように魔物を増やす行為を続けた場合、更なる被害が出てしまうのは明白だ。次はエルフや人の命が奪われる事態にもなりかねないだろう。
「ですがドコに行ってしまったんでしょう……見失ってしまっては、さすがに探すのは困難ですよね」
「だけど悲観するのは早い。ヤツは”エルフの雷”を探していると言っていたし、ビロウレイ王国から離れることはないよ」
「確かに言っていました。そもそもエルフの雷とはどのような?」
「古代のエルフ達の秘密兵器とも最終兵器とも言われているモノだよ。でも誰も実態は把握していない。エルフの雷が最後に起動したのは数千年前というし、寿命が五百年のエルフ族の中でも当時を生きていた者はいないものな」
エルフ族の平均寿命は約五百年である。二十歳までは人間族と同じように成長するが、そこからの老化速度は急激に低下していき、三百歳でようやく中年となるのだ。
そんなエルフの寿命よりも長く遠い過去、エルフの雷と呼ばれる伝説の兵器が使われた。それをピオニエーレは探しているらしい。
「伝承ではビロウレイ王国のどこかに秘匿されているって言うんだ。でもヒントは無いしなぁ……アタシは、そんなモノは存在しないのではと疑っている」
「物語の中だけの存在ということですか?」
「かつて魔物との大規模な戦争があったのは確かだろうけど、それを後世に伝える時に過剰に盛ったんじゃないかな。ありがちでしょ、そういうの。しかも、そんな大層な武器があったとしたら、族長によって秘宝として保管されてないとオカシイと思うんだ」
噂話などには尾ひれがついて事実以上に脚色されるものだ。エルフの雷とは、そうした架空の類いではないかとミューアは考えている。
「どっちにせよ、ヤツが持っている秘宝は奪還しないとね。だからアタシもアリシアと一緒に行く」
「本当ですか! ミューアさんが一緒なら心強いです!」
心底嬉しそうにミューアの手を握り、ブンブンと上下に振るアリシア。村の外の世界をほとんど知らないし、戦闘力も決して高いわけではないので一人ではとても旅なんて出来ない。
「えへへ~、ありがとうございます!」
ミューアは、そのアリシアの笑顔にドギマギしている。このような感覚を覚える相手は初めてであり、単純に傍に居たいという想いを抱いたのは秘密だ。
「そうだ、秘薬のストックがあと一つ残ってるんだけど、コレはアリシアに預けておくよ。もしもの時に使って」
「いいんですか? 確か、秘薬は作るのに手間がかかる貴重品では?」
「そうだけど、また頑張って作ればいいさ。アリシアが持ってくれている方がアタシも安心なんだ」
今回の戦闘で負傷したのはミューアではあるが、どちらかというとルーキーのアリシアのほうが怪我をするリスクが大きい。だからミューアはエルフの秘薬を渡すことにしたのだ。
「さ、戦いも終わったし帰ろう。もうイノシシ型の魔物が田畑を食い荒らすこともないだろうって報告しないとね」
「はい! そうですね!」
ひとまず依頼自体は達成できたので報酬は貰えるだろう。
秘薬で傷を治したミューアは立ち上がり、アリシアと並んでスティッグミへと帰っていくのであった。
翌日、町の保安課にて事の終始を報告した二人は報酬を貰い、武器屋へと向かっていた。というのも先日の戦闘でミューアの剣が破壊されてしまったので、このままではピオニエーレを発見しても戦う事ができないからだ。
「ミューアさんは剣での戦いが得意なんですよね。魔弓はあまり使わないのですか?」
「一匹狼でやってきたから遠近両方できるように魔弓も持っていたんだけど、使う機会は少なかったよ。だからアタシも魔弓の腕はそれほど上手くないし、アリシアに使ってもらう方が有効活用できるってね」
「私もまだまだ…特に威力が足りていないと思うんです。オークのような大きな魔物には全然効果が無くて……」
「その魔弓自体が中古で買った安物だからってのもあるだろうな。それか魔弓という装備が合っていないとか」
慣れもそうだが、そもそも武器の種類が本人の得意とする戦闘スタイルに合っていなければ真価を発揮できない。
「ですが近接戦も自信がありません。まだ遠距離戦のほうがマシだと思います」
剣や槍などを用いた近接戦は使用者の能力に依るところが大きい。エルフ族は人間族に比べて身体能力は高いのだが、アリシアのように訓練も積んでおらず鍛えていない者ではマトモに戦うことは不可能だ。今から慌てても付け焼刃にしかならない。
「魔力の使い方とかも関係してくるから、アタシが後で鍛えてあげるよ」
「お願いします。もう足を引っ張るのはイヤですから」
ここ数日間の戦いでアリシアも成長してはいるものの、ミューアの手助けがなければ何度も死を迎える機会があった。しかし、今後もミューアに迷惑をかけ続けるわけにもいかず、自力で激戦を生き残る術を身に着けなければならない。
そんな会話をしている中で武器を専門に扱う商店へと入店する。
「さて、アタシに合いそうな剣は…って、全然売りモンが無いな…?」
店内は閑散としている上、装備の陳列はほとんど無かった。明らかに安物のような質の悪い刀などでだけで、さすがに手に取る気にはならない。
「ゴメンよ、お嬢ちゃん達。実はウチの武器類は町の保安課に買い占められちゃってねぇ」
「そんなに沢山の武器を?」
「魔物の討伐で保安課所属の兵隊さん達が出払っているだろ? そん時に予備も欲しいってんで、まとめて買っていったんさね」
数週間前からスティッグミの戦闘可能な要員は魔物討伐遠征で町を離れていた。その出撃前に予備用も含めて必要な武器を買い占めたのだろう。
「だから娘を隣町まで行かせて武器の買い出しをさせているんだが…予定ではとっくに帰ってくるハズなのに、まだ帰ってこないんだよ。これじゃあ、いつまで経っても商品が補充できなくてねぇ……」
恰幅のいい女性店主も困っているようで、顎に手を当てて店内を見渡している。
「そうだ! アンタ達、ちょいと私の依頼を引き受けてくれないか?」
「依頼?」
「アンタ達の噂は聞いているよ。保安課で募集していた魔物討伐依頼を達成し、オークやゴブリンを倒したんだろ? そんなアンタ達にこそ頼みたいんだ」
「とはいっても装備が無いんじゃなぁ…まあいいや。とりあえず話を聞かせてください」
二人の活躍は町の住民の耳にも届いているようで、その実力を見込んでの頼みのようだ。
「お二人には私の娘を探してきてほしいんだよ」
「娘さんをですか?」
「隣町まで行ってもらって、そこで探してきてくれたら助かる。もしかしたら、何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性もあるけど…二人のような頼もしいエルフなら娘の手助けになってくれると思って……勿論、これは依頼だから報酬は奮発させてもらうよ」
「なるほど…ミューアさん、受けてみましょうよ」
アリシアは乗り気なようで、ミューアに頷きかける。確かに人探しで報酬を貰えるなら楽ではあるかもしれないのでミューアも承諾した。
「分かった。じゃあ、やってみます」
「助かるよ! そんじゃあコレは私からの奢りということで。あ、ちなみに私の名前はカーレってんだ。宜しくね」
「ど、どうも……」
店主から安物の剣を受け取り、鞘に納める。折れた剣よりは役に立つものの、切れ味や攻撃力面では不安しかない。恐らくは数回の使用で破損してしまうだろうが、隣町までのお供としては充分ではある。
アリシアとミューアは、ひとまず店主に娘の特徴を訊いてみることにした。
-続く-
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